「水射針!」
ジャーナはそう叫びながら、両手を前に突き出した。
そしてその手の平から、水で出来た針が出てきた。
そしてそれを目視した刹那、その針が、エルダの脳天に向かって飛んできた。
「ふっ」
エルダはその攻撃を鼻で笑い、浮遊魔法で水の針を霧散させた。
「国王様はこんな物で俺を殺そうとお考えなのですか?」
「ふん、んなわけあるまいて。こんな、蟻すら殺せそうも無いチンケな魔法で主を屠れるなら、わざわざ配下を使ってまで王城に呼ばんてな。」
そう言った後、ジャーナは両腕を広げた。
「水射針!」
再びジャーナはそう叫んだ。
その瞬間、ジャーナの周りに、大量の水針が現れた。
それらの刃先は全て、エルダの脳天へ向かっている。
「はっ!」
ジャーナがそう叫んだとき、その水針は一斉に、エルダの方へと飛んでいった。
「ゼロにも等しかったさっきの攻撃を幾ら増やしたとて。」
エルダは再び、その全ての水針を霧散させようとした。
が。
「何っ?!」
エルダが霧散させる直前、その水針は全て形状を崩し、水の壁と化した。
そしてエルダがそれに困惑している時。
「碧刃」
背後からジャーナの声が聞こえた。
ゾッと寒気がした。
咄嗟にエルダは体を屈め、その攻撃を避けた。
「ほぅ。この攻撃も躱すか。」
その様子を見て、未だ余裕を持った雰囲気のジャーナがそう言った。
碧刃。
マグダに聞いた話だと、水魔法師が、その水の形状を刃状にして、腕に付けて剣にしたり、投げて攻撃したりする、水属性攻撃系統魔法。
刃状にするという事自体、魔法では大分と難しいらしく、碧刃を常時発動させる事は出来ないらしい。
ましてや、空中に幾つも発生させるなど、不可能に近い。
ジャーナは恐らく、水射針を壊して俺が困惑している間に背後に回り込み、碧刃で首を切り飛ばす魂胆だったのだろう。
次は引っかからない。
「じゃぁお次は、炎で行くとするか。」
そう言ってジャーナは、自身の周りに、無数の火球を作り出した。
「炎弾!」
そう言った瞬間その火球はエルダを囲む様に配置され、一斉にエルダに向かって飛んできた。
エルダは何も言わずに、さっきの水射針で地面に溜まった水溜りの水を使って瞬時に自分を水のドームで包み、大量の炎から身を守った。
窒素割合を変えても迎撃は可能だったが、それには途轍もない集中力が必要であり、未だに安定していなかったので、使用しなかった。
「………………これも防ぐか。」
ジャーナは、少し苛立ちを覚えた。
「まぁな。初めっから炎魔法で攻めていれば、勝機があったんじゃねーの?」
その言葉に、ジャーナはついつい眉間に皺を寄せてしまう。
「糞っ! じゃぁこれでどうだ!!」
ジャーナは、少し乱暴に叫んだ。
「炎獄牢!」
その瞬間エルダは、炎のドームに捕まった。
地面と炎に囲まれ、逃げる事など不可能。
………………そう思うのだろう。
「フハハハハハ! 貴様もこれでお仕舞いだ! 死んで詫びるが良い! そちが我に牙を向けるのが何よりの発端。そんな愚行を犯さなければ、死ぬ事は無かったのにのぉ。」
調子に乗ってジャーナは、エルダを嘲笑した。
そしてジャーナが笑っている時。
「誰がお仕舞いだって?」
余所見をしていたジャーナは、エルダの声が聞こえた事に驚き、咄嗟に声のした方を向いた時には遅かった。
「グハァッ!!」
エルダの拳がジャーナの頬に炸裂し、ジャーナは地に転げた。
「貴様! よくも私の大魔法を!!」
殴られた頬を押さえながらジャーナは、情けない格好でそう言った。
「あれが“大魔法”? 笑わせるな。アルゾナ王国の第一秘書の方が、もっと凄かったぞ。」
エルダはジャーナを嘲笑した。
だがエルダも少し危なかった。
あの時は、炎がある区域のみの窒素割合操作が成功したから脱出できたが、もし失敗していたら…………
