パカパカパカパカ
荷台の中でゆらゆら揺られながら、ただただ馬の足音を聴き続けて約二十分程経った。
今の所、何起こってない。
そして今から、中央都市へと入って行く。
グリリアは酷く緊張していた。
同じサルラス帝国人の住む街。
自分と同じ、サルラス帝国人が。
だが自分は、ビルクダリオと共に過ごしてきたサルラス帝国人。
この国の、ビルクダリオを人間と見做していないジズグレイスの人間とは違う。
そう思いたかった。
だが現実は甘く無かったのだ。
幾ら尽くしても、“サルラス帝国人”というだけで白い目で見られる。
ただ助けたいだけなのに。
自分が違うと思っていても、結局、染み付いた固定概念は消えず、結局は出生国だけを見て、人を見ない。
その現実に失意したのだ。
いや。
出生国だけを見ているのは、ビルクダリオだけでは無かった。
当の自分でさえそうだ。
ビルクダリオを勝手に不幸だと決めつけ、笑顔の無い、喜びも無い、ただ苦しみしかないものであるとばかり思っていた。
だがそれは違った。
ビルクダリオも人間だった。
サルラス帝国人だからと蔑まれた自分に向かって、たった五歳の、親を失った少女が笑いかけてくれた。
その時、私は知った。
ビルクダリオも笑うのだ。
私達と同じ様に。
口角を上げて、口を開けて。
そうやって、体いっぱいで楽しみを表現するのだ。
そして、その少女の話を聞いていて思った。
知らず知らずの内に卑下していたビルクダリオにも、大切な人がいて、楽しい毎日があって、幾ら自分達と出生国が違うと雖も、そこに喜びを見出していた。
そうだ。
愛妻が奪われるまでは、そんな事、自分が一番解っていた。
だが、大切なものを奪われて、信頼を失って、何もかもが無くなって。
それがきっかけだった。
ビルクダリオを“弱い人間”と勝手に決めつける様になったのは。
弱い人間は自分だったのだ。
自分は弱かったのだ。
これまで弱いと思っていたビルクダリオよりも。
毎日を必死に生き、そこに喜びを見出すビルクダリオは、とても強かった。
出生国の差異。
それが生み出す溝は途轍も無く深いが、その溝を埋めようとする勇気さえ在れば、埋めて固めるのは簡単だったのだ。
結局、出生国の差異で決めつけていたのは、自分だった。
皆人間。
人間は、笑うのだ。
「おい、止まれ!」
そんな事を考えていると、外の方から、金属音と男の声が聞こえて来た。
金属音から察するに、恐らく連邦国兵だろう。
重厚な鎧を纏っているのか。とても重そうな音である。
サラナの声がうっすら聞こえた。
「国王様の奴隷オークションに、連れて行き忘れていた奴隷が居たので連れて来ました。」
そうサラナが言った。
恐らく此処で、荷台の中を確認するため、兵が荷台を覗きに来るのだろう。
グリリアは、顔を隠し、一番女性っぽく見える姿勢をとった。
だが、
「はい、勿論! ささっ、先へどうぞ。失礼致しました!」
さっきまで威勢が良かったのに、突然高めの声で、兵は言った。
まるで、胡麻を擂っているかの様な声質であった。
サラナに媚を売っているような。
そしてそのまま、馬車は走り出した。
結局、中身を見られることは無かった。
あまり理由は判らないが、そっちの方が、潜入は容易であった。
そう考えながら、荷台の壁越しにその連邦国兵と通り過ぎた瞬間、その兵の話が聞こえた。
「あの糞ビルクダリオが…………国王秘書に成れたからって良い気になりやがって………………」
(???)
グリリアは、その言葉の意味が、理解できなかった。
誰の事を言っているのか。
国王秘書…………?
さっぱり解らない。
――いや――――――まさかな――――――
そこからは、気持ちの悪いほど何も無かった。
誰かに声をかけられる事も、馬車が止まる事も。
気味が悪かった。
こんなに順調に進んでいて大丈夫なのかと、些か不安になる。
だが、何事も無く作戦が遂行できれば、それに越したことは無い。
何か、嫌な予感がする。
心臓の鼓動が、ただ座っているだけで鮮明に聞こえるように緊張しながら、ただ馬車に揺られた。
ガチャン
ある地点で馬車が停まり、サラナの降りる音が聞こえた。
耳を澄ませると、大勢の足音が聞こえた。
オークション会場に到着したのだ。
グリリアの顳顬から、冷や汗が一筋、つーっと流れた。
愈愈始まるのだ。
ミロルの愛するお母さんを助ける為に。
もしかすると此処に居るのかもしれない、突然奪われた妻を助けられる様に。
「それじゃぁ、行きましょうか。」
荷台に乗り込んできたサラナにそう言われ、グリリアは荷台を降りた。
やっと始まる。
とうとう始まる。
グリリアとサラナの、「ノール救出大作戦」が。