「大丈夫?」
そう言ってエルダは右手を差し伸べた。
少女は、持っていた包みを、人目を気にしながら抱えて、エルダの手を使わずに、起き上がった。
「す………………すいませんでした。」
その少女はとても小声でそう言った後、足早にその場を去った。
少し引き止めようとしてみたが、そんなエルダを一切見ず、少女はスラムの奥へと消えていった。
得に言葉もかけぬまま少女を見送った後、その少女について、サラナが言った。
「エルダ様。あの少女について、どう思います?」
「どう……って?」
「ほら。あの身体つきを見た限り、恐らくあの子は栄養失調ですね。それに恐らく、あの子の親はもう…………」
サラナが、自身の世界へとどんどん入って行くのがはっきりと見えた。
「こう言った治安の悪い方のスラムでの子供と云うのは、外出の際親が同行するのが一般的。なのにさっきの子は、一人でした。そう言った事を考察すると、あの子の親はもう、ギャリグローバには居ないという答えに至ります。若しくは既に………………この世を去ってしまったか。」
俯きながら、サラナがそう言った。
「そうすれば、あの包みは、盗んだ食料とかそこら辺なのかな。」
「あの様子から察するに、恐らくは――――」
そこまでこの国のビルクダリオの扱いが愚だった事に、エルダは只々失意した。
そして、自分の故郷は、ビルクダリオの集落の中でも、未だ裕福な方であった事を悟った。
此処までに国が腐っていたとは。
サラナが国を潰したいのも、理解出来る。
「………………兎に角…………先を急ごうか。」
「そうですね………………」
そう言ってエルダとサラナは、先を急いだ。
そう言って歩き始めて十分後。
さっきの少女が、路傍に寝ているのを見つけた。
あんな所で寝ていたら風邪引くぞ……と言いたい所だが、家も無いあの子にとっては、どこで寝ても同じだろう。
その子には申し訳なかったが、そのままエルダは、少女の前を去ろうとした。
その時。
「ちょっと待ってください、エルダ様。この子……ちょっと変です。」
サラナにそう声をかけられてエルダは、ふと後ろを振り返り、少女の様子を見た。
一見普通に寝ているだけの様に見えたが、よく見ると呼吸が荒く、顔色が悪い。
もしやと思い、少女の額に手を当てると、とても高熱であった。
これは拙い。
元々食料不足で衰弱している中での、この高熱。
最悪、命に関わる。
一体どうすれば………………
そう考えていたエルダに、一人の男が思い当たった。
幼い頃、エルダの母が未だ生きていた時に、母の薬を買っていたあの薬屋。
あそこに行けば、何とかなるか。
「サラナ。俺は今からこの子を、昔関わっていた薬師に診てもらうために、この子を抱えて来た道を戻る。それで良いか?」
「はい。時間がありませんので。この子が助かるのであれば何でも。」
「決まりだな。」
そう言った後エルダは、少女を抱え、浮遊魔法で少し浮かせた。
普通に抱えるだけだと、走った時の振動が、もろ少女に来て、体の負担になるのでは、と考えたエルダの措置であった。
普通に浮かせて走るのもありだが、それを他人に見られると、自分が浮遊魔法師である事を隠せなくなる。
出来るだけ、自分が魔法師である事は、隠したい。
此処からその薬屋まで、普通に走って約20分。
歩くと30分。
これでは遅い。
ならどうするか。
答えは簡単で、浮遊魔法で、走っている自分に、ブーストの様なものをかければ良い。
地面を蹴った時の体の推進力を、浮遊魔法で増幅させる。
そうすれば、浮遊魔法師である事を悟られずに、速く移動できる。
そうすれば、薬屋まで10分もかからないだろう。
「行くぞ!」
「はい。」
エルダは、少女を少し浮かせ、自身とサラナに、走る時の推進力補助をかけて、出発した。
「あれっ? 私ってこんな速く走れたっけ……………」
自分の走力に驚いて、思わずサラナは声を漏らした。
「俺が浮遊魔法で、走んのに補助かけてるんだよ。そのまま一定のリズムで走ってくれ。そうした方が、側から見て自然に見える。」
「はい。承知しました。」
そうしてサラナは、一定のリズムで足を前に出す事に専念した。
(エルダ様なら…………或いは…………)
サラナは、ジャーナの命令を思い出していた。
[エルダ・フレーラを王城まで連れて来い。手段は問わない。]
初め見た時は、無茶な命令だと思った。
だが、こちらに拒否権が無いことは、端から解っていた。
この命令を熟せば、この国の国力は上がるだろう。
軍事力の強化にも期待出来る。
だが……………………
そうなれば………………自身の解放は遠のく。
(エルダ様…………どうか………………私を…………)
エルダに聞こえぬ様エルダに祈りながら、三人は、その薬師の下へ向かった。