ーーー 結局、洸と尚人の頑張りは虚しくも散って、重い空気が、解消される事無く、お菓子パーティーは終わりを告げて、女子二人組は、保健室へ。男子二人組は、体育館のステージにマットを広げ、即席のベッドを作り、床に就いていた。
尚人は、ぽつりぽつりと洸と会話をしているうちに、いつの間にか眠りに落ちていったようで、静かに寝息を立てている。
一方の洸は、思考がうるさく巡り、眠りにつく事はできずにいた。
何度か寝返りをうった後、広い空間で、独りぼっちの思考に耐えられなくなり、体を起こし、特に行く宛も無く、校舎を彷徨う事にした。
とはいえ、夜の校舎は、よくある怪談話のおかげで、バイブスもかかり、洸の目からも不気味に映っていたため、明かりを求めるあまり、月明かりの照らす、屋上に足を向けていた。
「ん?」
階段を登りきった先で、洸は一瞬でその違和感に気づく。
元々、屋上へ続く扉は、開閉時は、ノブを捻り開閉する。それを怠ると、閉め時、ラッジ部分が引っかかってしまい、しっかりと閉じず、半開き状態になってしまうのだった。
そして正に、スマートフォンで照らさなければいけない真っ暗な階段を上がりきった先、同じように闇が広がるはずが、薄っすらと月明かりが漏れ出しているのが、目視できたのだった。
昼間にちゃんと閉めていなかったのか、その考察と同時に、洸の頭の中には、もう一つの可能性が浮かび上がっていた。
洸は、ゆっくりと少し開いたドアをゆっくりと引き寄せる。
そして、その先に広がった光景の中に、そのもう一つの可能性が、月明かりに照らされて佇んでいた。
「咲耶………」
月明かりの下、妖艶に佇む咲耶の姿を見て、洸は、空から舞い降りた、かぐや姫みたいだと、詩的な感想を抱いた。
「咲耶も、眠れないの?」
手すりに両腕を乗せて、空へ昇って行きそうは儚げな後ろ姿に、洸は、驚かせないように、わざと足音を立てて近づくと、優しく語りかける。
「まだ、分からないわ。神影さんが、私を推した理由」
「うん。それは、神影にしか分からない事だからね」
洸は、咲耶に真似るようにして、隣で手すりに腕を乗せる。
「随分と冷たい返答ね」
「ごめんね。これが最適な答えだと思うから」
夏の夜。少し落ちついた気温でも、暑さが残る中、穏やかに吹く涼風が、二人の心を落ち着かせる。
「でもね。僕も、もし咲耶が、コンテストに出場するならば、間違いなく、言い主張が出来る気がするんだ。これは勘とか、そういうフィーリング的な事じゃなくて、昔からずっと一緒にいた、幼馴染としての確信だよ。自惚れかもしれないけれど、僕は、咲耶の弱いところも、強いところも、ちゃんと知っている。乗り越えた日々を知っている。それでも負けそうになった日々も知っている。そして、また、自分の足で、しっかりと地を踏みしめようと、立ち上がった強さも知っている」
ここで、洸は体勢を変えて、手すりに背中を預けるようにして、星空を仰いだ。
「はっきり言ってしまえば、僕のエゴだ。僕は、聴きたいんだ。咲耶の心を、咲耶の言葉で、咲耶の声で」
洸の純な瞳に、星空の幾千の中の一つの星が反射する。
「それが、あなたの本心なのね? それは、最初に言った、笑わせたいっていう話に繋がるのかしら?」
「え?」
洸は、予想外の角度からの返答に、体の熱を強くする。
「う、うん。結果、どうなるかは分からないけど。少なくとも、無駄になることはないと思う。これもまた、僕のエゴだけど」
「そう」
「でも、咲耶はさ、変わったと思うよ。その、前が駄目だったとかじゃなくてさ、言の葉部に入って、なんというか、視界に、拓けた道だけじゃなくて、人も映るようになったというか、だからこそ、みんなも、気兼ねなく、咲耶に物言いできるんだと思うんだ」
そう無垢に微笑む洸は、一際輝くこと座に焦点を合わせる。
「変わった……か……」
その隣の咲耶は、洸とは逆に、視線を真っ暗な、奈落にも見える地へと向ける
「私はね。とにかく普通でありたかったの。高校に通うことを決めたのも、それが普通だと思ったから。それで、どこか満足していた。でも、違う。いつからか、そう思うようになったの。洸を見ていて、みんなを見ていて、私だけ違う世界にいる気がして。だから、正直に言えば、最初に誘われた時、心底嬉しかった。それと同時に怖かったの。もし、その世界に足を踏み込んで、拒絶されたら、本当の意味で私は異質になる。それが怖くて、私から距離を開けてきた」
そんな咲耶のひとつひとつ、丁寧に紡いだ告白の途中、洸は星空から視線を落とし、ある一点を見つめて頬を緩めていた。
「今は、入って良かったと思っているんだね?」
「ええ。そうね。少なくとも不自由はしていないわ。それでも、私の意固地で、それも無下にしようとしている」
「どうかな? 無下には、ならないんじゃないかな?」
「何を根拠に?」
「アレだよ」
