「翌日、雨が降りました。彼は嘘を吐いていなかった。小さい子供達は、はしゃぎにはしゃぎまくって風邪をひく子が続出した。気象庁からも発表があって、あんま覚えてないんだけど、雨が降らなかったのには科学的な理由がちゃんとあった」
先生は、涙目だった。
「あの日家に帰ってから、お父さんにめちゃくちゃ怒られたよ。『お前だけはどこにも行かないでくれ』って懇願されたよ。そりゃあそうだよね〜って思った」
彼女は少し笑って、鼻を啜る。同じように泣いている生徒が続出していた。私もその一人。
「あの後、公園へ言っても彼は現れなかった。毎晩毎晩公園へ赴いても、彼の姿だけがなかった。忽然と姿を消してしまったの。……私はまだ、あの時の返事を返事を貰ってないっ」
淡々と語っていた彼女の声に、初めて感情が乗った。彼女の目から大粒の涙が零れる。
「彼と行くはずだった展示会。調べ直したらさ、県内でその画家の個展が行われたのは、あの時よりも七年前に行われたのが最後だったんだよ。日付は八月八日だったけど、年が違った。なんでなんだろうね。タイムトラベラーとかなのかな? 私にはなーんにも分からないな」
深呼吸を一つ。声色を明るく変えて、先生はまた話し出した。
「あれから八年が経つ。私はまだ彼を捜して生きている。八年生きている。『明日からの日々は、そんなに悪くない日が続く』そんな不確かな彼の言葉が支えになって、今、ここに居る。彼はこれを目指していたのかなな? 呪縛みたいだよね。でも、感謝はしてる。頻度は減ったけど、今でもたまにあの公園で夜を越すことがあるんだよね。あいつのことだからいつかまたフラッと現れるんじゃないかなって思って行っちゃうんだよ。…………彼の温かさにまた触れたいって願って、彼をまた見つけるまで、あの時の返事を聞くまで、彼のことをもっと知るまで、生きて生きて生きて悪くない日を過ごしてる」
彼女はまた軽く笑った。暗い影が無い、明るい笑顔。可愛い笑顔。
「『死にたい』って思いを引っ提げて行動に移そうとしたのに、それを彼の言葉一つでやめてしまう私は、弱いのかな。ちょっと気まぐれすぎるよね。優柔不断って言うのかな、他人の言葉に流されやすいのかな。……でも、弱くて良かった。そうも思うよ。そのお陰で強くなれたから。『死にたい』と思っても『生きろ』と言う強い意思が先行するようになったから」
遠くを見つめながら虚ろに話す彼女。今、彼女には何が見えているのかな。あの時の情景なのか、存在しなかった二人で過ごす未来の景色なのか。生徒の私が知る由もない。
「彼皆はさ、彼が過去から来たのか未来から来たのか、それともまた違う所から来たのか。どこから来たと思う? 皆の意見を聞かせて」
そんな質問が投げ掛けられると、今まで静かだった教室がザワザワと音を立て始めた。
「引っ越しちゃったんじゃない?」
「過去の個展の事を話してたから、過去から来たと思う」
「でも明日の事予想出来たんだよ? だから未来じゃない?」
「本当は幽霊だったりして」
「実は存在しなかったとか? イマジナリーフレンドとか、そういうの?」
色々意見が飛び交う。どれもありそうで無さそう。でも、無いとは限らない。先生はその溢れ出る意見たちに耳を傾けている。
「あ、一つ見せてあげるよ。彼との思い出の一部」
そう言って先生がおもむろに取り出したのは白いケースを付けたスマートフォン。彼女はそれをタップしたりスクロールしたりする。
少し経って「見て」の声と共にスマホの画面が向けられる。静まり返っていた教室が困惑と驚きの声で満たされた。後ろの席に居た者は、席を経って前へ来ていた。
スマホには、トーク画面が映し出されている。『よろしく』の可愛いスタンプ二つの下には、青文字の羅列。送り主は『S.Amane』あの人だ。
「存在しなかったことは無いと思うんだ」
先生は画面を私たちに見せながら、二〇一九年に送られてきたURLをタップする。生徒は皆、固唾を飲んで画面を見守った。
遷移した画面に出てきたのは、無機質な白背景に黒文字のあれ。