エルダは密かに、冷や汗を掻いた。
さっきの水溜りが炎獄牢で温められたせいで、水溜りが気化し、場が薄い霧に覆われた。
「んーーーーもう!!!」
幼児の様に駄々を捏ねながら、ジャーナは起き上がった。
「こうなったら……もう、雷しか無いか。」
起き上がったジャーナは、両手を前に突き出した。
そして、
「雷風!」
そう叫んだ。
その瞬間、ジャーナの手の平から、目に見える雷が、エルダに向かって発射された。
雷風。
本来は、相手を麻痺させる程の威力だが、気が立っているジャーナの出した雷風は、当たった相手を失神させる可能性すらある様な威力だった。
当たったらひとたまりもない。
だが。
「甘い!!」
エルダがそう叫んだ刹那。
エルダに向かって直進していた雷風が突然方向を変え、ジャーナの方へを向かって行った。
「な、何故?!」
反応した時には時既に遅し。
雷風は見事ジャーナに命中し、ジャーナは痙攣を起こしながら地面に尻餅をついた。
「何故? 簡単な話だよ。雷っていうのは、空気中の通りやすいところを通って行くんだよ。特に、水蒸気を多く含む所とか。
だから俺は、炎獄牢で熱せられて出来たこの水蒸気を浮遊魔法で移動させて、雷がジャーナの所へ行くまでの道を作った。じゃぁ見事命中。今に至るって訳。」
そう言いながらエルダは、じりじりと、ジャーナとの距離を詰めていった。
そしてエルダはジャーナの前でしゃがみ、ジャーナの胸部に手を添えた。
その瞬間、ジャーナは後方へ吹っ飛び、背中を壁に強打した。
口から血を吐き、ジャーナの意識は朦朧とした。
「もっとちゃんと魔法を勉強しろ。お前の魔法は、あまりにも脆弱過ぎだ。」
そう言い捨て、エルダはジャーナを生かしたまま、そこを去ろうとした。
その瞬間。
「サラナ!!」
突然ジャーナが叫んだ。
「今すぐその奴隷を人質に取れ! 殺しても構わん! いや、殺せ!」
その言葉を聞いて、サラナは困惑し、エルダは慌てた。
ジャーナの意図は明確だった。
サラナが連れているノールの救出に、エルダが加担しているとジャーナは確信している。
だから、その救出対象であるノールを人質に取らせれば、エルダがジャーナに従うだろう。
そう言った魂胆だろう。
サラナは迷った。
ここで王に従うべきか、自分の正義を貫き通すか。
王に逆らえば殺される。
だからと言ってノールを人質に取れば、信頼してくれたエルダやグリリアを裏切る事になる。
どうすれば……………………
“一度で良い。
主君に歯向かってみろ“
-何かあれば俺が守ってやる-
「できません!!!!!!」
静寂の中で、サラナはそう叫んだ。
エルダは内心歓喜した。
サラナは、自分から解放する道を選んだ。
束縛から解放されんと、主君に抗った。
たった一言だが、とても大きな一歩だった。
「………………そうか、サラナ。それは残念だ。」
それを受けてジャーナはそう呟き、痙攣の収まった右手を天に掲げた。
その瞬間、サラナの背後に、青い炎と水の球が現れた。
エルダは油断していた。
ジャーナはもう何も出来ないだろうと。
だが、まだ動けた。
サラナに守ってやると言ったのに。
また誰かを守れずに。
オーザックの時もそうだ。
目の前に居たのに、守れなかった。
少し調子に乗っていたのだ。
俺は弱かった。
浮遊魔法師だの言われ続ける度に、“自分は特別な存在なんだ”と勘違いし、自分は強いと勘違いしていた。
目の前に居る人も守れない。
弱い自分。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
エルダが手を伸ばした時にはもう遅かった。
その炎と水がそっと触れた瞬間、その場で水蒸気爆発が起き、サラナは、直撃した。