「お父さん、今日何時に帰ってくる?」
「十時ぐらいかな」
「そっか。じゃ、行ってくるね」
「はーい、行ってらっしゃい。気を付けろよー」
「うん。行ってきます!」
 結局私は、あまねの言う『明日』に来てしまった。悪く言えば、死に損ねた。計画が頓挫した。そんな所だろうか。
 ドアを開けて上を確認する。
「嘘吐き」
 空は、どこまでも青く突き抜ける快晴だった。絶対に雨は降らない。そんな確信を持てるぐらいには良い天気だ。
 久しぶりに眠った気がする。どこか気分が良い。担任は、来るだろうか。あまねの言葉は、真実なのだろうか。

☂

「うわ、先越された」
 深夜一時半。昨日と同じ公園へ来た。タコの胃の中には、青年が一人座っている。
「あまね〜! おはよう」
 タコの下から声を掛ける。あまねは慌ててこっちを向いて、満面の笑みで言った。
「おはよう翠!」
「ちなみに雨は降らなかったよ。でも担任は欠席した。風邪ひいたんだって〜。隣行って良い?」
 間延びした明るい声の返事を聞いてからタコの中へ潜入して行く。そう。担任は休んだ。あまねの言葉は嘘じゃなかった。
 彼の隣に行きながら会話を続ける。
「年中無休の体育会系のあの人が休んだから結構話題になったよ。休んだ所初めて見たわ」
「ね? 嘘じゃ無かったでしょ?」
「雨は降らなかったけどね」
「ま、それはそれ、これはこれ」
 もはや弁明する気も無さそうな言い方に苦笑した。あまねと向かい合って座る。
「翠ってさ〜……可愛いよね」
「は!?」
 彼は至って真面目に、平静に、何事も無いかのようにそう言った。思わず大きな声が出てしまい、慌てて口を押さえる。
「何言ってんのマジで」
「いや、普通に可愛いよ。誇って良いぐらい可愛
い。マジで可愛い」
「いそんな事無い! 終わり! この話はもう終わりです!!」
 結局声は大きいままになってしまった。普段『可愛い』なんて言われないから、どう反応すべきなのか分からない。ただまあ、多少なりとも自己肯定感は上がるからありがたく受け取った方が良いのだろうか。
「連絡先教えてよ」
 どうも気恥ずかしくて話題を逸らす。
「あー、良いよ」「やったー」
 無事に連絡先を教え合うことに成功した。彼の登録名は、
「S.Amane……苗字Sから始まるの?」
 そういえば昨日訊き忘れた彼の苗字を訊く。
「佐々木のSだね」
「あーね、佐々木あまねさん?」
「そう。俺は佐々木あまね」
 何か気になる言い方だったが、別に言及する程のものでは無い。
「さてさて、夜は長いですよ翠さん」
「語り合おうぜあまね〜!!」
「なんかテンション高いな」
 笑いを零した。
 あまねの言った通りにすれば、あと数時間で今日は昨日になって、明日が今日になる。時間は嘘を吐かない。

