そして夜。

「なんだか懐かしいね!」

 別々の布団でという条件の下、私たちはリビングで並んで寝ることになった。
 本当は映の部屋で寝るはずだったのに、お互いがベッドを譲ることを譲らず、結局折衷案でふたり並んで寝ることにしたのだ。
 パジャマや歯磨きなどは自分の家から持参した。

「たしかに昔はこうやってお泊まり会したよな」
「そうそう、金曜日限定のね」

 金曜日の夜になると、よくお互いの家でお泊まり会をしていた。
 けれどそれがなくなったのと、私が映を男の子として意識するようになったのは、同じ時期くらいだったかもしれない。

「映は、なにか思い出深いことある?」

 そう問いながら、体を横向きにして映の横顔を見つめた。滑らかな直線が描くすっと通った鼻筋が、窓から覗く月明かりに照らされて強調されて綺麗だ。
 すると腕を枕代わりにして天井を見つめながら、映が唇を開いた。

「母親に捨てられて、正直人を信じるのが怖くなった時があった」

 思い出をひとつひとつ紐解いていくように、映が言葉を重ねていく。私はそれをひとつも取りこぼすことのないようにすべての意識を集中させて耳を傾けていた。

「だけどそんな時、家族になろうって言ってくれた子がいて、それがすごく嬉しくて。その子ことを一生大事にしようって決めたんだ」

 映の思いがけない言葉は、胸を柔く締めつける。

 映のお母さんがいなくなった日、私は映の家で泣きながら誓ったのだ。『私がずっと隣にいる。私が映の家族になるよ』と。

「それって……」

 映が首を横に倒して、私を見た。柔いカーブを描いた映の綺麗な瞳が、私を映した。

「そうだよ。あの日から、日依を守ることが俺の人生の一番の道しるべになった」
「……っ」

 胸が詰まって、なにも言えなくなった。言葉にしたい思いが次々と泉のようにあふれて、窒息しそうになる。

 言葉の代わりに、私は布団から出した手を伸ばし、映の手をそっと握った。愛おしむように手の甲を親指で撫でる。骨張った細い手は、私の手のひらの中でされるがままだ。

 やがて、耳を澄まさなければ聞こえないほどの凪いだ寝息が聞こえてきた。
 安心しているのか、穏やかな寝顔だ。
 映の寝顔を見つめ、温もりを繋いだ手のひらに感じながら、私はもう信じてさえいなかった神様に祈った。祈ることしか、できなかった。

 ――神様、お願いです。
 どうか、私がいなくなった後も映が笑っていられますように。
 映を包む日々が、優しさと幸せで満ちていますように。
 映が大切な人と温かい家庭を築けますように。
 人一倍優しい映に、もう理不尽な悲しみを与えないでください。
 映からこれ以上なにも奪わないで。
 私の分の幸せも、映にあげてください。
 私にはもう、幸せは与えられなくてもいいから。
 私の幸せは、映にもらった分で十分だから。

 願いはひとつも言葉にならず、夜闇の中に溶けていった。