洸は、顎をクイッとあげて、視線の先を示す。
咲耶は、その視線を追うようにして、振り返り、入口の方へと視線を移した。
尚人は、ぽつりぽつりと洸と会話をしているうちに、いつの間にか眠りに落ちていったようで、静かに寝息を立てている。
一方の洸は、思考がうるさく巡り、眠りにつく事はできずにいた。
何度か寝返りをうった後、広い空間で、独りぼっちの思考に耐えられなくなり、体を起こし、特に行く宛も無く、校舎を彷徨う事にした。
とはいえ、夜の校舎は、よくある怪談話のおかげで、バイブスもかかり、洸の目からも不気味に映っていたため、明かりを求めるあまり、月明かりの照らす、屋上に足を向けていた。
「ん?」
階段を登りきった先で、洸は一瞬でその違和感に気づく。
元々、屋上へ続く扉は、開閉時は、ノブを捻り開閉する。それを怠ると、閉め時、ラッジ部分が引っかかってしまい、しっかりと閉じず、半開き状態になってしまうのだった。
そして正に、スマートフォンで照らさなければいけない真っ暗な階段を上がりきった先、同じように闇が広がるはずが、薄っすらと月明かりが漏れ出しているのが、目視できたのだった。
昼間にちゃんと閉めていなかったのか、その考察と同時に、洸の頭の中には、もう一つの可能性が浮かび上がっていた。
洸は、ゆっくりと少し開いたドアをゆっくりと引き寄せる。
そして、その先に広がった光景の中に、そのもう一つの可能性が、月明かりに照らされて佇んでいた。
「咲耶………」
月明かりの下、妖艶に佇む咲耶の姿を見て、洸は、空から舞い降りた、かぐや姫みたいだと、詩的な感想を抱いた。
「咲耶も、眠れないの?」
手すりに両腕を乗せて、空へ昇って行きそうは儚げな後ろ姿に、洸は、驚かせないように、わざと足音を立てて近づくと、優しく語りかける。
「まだ、分からないわ。神影さんが、私を推した理由」
「うん。それは、神影にしか分からない事だからね」
洸は、咲耶に真似るようにして、隣で手すりに腕を乗せる。
「随分と冷たい返答ね」
「ごめんね。これが最適な答えだと思うから」
夏の夜。少し落ちついた気温でも、暑さが残る中、穏やかに吹く涼風が、二人の心を落ち着かせる。
「でもね。僕も、もし咲耶が、コンテストに出場するならば、間違いなく、言い主張が出来る気がするんだ。これは勘とか、そういうフィーリング的な事じゃなくて、昔からずっと一緒にいた、幼馴染としての確信だよ。自惚れかもしれないけれど、僕は、咲耶の弱いところも、強いところも、ちゃんと知っている。乗り越えた日々を知っている。それでも負けそうになった日々も知っている。そして、また、自分の足で、しっかりと地を踏みしめようと、立ち上がった強さも知っている」
ここで、洸は体勢を変えて、手すりに背中を預けるようにして、星空を仰いだ。
「はっきり言ってしまえば、僕のエゴだ。僕は、聴きたいんだ。咲耶の心を、咲耶の言葉で、咲耶の声で」
洸の純な瞳に、星空の幾千の中の一つの星が反射する。
「それが、あなたの本心なのね? それは、最初に言った、笑わせたいっていう話に繋がるのかしら?」
「え?」
洸は、予想外の角度からの返答に、体の熱を強くする。
「う、うん。結果、どうなるかは分からないけど。少なくとも、無駄になることはないと思う。これもまた、僕のエゴだけど」
「そう」
「でも、咲耶はさ、変わったと思うよ。その、前が駄目だったとかじゃなくてさ、言の葉部に入って、なんというか、視界に、拓けた道だけじゃなくて、人も映るようになったというか、だからこそ、みんなも、気兼ねなく、咲耶に物言いできるんだと思うんだ」
そう無垢に微笑む洸は、一際輝くこと座に焦点を合わせる。
「変わった……か……」
その隣の咲耶は、洸とは逆に、視線を真っ暗な、奈落にも見える地へと向ける
「私はね。とにかく普通でありたかったの。高校に通うことを決めたのも、それが普通だと思ったから。それで、どこか満足していた。でも、違う。いつからか、そう思うようになったの。洸を見ていて、みんなを見ていて、私だけ違う世界にいる気がして。だから、正直に言えば、最初に誘われた時、心底嬉しかった。それと同時に怖かったの。もし、その世界に足を踏み込んで、拒絶されたら、本当の意味で私は異質になる。それが怖くて、私から距離を開けてきた」
そんな咲耶のひとつひとつ、丁寧に紡いだ告白の途中、洸は星空から視線を落とし、ある一点を見つめて頬を緩めていた。
「今は、入って良かったと思っているんだね?」
「ええ。そうね。少なくとも不自由はしていないわ。それでも、私の意固地で、それも無下にしようとしている」
「どうかな? 無下には、ならないんじゃないかな?」
「何を根拠に?」
「アレだよ」
洸は、顎をクイッとあげて、視線の先を示す。
咲耶は、その視線を追うようにして、振り返り、入口の方へと視線を移した。