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 カルロスト連邦国、首都ジズグレイスの王城にて。



「ギニルよ。例のスラムの掃除は終わったのか?」

 図太い声の肥えた男は、自身の臣下、ギニルに向かってそう言った。
 ワインを片手に、小さな台に肘を付きながら、グラスを踊らせていた。

「いえ、未だ解体中でして………………後一週間程ご猶予を頂ければ必ず……………………」

 それを聞いた男は、持っていたワイングラスをギニルの膝下に投げつけた。

「何だと?! わしは今日中に済ませよと命じた筈じゃが! そんな醜態を晒しよって。反吐が出る。もう良い。」

 そう言って男は、ギニルの頭に向かって指を指した。

「国王、どうかそれだけは! 命だけは! ちゃんと()()()()()の獲得に成功したじゃありませんか! なのでどうか! これからも国王のお役に立ちますので! 何卒…………」

 そう言っている途中で、男は、水射針(ミルネア)をギニルの心臓に向かって撃ち抜いた。
 ギニルは息絶え、地面に寝転がり、胸から血を流している。

「おい、サラナ。掃除をしてくれ。」

 男はそう言い、自身の第一秘書、サラナ・モルドに目の前の死体の掃除を命じた。
 (サラナ)は、何も言わずに前へ出て、死体をゆっくりと転がし、着ていたスカートをちぎり、それで床の血痕を拭き取った。
 その間男は待っていたが、命じてから三十秒後。

「えぇぃ! 遅い遅い!! もっと速く掃除せんか!! 無能か?」

 そう言って男は、台の上にあったワインボトルを、サラナの頭に目掛けて投げ付けた。
 だがその軌道はずれ、サラナの背中に当たった。
 砕け散ったボトルの破片は、サラナの背中を切り裂き、漆黒のドレスを真紅に染めた。
 それがワインなのか血なのか。
 そんな事、男は毛頭考えていなかった。
 それを受けたサラナは、一言、

「申し訳ありません。」

 と言って、死体を抱えて部屋を去った。

 そしてそれと入れ替わる様に、別の臣下が部屋に入ってきた。

「国王。サルラス帝国からある報告が…………」
「ほほぉう。帝国から。なんと?」

 男は目を見開き、臣下を見た。

「先の第二次帝国侵攻で活躍したあの浮遊魔法師が、カルロスト連邦国(わが国)へと来るそうです。」
「ほぅ。それは難儀な…………」

 男が悩んでいた時、それに畳み掛ける様に、臣下は言った。

「そういや、その浮遊魔法師は、帝国侵攻の時に()()された北東部のスラムの生まれだったとか……………………」

 それを聞いた男は、ニヤとあぜ笑い、言った。

「おい、今すぐサラナを呼んで来い。国力増強の時間だ。」



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 第二次帝国侵攻終戦から二週間後。

 戦後処理も大分と落ち着き、被害のあった民家も、粗方修復が完了した。
 アステラの指示で、王宮の再建を後回しにしたお陰だろう。

 ある日アステラは、住宅に被害があったであろう、北部の避難所にいる避難民に向けて直接謝罪をした。

「国民あっての国。そしてその国民を守るべき立場である我々が、民の大切な家や物に損害を与えてしまった事を深く謝罪する。ついては、復旧資金や人手は全てこちらの方で確保し、最大限、国民(みなさん)の有るべき日常を取り戻さんと奮起する次第でありますので、どうかご容赦頂きたく存じます。」

 そう言ってアステラは、大衆の前で深く頭を下げた。
 そして様々な事を話し、その去り際。
 ある国民に、こんな事を聞かれた。

「アステラ王の仰る通り王宮の修復を劣後するのでしたら、その間王は一体何処で生活を?」

 その問いに対し、アステラは、頭だけを振り向かせ、言った。

「そんな事、正直何にも考えておりませんでした。まぁ言うとすれば、野宿でも別に良いですしね…………まぁ、成り行きに任せるとします。」
「ですが一国の王がそんな……………………」
「ありがとうございます。私にとっては、そうやって私の事を心配してくださっている事自体が幸福で仕方が無いのです。その為なら私、野宿だってなんだって、喜んでいたしましょう。
 ありがとうございます。こんな国王を信じてくれて。」

 そう言ってアステラは、その場を去った。


 そしてアステラは有言実行。
 王宮はそのままに、全人員を、街の復興に携わらせ、僅か二週間足らずで、ほぼ全ての住居の再建が完了したのだ。
 そして今、もう既に避難民の誘導が始まっている。
 つまり、一部が瓦礫の山と化していた街に、再び人が住むのだ。
 アステラもやっと肩の荷を下ろし、地面にへたった。