☂

「てかさ、なんでこんな石あると思う?」
 二時半頃、あまねの発言。確かに最初から気になっていた事だ。私たちが座っている場所には、缶バッジ程の大きさの石ころが十個程度散らばっていた。でも多分これは、
「やっぱあれじゃない? ちっちゃい子がこれで、ここで遊んでたんでしょ。おままごととか」
「あー、まあそっか。ねねね、あそこにペットボトル置いて的当てゲームしない?」
 滑り台の出口よりも少し向こうを指さして、子供のように言った。
「あー、良いね。やろ。ちなみにペットボトル持ってる?」
「あー、無い。おっきめの石にすっか」
 そう言いながらあまねはタコの足を滑って行く。少し当たりを見回して駈けて行き、拳二個分ぐらいの大きさの石を持って来た。
「ここら辺にする〜?」「もうちょい遠くても良いかも!」
「ここはどうだ!」「良いね! めちゃ良い感じ」
 あまねが隣に戻って来てから、的当てゲームを始めた。これは人の居ない夜にしか出来ない事だ。
「六個ずつを交互に投げて、多く当たった方が勝ち」
 短絡的で分かりやすいルール。じゃんけんの結果、私から先に投げる事になった。
「あまねには負けない」
「燃えてんねぇ」
 そう、紫暮翠は極度の負けず嫌い。
「行くぞ!!」
 勢い良く飛んで行く記念すべき一投目は、大きく右に逸れて行った。大ハズレ。
「翠、下手?」
「一個目だから。別に」
 不貞腐れたように言い放つ。一回目なんてそんなもん。きっとあまねも外す。
「行きまーす」
 あまねの一投目は、美しいぐらい真っ直ぐに的へ飛んでいく。カチッと小気味好い音が耳に入った。
「あったりー。あれ翠さん、一個目だからなんだって?」
 彼は私の方を向いてドヤ顔。口ぶりからもよく分かる。かなり煽られている。私の闘争心に火がついた。負けてられない。
「まぐれだよまぐれ。今に見とけよ」
 そう威張って投げた二投目。それは的の手前に鈍い音を立てて落ちた。あまねの愉快な笑い声が正直ウザい。
「二個目行っきまーす」
 あまねの石は先程と同じように石に吸い込まれて行く。カチッと石がぶつかり合う音が、憎く感じた。
「当たった〜! 翠やっぱり……」
「うるさい! まぐれだって」

 三投目。互いに惜しい所で的を外す。
 四投目。あまねだけ当たり。
 五投目。またあまねだけ。
「もう勝負は決まったけど……どうする?」
「取り敢えず最後の一個を投げる。んで、勝つまでやる」
「終わる? それ」
「煽らないでもらって良いですか??」
 途中、そんな煽りを入れられた。
 ただ、本音を言うと、多分終わらない。何十年経ってもあまねが忖度しない限り終わらない気がする。

「行けー!!」
 私の六投目。的に綺麗に吸い込まれて行く石。石どうしが当たる音が、嬉しかった。
「やった〜! 当たった〜」
 最後の一投にして初めて感覚を掴んだ気がする。
「おーおめでとう!!」
 あまねも手を叩いて喜んでいる。その顔が愛おしかった。
「最後の一個。行くよ〜、ホイッ」
 軽い掛け声と共に飛んで行く石はやはり、見事命中。それを確認してから彼は私の方を向いて「はいGG」と満面の笑みでダブルピースをした。
「ウザい。めっっっちゃウザい。法律が無かったら殴ってる」「え、怖い」
 そう言うとすぐに煽りポーズをやめ、私から目線を逸らす。
「もう一回戦、やる?」「やる!!」
 やるに決まってる。紫暮翠は負けず嫌い。

☂

「エイム良すぎるよあまねぇ」
 あれから二回勝負したが、全敗した。ここまで来るともう何とも思わなかった。上手い人の視点は綺麗。それはリアルでも一緒らしい。
「ま、目にクロスヘア付いてるから」
「あ〜それはちょっとキモイかもしれん」
「てか翠ってめちゃゲーマーだよね」
「いやエンジョイ勢よ? あと、あまねも人の事言えないと思うんだけど」
「まあそうか」
 そんな会話をして、『3:09』昨日の感じで行くと、そろそろお別れだろうか。
「明日ね、翠の好きな俳優結婚する」
「あ、出た」
 満月を見ながらあまねは言った。嘘か本当か分からない、明日が気になってしまうもの。
「あとね、猫が三匹家に来るかもお〜〜」
「ねー何それ。流石にでしょ」
 私ら二人だけの空間で、馬鹿みたいに笑い合った。
「まぁ、気になるね」
 笑いが収まってから発する。あまねは子供のような笑顔で言った。

「また明日ね」