「えーと、マカロニ買って、アスパラ買って、ハム買って……よし、全部買えた」

 片手でエコバッグの中を探り、片手でお母さんから聞いてメモを入力したスマホを持ち、交互に睨み合いっこ。よかった、どうやら買い逃しはないみたいだ。
 お母さんから夕食の買い出しを頼まれて、スーパーからの帰り道。前に今日と同じように買い出しを頼まれて肝心要のカレールーを買い忘れるという大失態を犯したことがあるから、慎重にならざるを得ない。その日はカレーを断念し肉じゃがになったのだった。肉じゃがももちろんおいしかったけれど、カレーを食べる気満々だったお父さんをがっかりさせてしまったため、同じ轍は踏むまい。
 今日の夕食は久々にグラタンらしい。私の大好物だ。

 スマホをコートのポケットの中にしまい、首と肩の間に挟んでいた傘を持ち直す。家を出る少し前――1時間ほど前から、しとしとと雨が降っていた。予報では夜まで降り続けるらしい。
 白銀の矢のように雨が落ちてくる空を見上げていると、小学生の時、映を探して走り回りクローバーをもらった時の記憶が蘇る。あの日もらったクローバーはお母さんに頼んで押し花にしてもらい、大切に持っている。そしてクローバーと共にあの日の記憶は今でも色褪せない宝物として心の一番奥で煌めいている。

 ……映に会いたいなぁ。
 高校で会ったばかりなのに、そんなことを思ってしまう。
 シャープな線が描くしゅっとした横顔、綺麗な首筋にぼこっと突き出た喉仏、私の話にくしゃっと笑う時の細くなる目、耳の底に心地よく響くアルト。いないはずの映の姿を、隣に思い浮かべる。

 学校からの帰りは基本的に別々だ。クラスが違うし、帰宅部の私と部活に所属している映とではなかなか帰る時間が合わないため、高校に入ってそれぞれ帰るようになった。
 映はもう帰っただろうか。映のことを考えながら公園を通りかかる。秘密基地もあるこの公園には小さな頃から馴染みがある。
 と、何気なく公園の方に視線をやった私は、思わず立ち止まっていた。
 遊び相手のいない遊具に囲まれるようにして敷地内の中央に据え置かれた古い木のベンチ。そこに見覚えのある人影が座っていたのだ。

「映……?」

 傘も差さず、無防備に雨に打たれるようにして、映が空を見上げていた。
 私は思わず映に駆け寄る。

「映!」

 映は私の声に初めて我に返ったというように瞳に光を取り戻し、顎を下げて私を見た。

「日依……?」
「なにしてるの、こんな雨に濡れて……! 風邪引いちゃうよ!」

 映の上に傘を差しだし、持っていたハンカチで映の髪や肩を拭く。でもこんな小さなハンカチでは気休めにもならない。
 必死に拭いている私に、映はいつもどおりの完璧で隙のない笑みを浮かべる。

「悪い、ちょっとぼーっとしてた。ちょっと疲れてたんかも」
「ぼーっとって……」

 ……なんでそんな嘘をつくの。偽物の笑顔なんて私に通用するわけないこと、映が一番知っているでしょう?
 言いたいことは山ほどあった。けれど今はそんなことを言っている場合ではない。映がいったいどのくらいの間こうして雨に打たれていたのかわからない。けれど制服姿でスクールバッグが隣に置いてあるということは、高校から帰る途中で、少なくとも1時間はここにいたのだろう。一刻も早く映の身体を温めなければ。
 私は映の腕をとった。その腕は氷のように冷え切っている。

「とにかく温かいところに。映の家に行こう」

 ここから私の家に行くよりも映の家の方が近い。
 勝手に目的地が決め、映の腕を掴んだまま足早に歩き出す。映はされるがまま私に着いてきた。