 だがそんな休息も束の間。
 ギルシュグリッツよりも北部の、被害が一切無かった地域で、アステラ王の信任に対するデモが起こった。
「街を守りきれなかった駄人間。」
「弟の手柄を自分のものにしようとしたペテン師。」
 そんなデマが、中部から北部地域にて出回っているのだ。
 当然それは、アステラの耳にも入っており、大衆の前での謝罪会見は余儀無い。
 突然の宣戦布告と戦争、そして戦後処理と、もう疲労で満身創痍な中、新たに事実無根なデマによるデモが勃発した。
 目の下にはクマができ、目は真っ赤に染まり、既に限界を迎えているアステラは、国のためと自分の足を無理矢理歩かせながら、謝罪会見の準備を取り急いだ。



 次ぐ日。

 アステラの謝罪会見の噂は瞬く間に国中に広がり、当日発表だったのにも関わらず、数万人の国民が、アステラの言葉を聞きに集まった。
 舞台はとても簡素な物であったが、話をするには十分な設備だった。

 舞台裏でアステラが、今にも崩れかけそうな足をなんとか立たせながら、開始時刻を待った。


 そして正午。
 民衆がしんと静まり返り、アステラの登場は未だかと待っている。
 だがアステラは、この間に立っていることすらも(まま)ならなくなり、遂には、とても演説などできる状態では無くなるほどに衰弱した。

 会見の実現は絶望的だった。


 そんな時、アステラの眼前を誰かが横切った。

「叔父さん。後は俺に任せてください。貴方が教えてくれなければ、エルレリアは無かった。恩を返したいのです。どうか、許して欲しい。」

 アステラにその言葉が届くかは分からなかったが、その男は、アステラの返事を待たずに、会見の壇上に上がった。



 アステラではない男の登場に、会場は騒めいた。
 あの王は逃げたのか。
 そうだ、逃げたに相違ない。
 デモ集団は、一心にそう思った。

 エルダは、壇上の中心にあるマイクに向かって叫んだ。

「デモグループの奴等に言う。お前等は馬鹿か?」

 その言葉に、会場はより一層騒めいた。

「父さんの手柄を横取り? 街を守れなかった駄人間? 実に馬鹿馬鹿しい。そんなデマ、誰が信じるか。」

 その言葉に苛立ちを覚えた一人が、エルダに向かって言った。

「第三者が何知った口でほざいてんだ。さっさと失せろ! あの糞国王を庇うってんだったら他でやれ!」
「黙れ。恩人の努力を無碍にする糞を糞と言って何が悪い。もっとも、あんな出来の悪い事実無根のデマを信じるのは本当の阿呆だろうが。」
「何だと!!」
「じゃぁ聞く。お前は、第二王子のマグダがこの国を救ったと知っている筈だ。」
「あぁそうだが、それが何か?」
「誰に聞いた?」
「そんなの、あの駄人間(アステラ)からに決まっているだろう。」
「じゃぁ何故アステラ王は、利用する弟の手柄を、わざわざ民に公表するのか。そんな情報は闇に葬り去った方が、手柄を奪うには得策。何故公表したのか。お前は何故たと思う?」
「………………っ………………」

 エルダは、それに畳み掛ける様に言った。
 
「それに次いで聞く。お前らなら、今回の侵攻の被害をもっと抑えられたのか? 今回の被害の復旧を、二週間未満で終わらせる事は出来たのか。」
「それは………………」
「当然無理だろう。とりわけ、お前がウン百人と言った優れた技術者を連れてくることが出来るなら話は別だが。出来るのか?」

 先まで威勢の良かったデモグループの男が、遂に黙り込んだ。
 それを確認したエルダは、最後に言った。

「分かったか! お前らが信じていた情報は、全て事実無根の大嘘だ! それが分かったら、王が元気な時にでも、土産の一つ持っていって、感謝して帰れ。あの王のことだから、直ぐに許してくれるだろう。
………………良かったなお前ら。自身の国王がこんなにも優しくて。俺の故郷なんてそんな………………」

 マイクも拾えぬ程小さな声で最後言って、エルダは壇上を去った。




 次の日。
 アステラが一時的に暮らしている小さな小屋の前に、沢山のお札が落ちていたらしいが、それが誰のものなのか、何故置かれていたのか。
 真相は未だにわかっていない。
 だが、その札束の下に、ある紙切れが挟まってあった。

『王宮の再建費にでも使って下さい。』