高校生には、学校が全てなの。でも、よく言うでしょう?
「会社の方が大変だ」とか「そんなんじゃ大人になった時、どうするんだ」とか。
 違うよ。1日の大半を過ごす場所なの。その場所が地獄なら、一体その子はどうしたらいいの?

 一宮 秋乃《いちみや あきの》、高校二年生。嫌いな物は、「チョコレート」
 高校二年生の春、新しいクラスで出来た友達はあまり気が合わなかった。なんとか話を合わせられているつもりだった。でもそれは私の思い違いで。

 夏には、お昼休みにお弁当を一緒に食べようと言われなくなった。私から友達の所に行けば一緒に食べてくれるが、そんな悲しい友達なんて要らない。ただ苦しいだけだった。
 一人で食べるようになったお弁当も、味はしなくて。友達とお弁当の後のおやつに食べていたチョコレートは、一人で食べると甘さが口に残り、気付いたら泣いていた。

「弱いなぁ、自分」

 そう呟いた声は、騒がしいクラスでは誰も気づかない。あの日からお弁当は残すようになり、大好きだったチョコレートは嫌いな食べ物になった。

 秋には、一人のお弁当にも慣れた。慣れたのか、心が死んだのか、どちらかは分からないけれど、お弁当を食べながら息を殺して泣くことは無くなった。
「ただいま」
 家に帰れば、お母さんがキッチンから顔を出す。
「おかえり。お弁当箱、洗うから出してー」
 お母さんが半分程、残ったお弁当箱を開く。
「あら、今日もお弁当残ってる。最近、食欲ないの?」
「そうなの。ごめんね」
「なんで謝るの?食欲がないのは、秋乃のせいじゃないでしょう?」
 お母さんは優しくて、気付いたら静かに頬を涙が伝っていた。お母さんは私が泣いたのを見ても、驚きもせずに微笑んだ。
「ねぇ、秋乃。母って意外に凄いのよ?言えることならなんでも言いなさい。これでも秋乃より多く生きてるんだから」
 ポロポロと溢れ出した弱音をお母さんは静かに聞いてくれた。そして、話終えた私の頭を撫でた。

「秋乃は強いわね」
「え……?」

「だって、今まで苦しかったのにお弁当をちゃんと半分は食べてる。偉いし、強いわ。でもね、お母さんは秋乃が弱い子でもいいの。一人が辛いって泣き喚いてもいいし、チョコレートが嫌いになったって文句を言ってもいい。どんな秋乃でも、大好きだもの」

 すると、お母さんが立ち上がり、冷蔵庫からチョコレートを取ってくる。

「秋乃は本当はチョコレート好きでしょう?ねぇ、一粒食べてみて」

 私はゆっくりと袋を開けて、チョコレートを口に運ぶ。

「いつも通りの甘くて美味しい味でしょう?」

 お母さんの問いに私は小さく頷いた。


「お母さんね、秋乃が一人ぼっちでも、友達がいなくても全然いいの。だって、それで秋乃の価値が変わる訳じゃないし、代わりにお母さんがいっぱい愛をあげるもの。でもね、友達を失って、さらに秋乃の好きなものまで無くすのは嫌なの」
「お弁当を美味しく食べる権利も、チョコレートを楽しむ権利も、秋乃だけのものだわ。絶対に。ねぇ、秋乃。秋乃を好いていないクラスメイトに秋乃の好きなものまで奪われては駄目。人生、強欲じゃないと」


お母さんはそう言って、私の口にもう一粒チョコレートを押し込んだ。

「この甘いチョコレートは秋乃のもの」

さらにボロボロと涙をこぼす私に、お母さんは続けた。


「確かに、今の高校だと一人ぼっちの方が少なくて、浮いてる気がして辛いかもしれない。でもね、これだけは絶対に言えるわ。『一人ぼっちは絶対に悪いことじゃない』。だから、休み時間に好きなことをしなさい」
「そして、好きなことをして楽しそうにしていれば、秋乃の魅力に気づく人がいるかもしれない。もしいなかったら、周りの見る目がないんだわ。それくらい強欲で強気でいいの」


 お母さんはそう言うと、勢いよく立ち上がった。

「さ、お母さんは明日のお弁当の下準備をするわ。秋乃の好きなおかずをいっぱい入れてあげる」

 お母さんが台所に戻っても、涙はしばらく止まらなかった。
 味方がいない学校で、毎日が地獄で。すぐには、変わらない。高校と言う場所は、一人ぼっちに厳しい。
 それでも、私に強くなくてもいいと言ってくれる人がいる。弱くてもいいと微笑んでくれる人がいる。なんでだろう。「強くなれ」より「弱くてもいい」って言われる方が強くなれるの。

 翌日も、当たり前に一人ぼっちのお昼ご飯。でもお弁当の蓋を開ければ、好物ばかり。食後用に、チョコレートが二つ。
 お弁当を完食して、チョコレートを一粒口に運ぶ。


「なんだ。一人で食べても美味しいじゃん」


 きっと、それが全てでしょう?


fin.