三日後には組紐は五本出来上がった。
 蚕の糸だけでなく屋敷にあった糸も使ったのだが、糸の色が限られていたので、緑と赤を織り交ぜた組紐が二本と、紫色、青色がそれぞれ一本ずつだ。それぞれに、染めていない蚕もどきの糸も一緒に編みこまれている。

 編むときから傍を離れなかったロンとコウが我先にと選んだのが緑色と赤色を織り交ぜた組紐だった。
 結んで結んでと万歳するので、兵児帯の上から巻いてやると、喜び勇んでどこかに走り去っていった。
 それを見届け凍華が台所へ向かえば、ちょうど、昼食の片づけが終わった凛子が木箱を竈の前に置き残り火で暖を取っているところだった。
 凍華と違い凛子は寒いのが苦手のようで、竈や火鉢の前で丸くなっている姿を幾度か見たことがある。

「凛子さん」
「はい、何か御用でございますか」
「いえ、そうではなく……」

 子供に渡すのと違い、大人に自分が作ったものを手渡すのは躊躇してしまう。

(こんなもの手渡されても迷惑かも知れない)

 やっぱりやめておこうかと思うも、にこにこ微笑みながら凍華が話すのを待っている凛子を見ればそうもいかず、思い切って懐に手を入れ二本の組紐を見せれば、凛子は「まぁ」と目を丸くした。

「いつもお世話になっているお礼につくりました。蚕もどきが出す糸を混ぜましたから、もしかして妖狩り避けになるかもしれません」
「嬉しいわ。私なんかが貰ってもいいのかしら」
「ご迷惑でないなら是非、受け取っていただけると……嬉しいです」

 語尾が小さくうつむきがちになる姿に、凛子は小さく微笑み「では」と紫色の組紐を手にした。それを手際よくに帯に巻きぎゅっと締めると、もともとしていた組紐を解く。

「今日の帯は深緑ですので、組紐が良く映えるますわ。いかがでしょうか」
「はい、とても似合っていらっしゃいます」

 ふふ、と嬉しそうにしながら凛子は残りの組紐を見る。

「それで、これはどうなさるおつもりでしょうか」
「どうしましょう。あまり考えずに作ってしまったので、凛子さん、もう一本もいかがですか」
「あらあら、だそうですよ。珀弧様」

 凛子の視線を追うように振り返れば、珀弧がむすっとした顔で立っていた。
 その足元にはロンとコウがいて、あわわ、と口に手を当て凍華を見上げる。

「ほう、この屋敷の主人は俺なんだが」

 初めて見る目の据わった珀弧に、凍華の顔が青ざめた。
 何を怒っているのか分からないが、その原因が自分であることは肌で感じる。

「あ、あの……」

 私、何かしましたか、と言いたいのに言葉が出ない。そんな凍華を庇うように凛子が間に入った。

「大丈夫よ、凍華さん。珀弧様は自分だけもらえないことに拗ねているだけだから」
「拗ねている?」

 たかが組紐。ましてや、凛子のように帯留に使うこともないのに必要だろうか。
 もし妖の力を隠す作用があったとしても、珀弧ほどの妖なら不要に思える。

「そういうわけではない」
「ではどういうわけでしょう」

 ふふふと笑いながら凛子はロンとコウを連れ庭掃除に行ってしまう。
 残された凍華は残った組紐をそろそろと珀弧に差し出した。

「……うまく作れておりませんし、そもそも珀弧様の役に立つ代物ではありませんが、よろしければ」
「……あぁ、ありがとう」
「……」

 沈黙が重く気まずい。どうしようかと思いつつ凍華は珀弧を見る。
 家で寛ぐときは着物、時折出かけるときは洋装か羽織袴。色は黒が多く、銀色の髪が良く映える。

「羽織紐でしたらお作りできると思います」

 唐突な申し出に珀弧は目を丸くするも、すぐにその意図を読み取ったかのように笑った。

「いや、それならこれと同じものをもう一つ頼む」
「同じもの、ですか。分かりました」

 そういうと、珀弧は結んでいた髪を解き、凍華の作った組紐で髪を纏めた。
 銀色の髪に青い組紐が映え、さらに美しさが増したように思う。
 凍華があまりにじっと見つめていたからだろうか、珀弧が決まり悪そうに目線をそらした。

「おかしいか?」
「いえ、そうではありません。その……髪が綺麗で羨ましいなと。ほら、私のかみはくせ毛で細くて、くしゃくしゃですから」

 へへへ、と空笑いをする凍華に、珀弧は一歩距離を詰めると、身を屈め凍華を覗き込んだ。間近に迫る琥珀色の瞳に心臓がドクンと跳ねる。
 珀弧の手が伸び、凍華の髪を一束掬うと、その手触りを確かめるように親指ですっと撫でた。

「以前にも言ったが、俺はこの髪は綺麗だと思う。ふわふわして鳥の羽のようでつい触りたくなって……」

 そこで言葉が途切れ、手がぱっと離れた。

(えっ……触りたい!?)

 突然の言葉に凍華は頬がかぁっと熱くなる。
 顔どころか首まで真っ赤で湯気が立ち上りそうだ。
 棒立ちになりつつも、目だけ動かし珀弧を見れば、こちらは手で顔を隠し横を向いていた。

「あ、あの……」
「すまない。忘れてくれ」

 動じることのない珀弧が珍しく目を彷徨わせ、こほんと咳ばらいをする。
 二人揃って赤くなっていると、何やら勝手口の方から気配がした。見れば、凛子が目だけ戸口から見せているではないか。

「珀弧さまぁ、新しく組紐を作るにも糸がございません。凍華さんと一緒に買いに行かれてはどうですか? ふふふ」

 いつもと違う含みのある言い方に珀弧が眉根をよせれば、倫子はわざとらしく箒を見せ立ち去って行った。

「糸がないというのは本当か?」
「はい。いただいたものは全部使ってしまいました」
「そうか、それなら近々、帝都に行く用事があるので一緒に行こう。妖狩りに会っても俺がいれば大丈夫だ」

 思いもよらぬ提案に凍華は驚き躊躇ったけれど、珀弧の髪に結ばれた組紐を見て、頷いた。

「それでしたら、もっと作って珀弧様が助けたという妖に配ることはできませんでしょうか」
「他の妖にか?」
「はい……お世話になっている身でやはり厚かましいでしょうか」

 糸を買うお金を出してくれるのは珀弧だ。そう思うと、大変図々しいことを言ってしまった。慌てて謝ろうとすると、珀弧の大きな手が凍華の頭をポンポンと撫でる。

「短期間で随分前向きになったな。やはり、お前の本来の魂は強いのだろう。糸ぐらい何本でも買えば良い。もし妖狩りをそれで避けられる可能性があるならなおさらだ」
「ありがとうございます!」

 硬かったつぼみがぱっと咲いたようなその笑顔に、珀弧が息を飲む。
 頭を下げ目を伏せていた十日前とは違う、内側から輝くような笑みは人を惹きつける妙な妖しさも含んでいた。
 人魚が男を惑わすと知っていても視線を離すことができないその魅力に、珀弧は一抹の不安を覚えた。