そしてゆっくりと開け、エルダの目をまっすぐ見て、言った。
「……母は…………………………」
「私が殺したんです」
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私が生まれたのは、旧ギャリグローバ共和国地区でした。
前に話した様に、私を産んだ母はスラム一の美人で、スラムでも有名でした。
そして、それからの事は、前に話した通りです。
貴族に母を奪われ、私は一人になりました。
ミロルと同じです。
彼女と一つ相違があるとすれば、その時の私の年齢でしょう。
ミロルは当時四歳だったそうですが、私は既に十歳を超えていました。
なので、ミロルよりかは、状況の理解が早かったと思います。
母を奪われたという事実は、ずっと自分の心の中で枷となっていました。
悲しい。
虚しい。
遣る瀬無い。
母を奪われてから、ずっと私は一人で生きました。
ぐちゃぐちゃに荒らされた家の掃除も。
日々の自分のご飯も。
母の教えてくれた通りに、日々を生き抜きました。
そんな時です。
突然、ある貴族が、家へとやって来ました。
男の人です。
スタイルも良く、顔立ちも整っていました。
十歳を超えていたとはいえ未だに幼稚だった私は、その人を“良い人”だと錯覚しました。
こんなにも優しそうな顔立ちの人が、ビルクダリオを貶めたりしない。
そう思ったのです。
「ちょっとお兄さんと一緒に来てくれるかい?」
そう聞かれると当然その場から逃げ出すのが最善手なのでしょうが、幼かった私は、その言葉に釣られ、着いて行きました。
歩いて数十分と行った所でしょうか。
綺麗な屋敷に連れられました。
所謂、“お貴族様の家”です。
三階建てで、敷地は広く、当時の私には、そこがお城に見えました。
その後私は男に連れられ、その家の地下へと行きました。
地下への階段もよく掃除され、とても綺麗でした。
まるで、地下で行なっている所業を隠したいが如く。
「さぁ、入って。」
男にそう言われた私は、そのまま、地下室の扉を開きました。
「…………………………え………………っ……!」
そこには、両手を紐で天井に繋がれ、体のあらゆる所に傷を負った、私の母が居ました。
そしてその周りには、肥えた汚い貴族が数人。
それを見て扉の前で立ち止まっていた私は、私を此処に連れて来た男に蹴り飛ばされ、中に無理矢理入れられた。
「……………………お…………母……さん――?」
そう呟くと母は、傷だらけの顔を私に向け、
「…………………………サラナ……?」
と言いました。
あの時の母の表情は、鮮明に覚えています。
娘が生きていたという喜びと、貴族の家に来てしまったという失意の混ざった表情でした。
「ほら! 野郎ども! 日頃の鬱憤を晴らそうぜぃ!」
私を連れて来た男がそう叫ぶと、後ろで囲んでいた男達が一斉に、母の方へと歩み寄った。
「うぉりゃ!」
そう言ってある男は、母の顔を殴りました。
「とりゃっ!」
そう言って別の男は、母のお腹を蹴りました。
「それっ!」
そう言ってある男は、母の腕を折りました。
「馬鹿っ! お前なにすんだよ! 奴隷に怪我させちゃぁダメじゃねぇかよ!」
悶絶し、唇を噛み締め、痛みを必死に堪える母など一切見ずに、男達は再び、母を痛ぶった。
私は意味が解りませんでした。
良い人だと思った人について行ってみると、母がボロボロになっていた。
母の頭からは血が流れ、歯はボロボロに砕け、腕は変な方向に曲がり、地面には母の吐瀉物と血液で埋め尽くされていました。
「これじゃぁもう、子供一人もこさえられねぇな。」
「でもまぁ、子供が出来なくても、気持ち良いことは出来るだろう? こいつの利用価値なんて、そんなもんよ。」
そんな巫山戯た会話に耳を傾ける様な余裕は、私にはありませんでした。
「あっ、良い事思いついた。」
一人の男がそう言って、母を殴るのを止めさせました。
そうしてその男は、私の方に歩み寄って言いました。
「娘ちゃんもさ、見ているだけじゃつまんないでしょ。娘ちゃんもさ、殴ってみなよ。スッキリするからさ。」
そう言う男の手には、ナイフがありました。
私はされるがままに母の元へ連れられ、殴る様言われました。
当然私は躊躇いました。
何処の女児が、ズタボロにされた実母を殴りたいと思いましょうか。
ですが、母は言いました。
「…………………………殴りなさい。」
男の持つナイフが視界に入っていたのでしょう。
母は、自身の安全よりも娘の安全を優先しました。
私は母を殴りました。
母の頬がより赤く腫れ、折れた歯からは、血が吹き出しました。
もう一度私は殴りました。
母の頬が青くなり、また血が吹き出ました。
暫くして私は、母のお腹を蹴りました。
母の吐瀉物が服にかかり、吐いた血が顔にかかりました。
「う゛ーーー!!!!!」
隣で誰かが呻いています。
「………………ごめんなさい……。」
「……………………ごめんなさい………………。」
そう言いながら私は、母を殴り続けました。
そんな時です。
「よーし、最終フェーズだ。娘ちゃん。このナイフを渡すからさ、お母ちゃんの首に刺してみてよ。」
そう言って男は私に、持っていたナイフとは別の、もう一つ小さなナイフを私に渡しました。
「おま…………そんな事したら死んじゃうじゃねえか。」
「良いじゃん。また新しい奴隷連れてこれば。」
「まぁそっか。」
私はそこで、この国の実状を知りました。
ビルクダリオは“物”であり、使い捨てであり、交換可能なのだと。
この様な糞野郎に、私達は屈して来たのだと。
「う゛ー!!!! う゛ー!!!!!」
ですが、そう悟ったとはいえ、対抗する力など、幼い私にある筈も無く。
私は、そのナイフを持ったまま、母の方を向きました。
ナイフの大きさ的に、ちゃんと急所を刺さないと、楽に死ねませんでした。
でも、刺したくない。
また一緒に遊びたい。
また一緒にご飯を食べたい。
また一緒に………………
「…………サラナ…………………………刺しなさい。」
母はそう言い、笑いかけました。
「可愛くて、優しくて、少しおっちょこちょいで、元気で、破茶滅茶な。」
「私の大好きなサラナ。」
「私が死んでも、ずうっと、傍にいるから。」
私は…………………………
まだ
「………………私だって、サラナと一緒に遊びたい、サラナと一緒に食卓を囲みたい。私だって………………」
「だから。生きて。…………………………
お母さんらしい事はなにも出来なかったけど…………
それでも――――――――――――」
「……………………………………サラナ。」
大好きよ。
大量の血が、サラナの頭上から、雨の様に降り注いだ。