魔法の実践訓練開始から一ヶ月後。
 エルダはもう、浮遊魔法を難なく使いこなしていた。
 物体を自由自在に動かし、飛ばし、地面に叩きつけ。
 体力(魔力)も鍛えたエルダは、一日中魔法を使用し続けても全然疲れない程に成長しており、もう、戦闘力としては最強レベルなのでは無いかと、グルダスは踏んでいた。

 訓練をする中でエルダは、浮遊魔法発動の感覚を磨き続けた。

 浮遊魔法は、発動の感覚として、“物体そのものを浮かす”のではなく、“物体のある一点を移動させる”のが本質であった。
 全ではなく点で動かすということは。例えばある紙があった時。その点を二つ紙の両端に設定して、それぞれに真逆の力を加えれば、その紙を容易に割く事が出来る。
 他にも、物体を捻ったり、逆に内側に向かって力を加えて握りつぶす様にしたり。
 魔力を多く消費すると、その点を無数に散らして、それぞれを無造作に動かせば、その物体を粉々にする事も出来た。
 なので、「人間の骨のみを粉々にする」事も可能だったりもする。
 それや、点を幾つも設定して面を作り、それ全体で下に向かって力を加えれば、まるでそこだけ重力が大きいかの様にする事もできる。

 今度は、“気体”を動かす場合。
 気体を動かすというのは、空気に含まれている酸素や二酸化炭素を抽出し移動させたりする事。
 なのでそれを使えば、敵の口と鼻周りの酸素を奪って酸欠にさせる事も出来るし、逆に二酸化炭素を大量に体内に入れて呼吸を止める事も可能であったり。
 火をつけるときに酸素を多くして火を燃えやすくしたり、また、窒素を大量に集めて火を消す事も出来る。
 水素を集めて爆発させる事も、不可能ではなかった。

 エルダも、気体を動かすことは出来るが、どういう感覚かと言われれば、よくわからない。
 実態がないものなので、どういう風に説明すればいいのか、エルダは悩んだが、あまり良いのが出てこなかった。

 そしてその浮遊魔法を自分にかけて、自分の体を浮かせて、スーパーヒーローの様に空を自由自在に飛ぶ事も出来る様になった。
 飛ぶ方は普通に楽しいので、時には、グルダスも一緒に飛ばせて二人で空を駆けて遊んだりもしていた。


 そんな浮遊魔法の習得が完了したという事は、グルダスの講義も終わりという事。
 そしてそれは、エルダの旅立ちを意味していた。
 グルダスとあって数ヶ月後くらいからエルダは、
 「色んな国を回ってみたい。」
 と言っていたので、グルダスとの別れは必然であった。


 別れの日の前夜。
 エルダとグルダスは、寝る間を惜しんで、和気藹々と他愛もない会話を続けていた。
 これでもエルダとグルダスは、半年近くを共に過ごした仲なのである。

 「なぁ、グルダス。」
 エルダが、グルダスに問う。
 「どうした?」
 「グルダスって、昔は何してたの?」
 「……昔……………………のぉ………………」
 グルダスは、少し落ち込んだ表情を見せた後、窓の外で爛々と煌めく満月に目線を移しながら言った。
 「わしが未だ四十歳くらいの時からかの。その時わしは、この国(アルゾナ王国)の王宮で、行政官として働いていたんじゃ。これでも一応、まぁまぁ立場としては上の方だったんじゃよ?」
 「へぇ……………………」
 こんなに凄い人物だったとは知らず、エルダが呆然としている。
 「アステラ王とは仲が良くての。よく一緒に茶を飲んでは和気藹々と話していたのを思い出すわい。そしたらそこに、第二王子のマ…………」
 「マ………………?」
 突然グルダスが黙り込んだ。
 「そ、その第二王子とも仲が良くての。兎に角。あの時はとても楽しかったのよ。」
 「そうだったのか………………」
 グルダスが何を言いかけたのかが気にかかるが、エルダは、そのことについて散策しなかった。
 「そっか。そんなに凄い人だったんだな。グルダスって。」
 「いやぁ、そこまで凄い職業ではない。頑張れば誰にでもなれる立場じゃって。」
 グルダスは笑い声を上げているが、そんな国の重要人物に選ばれるグルダスは、途轍もない努力をしているのには相違ない。


 そんな会話をしていると、気付けば寝ていて、燦々と輝く太陽の光が少し、窓から家の中に入っていた。
 エルダは、眠気で重い体をのっそりと起こし、目を擦り、立ち上がった。
 黙々と出立の支度を済ませて、グルダスと話をした。
 「……それじゃぁ、行ってくる。」
 「あぁ、楽しんでおいで。」
 「そりゃぁ勿論!」
 そう言ってエルダは、ドアノブに手をかけて、少し遅めに捻った。
 「行ってきます!」
 エルダは、少し大きな声でぐるダスに言った。
 するとグルダスは、今までで一番優しい笑みを浮かべて、エルダを眺めた。

 ガチャン

 家の扉の閉めた音が、グルダスたった一人の静寂な部屋の中で何重にも響き、静かに消えていった。



 その後グルダスは、王国門から少し離れた病院へと、足を運んだ。
 そして、ある病床の傍らに立った。
 「おはよう、グルダス。元気かぃ?」
 病床の上に横たわる、身体中を包帯でぐるぐる巻きにされた男は、グルダスにそう言った。
 「あぁ。元気じゃよ。」
 グルダスは、少し冷徹な声で、男に言った。
 「まさか、久しぶりの再会がこんな形になるとは思わなんだ。」
 「そうだな。」
 「そういや、お前も元気なのかい?」
 「ははっ、これでも一応、この国の第二王子なんだけどなぁ………………まぁ、俺の事を『お前』なんて呼ぶ奴は、お前(グルダス)か、アステラお兄様くらいだ。」
 「そうじゃなぁ……………………」
 すると男は、面相を変えて、グルダスに聞いた。
 「そういやグルダス。エルダに会ったんだろ? 会ってどうしたんだ?」
 「ちゃんとお前の言う通り、一般常識と魔法を教えたよ。非常に覚えが良かったので、どれだけ助かったか。覚えが悪ければ途中で挫折してたわい。」
 「そうか…………元気そうだったか?」
 「あぁ。元気じゃったよ。流石お前の息子じゃ。したい事に向かっては真っ直ぐじゃったよ。」
 「ははっ、そりゃ良かった。何にろ俺は、あいつ(エルダ)が赤子の時の顔しか知らないからな。そうか…………元気にしてるか。」
 「そりゃぁ、一日中浮遊魔法の練習をしたのに、息切れ一つせずにビンビンで帰ってくるもんじゃから。エルダの魔力量は相当じゃよ。多分、最盛期のお前でも、エルダに勝てるかは怪しいんじゃないかな?」
 「そこまでに浮遊魔法は強いのか。」
 「多分な。」
 「こりゃぁ、俺の『複製(コピー)魔法』も顔負けだな。」
 そう言ってグルダスと男は、久しぶりに笑い合ったと言う。