「この国を、カルロスト連邦国を、ぶっ壊して欲しいのです。」

 サラナの口から出たのは、思いがけない言葉であった。

「エルダ様のお噂は予々、私の耳にも入ってましたので。今だと思って、エルダ様の出生地に赴けば居るのではないかと。」
「そして此処へ来て、俺と出会った……と。」
「そうです。」

 無理矢理言葉の温度を抜き取った様な声で、サラナはずっと話し続けていた。

「…………無理して無いか?」

 サラナの願いの是非よりも、エルダはサラナの事が心配になってしまった。
 見た感じ恐らく、サラナはエルダよりも若い。
 そんな子が、何かずっと我慢している様な。
 無理して声のトーンを下げているのも気になるし。
 また別の、人に言い辛い悩みでもあるのか。

「…………どう云う事でしょう?」

 エルダの問いに、サラナは問いで返した。

「いや、何かさっきから、ずっと自分を押し殺している様だったから。何か悩んでいたり、無理してるのかなーって。」

 それを聞いたサラナは、少しポカンとした表情を浮かべた後。

「無理はして無いと……思います…………多分。いや、正直そこの所、自分でも、今の自分の事がよく分からないのです。もう、どうしようも無いので。逃げようが無いので。この偽善に包まれた界隈に無理矢理入らされたのなら…………」

 初めて、彼女の本音を聞いた気がした。
 さっきまでとは明らかに声のトーンが違った。
 だが、その内容は、あまり良く理解出来ていなかった。
 “偽善に包まれた界隈”と云う言葉が少し引っかかったが、今のエルダの知識では、その言葉の真意が、一切解らなかった。
 “逃げようが無い”。一体誰から、何から逃げようとしているのか。
 全くわからなかった。


 エルダがどう云った返事をすれば良いのかが分からず、暫く経った。

「あっ、すいません。分かりませんよね。何の説明も無しに……………」

 サラナが両手を肩の前で二回振り、さっきよりも元気そうな声でそう言った。

「いや、良いよ。俺が聞いた事だし。」
「ありがとうございます。」

 少し、サラナとの距離が近くなった気がした。



「それで、“この国をぶっ壊す”って、具体的には何をするつもりなんだ?」

 エルダが、サラナの願いの詳細を訊いた。

「私がしたいのは、この国の政治体制を根本から崩すこと。まぁ、国王を殺したり、再起不能にすれば、間違い無く崩せるでしょうね。」

 突然サラナの口から突然出た「殺す」と云う言葉に、少しゾッとした。
 だが、政治体制を崩すのならば、その首謀者を討つのが一番手っ取り早いだろう。

「…………何故、この国を壊したいんだ?」

 この理由によっては、サラナと協力しよう。
 エルダはそう思って、サラナに訊いた。

「…………私の出身は、この国のスラムでした。エルダ様と同じです。私の母はスラムでも一番の美人でした。だからでしょうね。私の物心のついた頃。母はこの国の政府の貴族の欲求不満の解消の為の玩具となる為に、女性奴隷として連れて行かれました。水を汲みに家を出ていた私が家に戻ると、もうそこに母は居らず、必死に抵抗した母の、足を擦った後や、地面に引っ掛けた指から剥がれた爪やそこから流れた血痕。貴族がしたのか、母が抵抗した時にしたのか、家の中がぐちゃぐちゃに荒れていました。
 その後母は、貴族に殴られて、死んだそうです。今から四年前の話です。
 許せない。
 まぁ、一種の復讐のような物です。それに、もう私の様な人を出さない様にも。」

 それを言い終わったサラナは、少し俯きながらも、初めて出会った時よりも、少し元気そうであった。
 悩み事は、人に話すとスッキリするから、その為だろう。
 だが、初めて会って数分のエルダに、こんな、国家反逆の様な事を話しても良いのだろうか。
 エルダは少しサラナを心配した。

「必ず居る筈何です。私の様に、この国の貴族のせいで、愛する家族を失った人が。母の様に、突然日常を奪われて、絶望へと追い込まれて死んでいった人が。
 そう言った人を助けたい。
 何もしていない私達を、余所者が、勝手にしていい筈が無い。」

 そう言った後、サラナは、エルダの手を両手で握り、涙を流して言った。

「お願いです。この国の人を助けたいのです。手伝っていただけませんか………………!」

 心の底から出た言葉だった。
 少なくともエルダには、そう聞こえた。
 とても、嘘を言っている様には見えなかった。

 この国に、良い思い出は無い。
 助ける義理は無い。
 だが、此処で断れば、自分を嫌いになってしまう。
 そう思った。

「わかった。その依頼。受けよう。」
「ありがとうございます!!」

 エルダが返事した途端、サラナがそう叫び、エルダの手を握った両手を自分の額に付け、歔欷した。
 エルダは、長い付き合いになりそうだと、そう悟った。




 エルダが更地と化した故郷を周回していた時、サラナの持っていた通信用の魔石が光出した。
 サラナは魔石をポケットから出して、耳に当てて、要件を聞いた。

「サラナ、計画は順調か?」
「はい。エルダ・フレーラを王城に誘え込めそうです。」
「そうか、順調で何より。それでは、これからも計画に支障のない様努めよ。」
「はっ、国王様。」

 そう言って通信を切った。
 魔石の光も消えた。
 サラナは魔石をポケットに戻し、ため息を吐いた。

「エルダ様…………お願いします…………」

 サラナは、トボトボと歩くエルダに、少し申し訳なく思いながら、そう呟いた。