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 カツン…………カツン…………


 ノールの手錠の鍵を奪う為、サラナは第二階層まで戻っていた。
 そして、その螺旋階段を登り終えた時。
 元々自分達が入っていた牢から、物音がした。

 サラナは足音を立てない様にゆっくりと歩き、その物音の正体を知った。
 看守が一人、私達の牢の片付けをしていたのだ。
 地上は「サラナとグリリアが脱走した!」と大騒ぎになっているが、エルダが地上の人間を足止めしているおかげで、その情報は地下には伝わっていない。
 なので恐らく、この看守は、サラナが側にいる事も知らずに、「今頃はもう殺されているのだろう」とか思いながら牢を片しているのだろう。

 そちらの方が都合良い。
 看守(こいつ)がノールの手錠の鍵を持っているかは不明だが、一応調べておこう。



 カツン

「誰だ!!」

 サラナがわざと立てた足音に看守は反応し、その足音のした方を向いた。

「…………何だよ。驚かせんなよ………………」

 ゴンッ!

 気を抜いた看守の背後に回ったサラナは、つま先で思いっきり看守の顳顬(こめかみ)を蹴り飛ばし、気絶させた。


 その後念の為サラナは、その看守の持っていた鞭で手足を縛った後、鍵を探した。

 探し始めて少々。
 解り易く「ノール、手錠」と書かれた鍵が見つかった。
 何故書いたのか。
 忘れっぽかったのか。
 まぁ今は、この看守の衰えた記憶力に感謝だな。

 そんな事を考えながらその鍵をギュッと握り締め、追いかけてこられない様に、看守をサラナ達が入っていた牢の中に入れて施錠した後、足早にその場を去った。






「グリリア! 鍵奪ってきたぞ!!!!」







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 エルダは、サラナやグリリアがちゃんと潜入できた事を確認した後、視線を前へ向けた。
 目の前では、エントランスに居た兵全員が抜刀してエルダを囲み、その後ろでは、見物人達が慌てふためいている。
 エルダの任務は、地下牢への侵入を拒む事。
 そしてエントランスの興奮状態を、出来るだけ長く継続させる事。


 さて、どうするか。

 そんな事を考えていた時。

「全員! 突撃!!!」

 兵の内の一人がそう叫んだ。
 その瞬間、囲んでいた兵全員が、一斉にエルダに向かって走ってきた。


 エルダは呆れた。

 しょうがなくエルダは、両手を横に広げた後、浮遊魔法で全員を軽く吹き飛ばした。
 別に腕を広げる必要は無いが、そうした方が演出的にも、「ザ・強者」っぽい雰囲気が出るのでは無いかというエルダの遊び心。
 だがその演出による効力は意外に大きく、エルダが両手を広げた瞬間、見物人の全員が、ビクッと驚いていた。
 エルダは少し、面白くなった。

「貴様等は馬鹿か。一斉に飛びかかってくるなど、赤子でもあるまいし。もう少し頭を使ったらどうだ? しかも、『突撃!!!』って叫んだだろ? その時点でこっちは幾らでも対処できるってーの。」

 エルダが、少し煽り口調で、吹き飛ばされて床に尻をつけている兵に言った。
 兵が起き上がり、今度は、左右に分かれて襲ってきた。

「ふっ、来るが良い!!」

 エルダが、内心羞恥の念に駆られながら、そう叫んだ。





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 数分後。



 タッタッタッタッタ!!!!


「エルダ!!!」

 地下牢の入り口から、サラナの声が聞こえた。
 咄嗟にエルダが振り向くと、そこには、息切れが激しいサラナと、ボロボロの布を纏った女性が居た。
 ………………あれっ?

「サラナ! グリリアは?」

 エルダが訊くと。

「第三階層で座り込んで動かないから、置いてきた!」
「何で?」
「判らない!」

 エルダは少し慌てた。
 当初の予定では、此処でグリリアとサラナがノールを連れて出て、グリリアはノールを連れて逃走、サラナは王城(ここ)に残ってエルダと居る筈だった。
 恐らく、あの布を纏った女性は、ノールだろう。
 だが、グリリアが居ないとなると大分拙い。
 ノールをこの王城(危険区域)から逃す事が出来ない。
 一人で逃すにしろ、あまりにも不安材料が多すぎる。
 しかも、碌に体調も良く無いであろうノールが、全力で此処から逃げられる訳がない。


 さて、如何するか。
 今出来るのはこれだけだった。

「サラナ、その女性を連れて、俺の側に来い!」

 エルダの側にいれば、二人とも守る事が出来る。
 離れていたとて守る事は出来るだろうが、完全に守りきれる自信が無い。

 その指示を聞いたサラナは、その女性(ノール)の手を引っ張りながら、エルダの元へと走った。
 走って来る二人を見つけてエルダは、浮遊魔法で二人を引き寄せた。

「サラナ。今から俺は、此処に居る兵を行動不能にして、逃げる隙を作る。その瞬間、二人は此処から逃げろ。逃げる時は、俺が浮遊魔法で背中を押してやる。そんでもって、グリリアの救出は、サラナ達が去った後に俺一人で行う。判ったな。」
「でもそれじゃぁ、国王と………………」
「それはまた今度だ。取り敢えず今は、彼女(ノール)を家に帰す事を考えよう。」
「…………了解」

 そう言ってサラナは、ノールの手を引っ張って引き寄せ、出来るだけエルダの近くに入れる様努めた。

「サラナ。行くぞ。」

 エルダのその言葉を聞いて、サラナは拳をより強く握った。

「…………3…………2……………………1………………!」

 その瞬間エルダは、浮遊魔法で兵全員の足の骨を折った。
 兵は全員地面に倒れ、激痛のあまり、叫喚した。

「今だ!」

 その言葉を聞き、サラナはノールの手を目一杯引っ張り、王城の出口を目掛けて走った。

 ハァ ハァ

 サラナの息切れが微かに聞こえる。
 もう少し。
 もう少しで出口だ。
 あともう少しで、ミロルの笑顔が見られる。
 もう少し。
 あともう少し。












「サラナ。その奴隷を如何するつもりじゃ?」




 その声を聞いた瞬間、サラナは足を止め、硬直した。

 エルダも、その声の方を向いた。

 足を折られて倒れている兵も、全員その言葉の主に視線を向けた。


 エルダは、その男の顔を見た瞬間、歯を噛み締めた。




「ジャーナ・カルロスト…………!!」