今度こそ。
 今度こそ。
 ミロルの笑顔を取り戻す為に。
 ミロルの願いを叶える為に。


 あわよくば。


 サラナの願いも叶えられる様に。









「どうも初めまして。大陸で四人しかいないの極魔法使いの内の一人であり、大陸で唯一の浮遊魔法使いでもある、旧ギャリグローバ共和国地区外東部区域出身、エルダ・フレーラと申します。どうぞ、お見知り置きを。」

 鍵を奪い、地下牢へと続く階段を降り始めると同時に、背後から、エルダの声が聞こえた。
 エルダは言っていた。

「グリリアとサラナがノールを救出してから離脱するまでの間、俺はエントランス(その場)を出来るだけ混乱させる。
 大丈夫さ。ミロルの母さんを助ける為だったら、どんなけ恥ずかしい台詞(セリフ)だって吐いてやるさ。」

 その為にエルダはわざと、自画自賛しているのだ。
 そんな、わざわざ自己紹介で、「大陸で四人しかいない――」だとか、「大陸で唯一の――――」とか、格好つけた事は言わない。
 そんな事を素で言う奴は、ただの自信過剰の馬鹿しか思いつかない。

 だが、場を混乱させる為であれば、その言葉は効果的だ。

 昔から王政は、自身の立場が危うくなる様なリスクを避けてきた。
 ビルクダリオの中に魔力保持者を出させなかったのもその為。
 なので、連邦国政府にとって、連邦国出身の、ビルクダリオの魔法師。しかも極魔法の使い手となれば、厄介。
 当然当時も、そのエルダ・フレーラの排除に東奔西走していた。
 父親を死んだ事にしたり、母親を病で寝たきりにさせたり、最終的にはヒリーをエルダの生家に向かわせたり。
 だが結局、ヒリーは無くても良い善意で薬を返しに行って殺害され、エルダは逃亡した。
 そんな敵を、王政が忘れる筈もない。
 だが、皆その本人の顔を知らない。
 だから敢えてエルダは、自身の事を過剰に紹介したのだ。
 そうする事で、エルダの事を知っていて脅威だと重々認知している兵や、“エルダ・フレーラ”の存在を知らないが浮遊魔法の恐ろしさを知っている見物人を、混乱させ、興奮状態に陥らせる事が出来る。
 案の定そのエルダの自己紹介を聞いた者からは、騒めきが聞こえる。
 どうせ此処からエルダがその力の恐ろしさを見せびらかす訳だから、騒めき所じゃ済まなくなる。

 サラナが少し振り返ると、エルダの頼もしい背中があった。

「俺が此処を守る。」

 そう言っている様であった。





 王城の地下牢は、三階層に分かれている。
 第一階層は、軽罪の者が入る牢。
 主に帝国人の犯罪者が入れられる。
 第二階層は、ビルクダリオ犯罪者や重罪者が入れられる牢。
 サラナとグリリアの入っていた牢も、第二階層だ。
 そして第三階層。
 此処は、罪人の入る牢ではない。
 此処に入れられるのは、所謂国王の奴隷(おもちゃ)
 女性奴隷の拘束などに使われる。
 あまりにも劣悪。
 壁からは下水が漏れ、天井からは汚水が垂れる。
 放置されて死んだ奴隷の死体や頭蓋骨は放置されて悪臭を放ち、とても正気でいられる場所ではない。
 トイレも無く、あったとしても手足が拘束されるので、排泄は縛られたまま行う。
 そのせいで、ハエが寄って来る。
 食料は、時々看守が持って来る残飯。
 持ってこない時は、その辺に落ちている人の死体や小動物の死骸を食べる。
 当然感染するが、助けてくれる訳がない。
 その上定期的に看守に呼び出されて、国王や兵の欲求解消の為の道具にされた後、また牢に戻る。
 そんな生活を送っているビルクダリオが監禁されているのが、地下牢第三階層。

 ノールが居るのも、そこである。



 地下の建物構造は簡単で、螺旋状の階段を降りると一本の道があり、その両脇に、牢がずらっと並んでいる。
 そしてその通路を進むとまた螺旋階段があり、そこを下ると第二階層。
 そしてまた牢と一本の通路があり、その奥に螺旋階段。
 降りると第三階層で、そこからはただ一本の廊下と牢があるだけ。

 そして盗んだマスターキーがあれば、その牢も解錠できる。

 手筈としては、このまま第三階層まで走り、この鍵(マスターキー)を使ってノールを助けて、また階段を登って颯爽と脱出。
 グリリアはノールを抱えて急いで家まで。
 サラナは残って、祈願の成就。


 ノールは目の前。
 ミロルの願いを叶えることが出来る。
 後少し。
 後少し。