「ギニルが……………………?」

 場は騒然とした。
 さっきまで此処にいたギニルが、そんな事をしていたとは。

 それを聞いたサラナは、はっとした。

 (()()()言っていた『()()()()()』って………………まさか……………………)

 サラナは、冷や汗がつーっと流れた。

 それに対しエルダとグリリアは、その事実を信じたく無かった。
 ビルクダリオ救出の為にカルロスト連邦国(ここ)に来たのにも関わらず、救出すべき対象の腹を刺し、攫うなど。
 グリリアには信じ難かった。


「ほ、本当にその男の人は、自身の名を『ギニル』と名乗ったのかい?」

 動揺を隠せないまま、エルダはミロルに訊いた。

「うん。確かにそう言ってた。だって、忘れる訳ないもん。あんな人。」

 少しずつ下がっていく声のトーンに、その男の正体を信じざるを得なかった。

「…………そうか……………………ありがとう………。辛かったよね………………」

 そう言いながらグリリアは、引き攣った笑顔をミロルに見られないようにしながら、ミロルの頭を撫でた。
 撫でられたミロルは、一気に感情が込み上げて来たのか、右目から涙が一筋落ちた。
 場は、重い空気に包まれた。


 その夜。
 男性と女性、別々の部屋に寝た。
 男に母を攫われた事による、男性への恐怖があるかも知れないと危惧したグリリアの案だった。
 実際、あのサラナであれば、ミロルをあやす事が出来るだろう。
 男性陣の出る幕は、一切無かった。


 その夜、ミロルはずっと泣いていたそうだ。
 サラナがずっと抱きしめ、慰めた様だが、かなり参っていた様子であったそう。
 まぁ、当然の事である。
 未だ4歳の頃に母と攫われるという、途轍もなく苦しい経験をした中、その思い出を掘り返してしまったのだから。
 それも未だ5歳の女児に。
 夜中に泣きじゃぐるのも、無理はない。
 寧ろ、申し訳がない。

 そんな中、ミロルは、サラナにあるお願いをしたらしい。
 そのお願いは――――――――




「ノール・ルリの救出?」

 グリリアとエルダが、同時に言った。

「そうです。昨夜ミロルちゃんが、私にそうお願いしたんです。私も幼い頃に母を亡くしました。なので、同じような境遇の、ミロルちゃんの気持ちは十分に理解出来ているつもりです。なので…………助けてあげたいのです。私のように、悲しんで欲しく無いのです。どうか、よろしくお願いします。」

 そう言ってサラナは、深々と一礼した。

「……断る理由が無いな。」

 グリリアがそう言った。

「まぁ、此処で断ったら男じゃ無いし。」

 エルダも、少し自信あり気にそう言った。

「ありがとうございます。お願いします…………です。」

 そう言ってミロルも、可愛いお辞儀をした。




 サラナは、「作戦をたてる」と言って、皆をちゃぶ台の周りに呼んだ。

「私に1つ案があります。」

 皆が座り終えた後、サラナは、少し食い気味にそう言った。


 サラナの案はこうだ。

 五日後の昼。
 国王の所有している奴隷のオークションが、ジズグレイス南部のホール(王城から低速馬車で十五分)で行われるらしい。
 そこにノールも出品される。
 ホールの中に入れるのは、正面一般入り口と、裏の部隊関係者入り口の2つのみ。
 正面入り口は先ず論外だとすると、侵入出来るのは、必然的に裏口からとなる。
 裏口を入ると、短い一本の廊下があり、そこを進んだところの扉の奥が、出品される奴隷全員の控室()があり、そこにノールもいる。
 当然、牢の前には看守がいるが、三十分毎に交代する。
 その隙を狙って、看守を拘束し、牢を解錠する。


 そういったものであった。

「これであれば、ノールさんのみならず、国王所有の奴隷の大半を、帝国貴族の束縛から解放出来ます。」

 サラナが、至極真剣な面持ちでそう言った。
 こんなサラナは、今まで見たことが無かった。
 ミロルが、自分と同じ境遇の、その上自分よりも年下だから。
 自分と同じ思いをさせたく無いから。
 そう云った事が、サラナを動かしているのだろう。

「…………サラナ、一つ聞きたいんだが…………」

 エルダが、一つ質問した。

「そんなオークションがあるなんて情報、何処で手に入れたんだ?」

 その質問を聞いて、少しとぎまぎしながら、サラナは答えた。

「そ、そういう噂を耳にしたもので。ですが、その情報に関しては、信頼しても良いかと。」

 サラナのその面持ちを見て、「本当にそうなのか?」と訊けなかった。
 そんな勇気、エルダには無かった。

「よし。詳しい事はゆっくり決めていこう。取り敢えず、朝ご飯にでもするか。」

 そう言ってグリリアは、さっさと厨房の方へと消えてしまった。

「そうだな。先ず朝食だな。ミロルちゃんは、何か嫌いなものある?」
「椎茸が………………」
「あっ、そうなんだ。実は、俺も。」

 エルダのその言葉を聞いて、厨房にいたグリリアも反応した。

「おっ、エルダも嫌いなのか。実は、私も。」
「奇遇だな! ミロルちゃんは、椎茸の何が嫌い?」
「……食感があまり………………」
「そうだよねー! 俺も。グリリアは?」
「全て。食感も味も。」

 それを聞いて、エルダは少し動きを止めた。
 まさか、グリリアの椎茸嫌いがそこまでだったとは。

「逆に、椎茸好きな人とか居るの?」

 エルダがそう質問すると。

「居ないんじゃない?」

 グリリアがそう答えた。


 その時。

「黙って聞いていれば、ペチャクチャペチャクチャ。椎茸好きな人も居るんです! 全く。女子(おなご)の気遣いの出来ない男は最低です。」

 そう言いながら、サラナは、エルダの頭を一発叩いた後、厨房に行って、グリリアの事も叩いた。
 そのままサラナは、グリリアを厨房から叩き出し、エルダとグリリアのスープにだけ、椎茸を大量に入れた。

「あっ、なんて事を!!」

 思わずグリリアがそう叫ぶと、

「ぐちゃぐちゃほざくな。黙って食え。」

 今までにない程に目を開き、その眼力でグリリアを圧倒した。

「………………はい。」

 それに逆らえない小心者のグリリアは、黙って席につき、椎茸が大量に入っているスープを覗き込んだ。

「エルダも。」

 低い声で、サラナが言った。

 (よ、呼び捨て?!)

 エルダが少し困惑しながらも、席についた。



「いただきます。」

 ミロルとサラナは普通に、エルダとグリリアは冷や汗を掻きながら、そう言った。


 スプーンに、スープと椎茸を乗せて、エルダとグリリアは、お互いの顔を見合った。
 そして、一つ頷いた後、同時に口に入れた。




 ――――――――――――――――――――――




「ご、ご馳走様でした……………………」



 その後エルダとグリリアは、原因不明の精神的疲労によって、暫く立ち上がる事すら(まま)ならなかったという。




 


 それを見たミロルは。

 数年ぶりに笑った。