次ぐ日未明。


「行きましょうか。」

 サラナは、何食わぬ顔で、大きな荷台付きの馬車を引いてやって来た。
 昨日、あんな話をしたのにも関わらず、そんな事を一切匂わせない風態で、サラナは居た。

 (俺なんか、あの後暫く寝付けなかったのに......)

「グリリア! 早く来なさい! ほらっ、これに着替えて!」

 そう言ってサラナは、服なのかも疑わしい程薄い布を、グリリアに投げつけた。
 
 数日間一緒にいたので、いつの間にかサラナは、皆んなにタメ語を使う様になっていた。
 そっちの方が、気を使わなくて済むから助かると云うもの。

 グリリアは、渡された服を見て、思わずサラナの顔を見上げた。
 サラナは、グリリアが抵抗なく着てくれると思っているのか、前にいる馬を撫でていた。

「……え、サラナさん。本当にこれ着るの?」
「えっ? じゃないと奴隷のカモフラージュができないじゃない。」

 そう。この服は、途中会った連邦国兵に荷台の中を確認された時、「連れて行き忘れた奴隷を連れて来た」と、グリリアの同行を誤魔化す為に準備したものである。
 この服を着た上で、男性に見えると奴隷だと信じて貰えない可能性があるので、女装用の他のグッズも着ける。
 長髪のウィッグを付けたり、胸を大きく見せる手作り器具を付けたり、少し括れをつくる為に厚い布を腹に巻いたり。
 少しでも女体に見せる為に、色々と細工をする。

 その第一段階であるこの服だが、余りの薄さに、グリリアは硬直していた。
 少しでも水に濡れたら下が透けてしまいそうな服。

「一応確認なんだけど、一般的な…………その……奴隷……っていうのは、ずっとこんな服を着て生活してるの?」
「私も詳しく知る訳じゃないけど、昔中央都市に言った時に見た奴隷は、そんな感じの服を来ていたわね。いや…………もう少し薄かったかも…………」

 それを聞いて、グリリアは心が締め付けられた。
 グリリアの妻も、恐らく奴隷として扱われている。
 ならば、ずっとこんな服を着させられて生活しているのだ。
 グリリアは、何とも言えない心苦しさと、途轍もない苛立ちを感じた。
 だが、それと共に、少し希望が見えた。
 今回の作戦では、国王の所有している()()()が出品されるオークションで、その()()を救う。
 もしその()()()の中に、妻も含まれていれば、妻を助けられるかもしれない。
 可能性としては低いが、全くゼロな訳ではない。
 もう一度、妻に会いたい。
 その手を繋ぎたい。
 その小さな体を、包み込みたい。
 その欲求が叶うかもしれない。
 グリリアの志気が、途轍もなく上がった。


 それからグリリアは、何の文句も言わずに、女装用器具を体に付けた。
 エルダやサラナにその理由は理解出来なかったが、さっさと準備が進んで行ったので、結果的には良かった。


 その時丁度、ミロルが目を覚ました。
 五歳児にしては、早い目覚めだった。
 眠たそうな目を掻きながら、トボトボと歩いて出て来た。
 如何にもパジャマと云ったパジャマ姿で現れたミロルは、もう既に此処に馴染んでいた。

 来て直ぐの時こそ、あまり心を開かず、無口で大人しい女児であったが、たった数日寝食を共にしただけで、ミロルも馴染み、口数も増え、やっと子供らしくなった様に感じた。
 その上エルダを滅法好いていて、何かとあれば、「エルダ、エルダ」と言いながらエルダの下へ歩み寄ってくる。
 それがまた可愛いのだが、自分こそ好かれると信じきっていたサラナからすれば、あまり気に食わない様だ。
 サラナもミロルに歩み寄るが、結局ミロルはエルダの下へと去っていく。
 サラナはミロルからのそんな扱いを受ける度、意気消沈していた。
 そこにグリリアが慰めに行くのだが、結局サラナには無視される。
 落ち込みすぎて、反応する余裕が無かったのだ。

 それ程までに、ミロルは、このグループに無くてはならない存在となっていたのだ。


 そんな事を考えている内に、グリリアの更衣が完了した様で。
 グリリアが、家の中から出てきた。

「ぶっ!!!!!」

 エルダは、その姿を見て思わず吹いた。

「…………何だよ。可笑しいかよ。」

 グリリアが、恥ずかしがりながら、エルダに訊いた。

「そりゃぁ可笑しいさ。尊敬していた人が、女装姿で恥じらっているんだから。」
「えっ、尊敬してくれていたの?」
「…………………………」
「…………………………えっ? エルダ、何で黙るの?」

 場が沈黙した。


 グリリアの衣装は、悪く言って、実に滑稽なものであった。
 薄い服の所為でおっさんの足が丸見えになり、精巧に作られた偽乳は、格好悪さをより際立たせていた。
 顔を隠して女性っぽく座っていればそう見えない事もないが、顔を知っているエルダからしたら、面白くて堪らなかった。

「………………笑うなよ。」
「いや、笑わない方がキツい。」

 グリリアは、一つ大きなため息を吐いた。
 恐らく、諦めたのだろう。




 グリリアのセッティングも完了し、ミロルとエルダのお見送りの準備も整った。
 看守の拘束用具や、その他諸々の必須品の準備も完了した。
 サラナは行く気満々であった。

「それじゃぁ、行ってくる。」

 荷台の隙間から、グリリアが顔を出して、手を振った。

「頑張ってこいよー!」

 エルダは、必死に笑いを堪えながら、そう言って手を振り返した。
 それを見たミロルは、目を掻いていた手とは逆の手を使って、グリリアとサラナに手を振った。
 それを見たサラナは、満面の笑み(ニヤけ)を見せながら、手を振り返した。

「それじゃ。バイバイ!!」

 そう言ってグリリアは、荷台の奥へと帰って行った。


 そしてサラナは、足首を動かして馬の腹に当てて合図を送り、発進した。


 その時サラナは、エルダの方を向かなかった。

 気づいた時には、さっきの笑みも消えていた。




 
 その表情。



 それはまるで、何かを危惧している様であった。