カルロスト連邦国は、不意に立ち寄ったサルラス帝国の商人が、そこらにあった小国を不法占拠し、成立させた。
その後徐々に、中央都市ジズグレイスへと、サルラス帝国の移民が増えた。
そしてそれら移民の目的は、ビルクダリオ奴隷を持つ事。
勿論、サルラス帝国内であっても、奴隷を連邦国から輸入する事は可能だが、周りからあまり良い目で見られない。
なのでビルクダリオ奴隷を持ちたい人は、必然的に、奴隷制度があり、王政や貴族が奴隷を当たり前に所持しているカルロスト連邦国へと、移住を決意するのだ。
するとどうなるか。
ビルクダリオの中から、奴隷に駆り出される頻度が増える。
よって、ビルクダリオの生活は、困窮へと陥るばかり。
ビルクダリオの生活水準は常に下がり続け、必然的に、カルロスト連邦国内でのサルラス移民の生活水準が上がり続ける。
そう云った、無罪なビルクダリオが陥れられる。
その体制が、尚激化し続けているのが、今の現状である。
そう聞いていると、サルラス帝国民全員が悪いように思うかもしれないが、そう云う訳では無い。
サルラス帝国人は、主に三つに分けられる。
先ず、全体の大半を占める、ビルクダリオには興味が無く、一般的な、アルゾナ王国民などと同じ様に、家庭を持ち、働き、収入を得て、生活する人々。
そしてあまりの大半を占める、ビルクダリオ奴隷を欲す人々。
サルラス帝国内では軽蔑されがちなので、そう云った人は先ず、サルラス帝国に残らない。
よって大半は、カルロスト連邦国に住んでいるのだ。
そして三つ目が……………………
……………………………………
「そんな困窮に陥るビルクダリオを、救おうとする人々。」
グリリアが、静かにそう言う。
「少なくとも私は、その中の一人であると思っている。この国へと移住したのも、こう云った薬の知識で、一人でも多くのビルクダリオを救おうと思ったから。」
その後、一つため息を吐き、俯いた後、続けた。
「だが現実はどうか。初めは皆、満足に薬を買って、病が治る度に『ありがとう』と言いに来てくれたが、私がサルラス人である事が広まった途端、店の収入は激減し、客がこの店へ足を運ぶ事は無くなった。こんなに尽くしても、出生国の差異による差別というのは、解消される訳では無いんだ。」
暫く、場も沈黙が包み込んだ。
一つ大きな呼吸をしてしまっただけで首を斬られそうな、そんな緊迫した空気感の中で、グリリアは再び口を開いた。
「だが私は、幸運にも良妻に恵まれた。純白のその肌は、彼女をベールに包み、整った顔立ちは、皆の心を温め続けた。如何にも清楚な容姿をしているのにも関わらず、彼女の性格は、その容姿からは一切連想されない程に、気さくで明るい人物だった。いつも笑顔を絶やさず、私に名を呼ばれたときには、嬉しそうに、太陽の様な笑みと、真珠の様なその目で、私の目をしっかりと見る。その度に、今までの差別での精神的疲労が、解消されていく気がした。
何しろ彼女は、近くのスラムでも、人情に厚く優しい、スラム一信頼出来る人物として、有名であった。そしてその彼女が、サルラス人である私と結婚したのだから、当然彼女を信頼していた者も、徐々に私を信頼してくれた。客も増え、再び店の経営は安定した。それはひとえに、彼女のおかげだった。そんな彼女が、私は大好きだった。
だがある日、彼女は、突然家に押し入ってきた糞貴族に嬲られ、連れ去られた。忘れていたのだ、私は。此処は奴隷大国。ビルクダリオは、いつ自分も奴隷にされるのかと云った恐怖に耐えながら生きている。それは、彼女も例外では無かったのだ。今更ながら思い出した。これがこの国の当たり前なのだ。
その日から、『彼女が連行されたのは、あの薬師が貴族に彼女を売ったからだ』と云った、事実無根の噂がスラム中を駆け回り、また、客足が途絶えた。彼女はビルクダリオ、私はサルラス人。何方が、他のビルクダリオに尊重されるか。簡単な話だ。当然、ビルクダリオである彼女が、スラム民の保護対象となる。そんな当たり前の、この国の常識。平和に自惚れ、忘れていたのだ。」
再びグリリアは、深呼吸をした。
「私の、この国に来た目的は何だ。そうだ、一人でも多くのビルクダリオを救う事だ。だがどうだ。たった一人の妻すら、助けられていないじゃ無いか。そんなので、この国が救えるものか。
そうだ、自分は無力だったのだ。一層の事、私など居なければ、彼女も死なずに、生きていたのかもしれないな。」
「いいや、一つ間違いがあるな。」
グリリアの話に、突然エルダが入ってきた。
「グリリアが薬を売ってくれたおかげで。俺の母さんは、長い間生きる事が出来た。最終的には薬を盗まれて死んじゃったが、そこまで母さんを生かしてくれたのは、紛れもなく、グリリアなんだよ。誰も助けれていないんじゃ無い。少なくとも、俺の母さんの命は救っていた。
そこまで自分を卑下しないでくれ。グリリアが居たおかげで、この国に来てくれたおかげで、一秒でも多く、母さんと一緒に過ごす事が出来たのだから。」
それを聞いて、グリリアは少し顔を背けた。
「そうか。………………ありがとう。」
グリリアは、静かにそう言った。
少し、この場の空気が、軽くなった気がした。