「ジュルカ・デラフト………………?」
エルダは、その名を復唱した。
それと同時に思い出した。
ジュルカ・デラフト。
何処かで聞いた名だと思ったら、そうだ。
オーザックに剣を教えた人物だ。
そして何故かエルダの名を知っていた。
その上、オーザックに伝言を残していた
『お前が昔殺された後の事が知りたければ、ガルム諸島にこい。』
どう言う意味なのか。
今でも見当は付かない。
だが、その人物が目の前に居る。
一体、どういう風の吹き回しなのか。
「エルダ・フレーラ…………だね?」
「は、はい………………」
色々と訊きたい事があるが、今の状況的に、とても訊けなかった。
ジュルカは、エルダに名前を確認し、そのまま何も言わず、壁にめり込み失神しているジャーナの方へと歩いて行った。
エルダはその背中を、静かに眺めていた。
それしか出来なかった。
「はぁ。」
ジュルカは、ジャーナの前でため息を一つ吐いた。
「やり過ぎたな。」
未だ眠るジャーナに、失望したような声でジュルカは言った。
「殺して、殺して、殺して、殺して。お前のせいで、どれだけの人が死に、どれだけの人が悲しみ、どれだけの人が恨んだか。
貴様は、この世に居てはならない不純物じゃ。観察者として、排除する。」
そう言ってジュルカは、腰からナイフを抜いた。
「首に刺したんじゃ即死だろう? それじゃぁ面白く無い。そうじゃな、腹が良いか。」
ジュルカは、ナイフをジャーナの腹に当てた。
エルダはそれを見て、走り出した。
ジュルカは、ジャーナを殺す気だ。
嫌だ。
嫌だ。
エルダは咄嗟に、浮遊魔法でそのナイフを取り上げた。
「…………エルダ。何をしておる。此奴は、この国を困窮に貶めた当事者じゃぞ? 死んで当然。そっちの方が、この世の為なのじゃ。」
「………………嫌だ。」
「何故。」
「俺は、沢山の人を殺しました。母の薬を盗んだ人。オーザックを殺した人。エルレリアに攻めてきた数十人の兵。もう嫌なんです。殺人を解決の道具にしたく無い。もう沢山だ。」
「じゃぁエルダは、この男を恨んで居ないのか? お主の母の薬を盗んだヒリーとやらも、他ならぬこの王の命令なのだぞ? この王は卑劣だった。それに比べて、ヒリーは未だ優しかった。
お主に薬を返したのじゃ。
返す必要など全く無い。でも彼は返した。自分の罪悪感を払拭したかったのだろう。彼は、お主の母を殺した。殺人を犯した。普通、人一人殺すだけでも、相当な罪悪感が生まれこびりつく。そしてそれは、呪いとして離れない。
だがエルダは、これまでに幾人もの人間を殺してきた。ここで一人ころしたとて、そう変わるまい。
それに、殺すのは我じゃ。其方は見るだけで良いのじゃろ。」
「…………それでも嫌だ。」
エルダは、握っていたジュルカの手をそっと離した。
「まぁ良いわい。
じゃが、一つだけ忠告しておく。
この選択をした自分を、怨まないように。」
そう言い残し、ジュルカは、ジャーナの元を去った。
ジュルカの姿が見えなくなり、場は再び静寂に包まれた。
「黄泉帰り。」
ジュルカがそう言った瞬間、サラナの体が発光した。
ジュルカ曰く、暫くしたら意識を取り戻すらしい。
転生魔法。
そんな魔法系統。
見た事も聞いた事もない。
極魔法にも含まれていない。
一体ジュルカは何者なのだろうか…………
そんな事を考えていると。
「んっ、ん〜………………」
倒れているサラナの下から、声がした。
エルダは、サラナを抱き上げ、移動させた。
「あっ、ありがとうございます。」
優しい声が聞こえた。
ふっと声の聞こえた方を向くと、そこには、途轍も無く美人な女性が座っていた。
「貴女は………………」
「申し遅れました。私、ノール・ルリと申します。えーっと………………貴方は………………」
「こちらこそ申し遅れました。エルダと申します。」
そう言いながらエルダは、右手を胸に当て、膝を立てて座った。
ノールはふっと、視線をサラナの方へを向けた。
「サラナさんは…………生きているのですか?」
少し震えた声で、ノールは訊いた。
恐らくノールは、先の水蒸気爆発の衝撃波で失神していた。
だが、サラナが自身を庇ってくれたという事は理解していたのだろう。
「大丈夫…………らしい。さっき来た老人が、生き返らせてくれた。」
エルダはサラッと言ったが、当然ノールは、理解できていない。
辛うじて理解できたのは、サラナが生きていたという事のみ。
「良かった………………」
ノールは、自身の肩を撫で下ろした。
その時。
「お母さん!!」
ノールの背後から、女児の声がした。
その声を聞き、ノールは涙を流した。
生きていてくれたのだと。
私が居なくても頑張っていたのだと。
もう一度抱きしめられる。
夢が叶う。
「ミロル………………!!!」
ノールは立ち上がって走り、ミロルに抱きついた。
「ごめん……ごめんね……………………」
ノールは大粒の涙を洪水の様に流しながらミロルを抱き、そう言った。
よく見ると、ミロルの目からも、小さな涙が流れようとしていた。