アルゾナ王国の門を潜り、エルダは、メルデス大森林へと、足を踏み入れた。
 グルダスとの思い出が脳裏を過り、懐かしむ。
 そして、この世界を知る為、エルダは、未知なる大地に希望を寄せて、樹々の中へと進んで行った。


 今持っている持ち物は、約二週間分の食料と簡易テント。そして簡易布団と、水と地図。
 食料は、乾燥させた保存食が主であり、あまり美味しいとは言えないが、食べれるだけマシと言うもの。
 それが尽きてしまった時は、現地調達も出来るだろう。
 猪や狐、鹿を獲って食べたり、木の実を採って食べたり。
 動物の捌き方や食べられる木の実の情報はグルダスに全て教わっていたので、こんな森の中であっても、自足する事が可能なのだ。
 「旅に出たい」と言ったエルダの為にグルダスが教えたのだとすれば、グルダスには、感謝しかない。


 エルダが旅に出たいと思ったきっかけは、グルダスから聞いた、様々な国の話を聞いた事である。
 アルゾナ王国。
 サルラス帝国。
 カルロスト連邦国。
 オームル王国。
 メルデス大森林。
 グルダスのしてくれたそれぞれの国の話はとても面白く、多種多様な文化や文明に触れる事が、とても楽しかった。
 そしてエルダは、それらの国も風景を“自分の目で直接見たい”と思う様になっていった。
 魔法発展国である、サルラス帝国。
 領土が大陸一の奴隷大国、カルロスト連邦国。
 謎に包まれた隔絶された国、オームル王国。
 大陸一の発展国、アルゾナ王国。
 それぞれの国が、エルダには輝いて見えて、至極唆られた。

 先ずエルダは、サルラス帝国に目的地を定めた。
 サルラス帝国は、魔法師が多く、軍事力の殆どが魔法師によるものであり、大陸唯一の創作魔法師であるザルモラがいる国。科学技術は未だ進歩していないものの、魔法技術に関しては、大陸一と言っても過言ではなかった。
 浮遊魔法師であるエルダは、同じ極魔法使いのザルモラに話が聞きたくて、サルラス帝国に行く事を決めた。
 もし会えなかったとしても、魔法発展都市というものを見てみたいので、何方にせよ、サルラス帝国に行くと言う意志は変わらない。

 エルダは、自分以外の魔法師に会ったことが無いので、会えるのをとても心待ちにしていた。


 サルラス帝国の入国門は、帝国とメルデス大森林の国境の最南にあり、アルゾナ王国から向かうとなると、必然的に、メルデス大森林の中を通ることになる。
 国境に沿って南下し、サルラス帝国を目指す。
 エルダは、地図と方位磁針を照らし合わせて場所を確認し、地図を鞄に直して、方位磁針を片手に、森林の中へと進んでいった。


 人間の足でメルデス大森林を横断するとなると、出発から到着まで、約二週間はかかると言われている。
 そりゃぁ、一日中歩き続ければもっと早く到着するのだが、睡眠時間や休息時間、その他諸々の停止時間を考慮すると、約二週間かかる。
 メルデス大森林全域の横断距離と縦断距離はあまり変わらないので、エルダがサルラス帝国に到着するのも、単純計算、今から約二週間後という事になる。
 道中特に問題がなければ持ってきた食料のみで足りるが、もし何か問題が起こると、保存食だけじゃ足りなくなる。

 とても食料がギリギリの旅なのだ。



 約五日後。
 食料がギリギリとは言え、ちゃんと一日三食取り、到着まで時間がかかってしまうが、ちゃんと夜は寝ている。
 良い睡眠環境とは言えないが、寝れないわけではないので、ちゃんと一日八時間か七時間程度は寝ている。
 そしてそうして歩いていた、ある時だった。

 樹々が生い茂る中。
 頭上から太陽の照る昼。
 エルダが道なき道を進んでいた時、()に出会った。

 木陰で体を休めていた彼の肌は緑色をしていて、体の形は人間だが、人間ではない様な雰囲気を感じた。
 「あのぉ………………」
 エルダがふと彼に声をかけると、彼は体をビクッとさせて素早くこちらへ振り返り、エルダと目を合わせた。
 「あ……………………ぁ……………………」
 彼はエルダを見た途端、体をガクガクと震えさせた。まるで、エルダに怯えているかの様に。
 エルダは、予想外の反応に戸惑い、困惑した。
 「え、えーっと………………」
 そう言いながらエルダが彼に接近すると、彼は無言で、エルダから離れようと、走り出した。
 「ちょっと待ってっ………………」
 エルダは、突然逃げ出した彼を追いかけた。

 こんな森の中で、たった一人、木陰に腰をかける彼。
 その肌は、緑色であった。
 ここでエルダは、グルダスの授業で、メルデス大森林の話をしている時、“ゴブリン”という名前が出ていた事を思い出した。
 ゴブリン。容姿は人間の様だが、肌が緑色の、メルデス大森林にのみ生息する知的生物。サルラス帝国では、そのゴブリンの肌や肉、内臓などが高く売れる為、狩人などが、よく狩っている。
 木陰にいた彼も、そのゴブリンの条件と合致していた。

 エルダは、全力で彼を追いかけながら聞いた。
 「ねぇ、君ってゴブリン?」
 それを聞いた彼は、ゆっくりと足を止めた。
 そして、少し瞳に涙を溜めて、エルダに向かって叫んだ。
 「ゴブリンゴブリン! 会った黄色人(にんげん)は皆んな俺たちの事をそう呼ぶ! 俺達は()()()()()なのに!! お前達はいっつもそうだ! 人間の俺達をゴブリンとか言って、いっぱい殺して、笑いながら去っていく!! お前も俺を殺すんだろ?! なぁ!!」
 そう言って彼は、持っていた鞄を地面に投げつけて、両腕を伸ばし、左右に大きく広げた。
 「人間……なのか………………?」
 「あぁそうだ!! 肌の色が違うだけで、中身は人間だ!!」
 エルダは黙り込んだ。
 ゴブリンは人間。じゃぁグルダスやサルラス帝国の奴らは、人間である彼らをゴブリンと呼ぶのか。
 抑も、何故人間なのに肌が緑色なのか。
 少なくともエルダは、肌が緑色の人間を見たことがない。
 「………………じゃぁ、君は人間なんだね。」
 「あぁ、そうだ。」
 「………………じゃぁ、ゴブリンって何?」
 「俺にだってわかんねぇよ。外から来た黄色人(にんげん)が、俺達のことを勝手にそう呼んでんだから。」
 「………………」
 またエルダは黙ってしまう。

 暫くその場に、沈黙が続いた。
 その時。
 「ぷっ! はははははっ!」
 彼が突然笑い出した。
 「お前、面白いな。そんな外の人間(よそもの)見た事ねぇ。」
 「そんなに面白いか………………?」
 「あぁ、とっても。」
 彼は笑い続けた。
 少し失礼なんじゃないかとエルダは思ったが、何故笑っているかの困惑の方が大きかった。
 「今まで会ってきた奴らって、俺達を見つけたら手当たり次第殺してたからよ。こんなに話せる友好的な奴も居るんだなって。」
 「信頼してくれた?」
 「あぁ、勿論。」
 そう言って二人は、固い握手を交わした。
 「俺は、この先にある村出身の『オーザック・グレンシクト』。」
 「俺は、カルロスト連邦国のスラム出身の『エルダ・フレーラ』。」
 それを聞いたオーザックは、口を丸く開けながら驚いた後、ぎこちない笑みを浮かべた。
 その反応が気に掛かったが、エルダは、特に気にしなかった。