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先生は、涙目だった。
「あの日家に帰ってから、お父さんにめちゃくちゃ怒られたよ。『お前だけはどこにも行かないでくれ』って懇願されたよ。そりゃあそうだよね〜って思った」
彼女は少し笑って、鼻を啜る。同じように泣いている生徒が続出していた。私もその一人。
「あの後、公園へ言っても彼は現れなかった。毎晩毎晩公園へ赴いても、彼の姿だけがなかった。忽然と姿を消してしまったの。……私はまだ、あの時の返事を返事を貰ってないっ」
淡々と語っていた彼女の声に、初めて感情が乗った。彼女の目から大粒の涙が零れる。
「彼と行くはずだった展示会。調べ直したらさ、県内でその画家の個展が行われたのは、あの時よりも七年前に行われたのが最後だったんだよ。日付は八月八日だったけど、年が違った。なんでなんだろうね。タイムトラベラーとかなのかな? 私にはなーんにも分からないな」
深呼吸を一つ。声色を明るく変えて、先生はまた話し出した。
「あれから八年が経つ。私はまだ彼を捜して生きている。八年生きている。『明日からの日々は、そんなに悪くない日が続く』そんな不確かな彼の言葉が支えになって、今、ここに居る。彼はこれを目指していたのかなな? 呪縛みたいだよね。でも、感謝はしてる。頻度は減ったけど、今でもたまにあの公園で夜を越すことがあるんだよね。あいつのことだからいつかまたフラッと現れるんじゃないかなって思って行っちゃうんだよ。…………彼の温かさにまた触れたいって願って、彼をまた見つけるまで、あの時の返事を聞くまで、彼のことをもっと知るまで、生きて生きて生きて悪くない日を過ごしてる」
彼女はまた軽く笑った。暗い影が無い、明るい笑顔。可愛い笑顔。
「『死にたい』って思いを引っ提げて行動に移そうとしたのに、それを彼の言葉一つでやめてしまう私は、弱いのかな。ちょっと気まぐれすぎるよね。優柔不断って言うのかな、他人の言葉に流されやすいのかな。……でも、弱くて良かった。そうも思うよ。そのお陰で強くなれたから。『死にたい』と思っても『生きろ』と言う強い意思が先行するようになったから」
遠くを見つめながら虚ろに話す彼女。今、彼女には何が見えているのかな。あの時の情景なのか、存在しなかった二人で過ごす未来の景色なのか。生徒の私が知る由もない。
「彼皆はさ、彼が過去から来たのか未来から来たのか、それともまた違う所から来たのか。どこから来たと思う? 皆の意見を聞かせて」
そんな質問が投げ掛けられると、今まで静かだった教室がザワザワと音を立て始めた。
「引っ越しちゃったんじゃない?」
「過去の個展の事を話してたから、過去から来たと思う」
「でも明日の事予想出来たんだよ? だから未来じゃない?」
「本当は幽霊だったりして」
「実は存在しなかったとか? イマジナリーフレンドとか、そういうの?」
色々意見が飛び交う。どれもありそうで無さそう。でも、無いとは限らない。先生はその溢れ出る意見たちに耳を傾けている。
「あ、一つ見せてあげるよ。彼との思い出の一部」
そう言って先生がおもむろに取り出したのは白いケースを付けたスマートフォン。彼女はそれをタップしたりスクロールしたりする。
少し経って「見て」の声と共にスマホの画面が向けられる。静まり返っていた教室が困惑と驚きの声で満たされた。後ろの席に居た者は、席を経って前へ来ていた。
スマホには、トーク画面が映し出されている。『よろしく』の可愛いスタンプ二つの下には、青文字の羅列。送り主は『S.Amane』あの人だ。
「存在しなかったことは無いと思うんだ」
先生は画面を私たちに見せながら、二〇一九年に送られてきたURLをタップする。生徒は皆、固唾を飲んで画面を見守った。
遷移した画面に出てきたのは、無機質な白背景に黒文字のあれ。
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