その後シュリは、リーゲルと共に、王宮の最深部で火葬された。
大衆の面前でする事は、リーゲルやシュリの望む事では無いだろうと、アステラとマグダの、最後の親孝行らしい。
リカルは、シュリやリーゲルが死んだと言う事実が未だに受け止められず、火葬場ではなく自室に籠った。
アステラが誘っても一向に部屋から出て来ず、中からは只、啜り泣く声のみが聞こえた。
王宮は、涙に包まれた。
だが、そんな状況下であっても、国の指導者であるリーゲルが居なくなったので、第一王子であるアステラが、この戦争の後始末をしなければならなかった。
悲しみ憂いている時間は、少ししか無いのである。
それが例え、実の父親の死であっても。
最愛の女性の死であっても。
前に進む他、道は無かった。
自室でリカルは、様々な事を考えた。
自室で籠るのではなく、もしアステラの側で、アステラやシュリを守れたら、シュリは死ななかったのでは無いか。
リーゲルに教わった炎魔法が役に立ったのでは無いか。
少なくとも、助けられる命はあったのでは無いか。
私が前に出なかったから。
自室の中で気絶なんかしていなければ。
大切な人を喪わなかった。
私が。
私が。
私が。
リカルは、自分を蔑み続けた。
なんとか自分を落ち着かせようとするが、その自虐が、また自分の気を荒立たせる。
もうどうして良いのかが分からなくなった。
大事な人を喪った後。
リカルは、自分の生きる意味を見出せなくなった。
俯いていた顔を少しあげると、机の上に、一つの林檎と、皮を向く為のナイフが置いてあった。
アステラが、「リカルが元氣になるように」と思い、持ってきた物だ。
私が死ねば、この柵から脱せられるのか。
もしかしたら、シュリやリーゲルにも会えるかも。
丁度目の前にナイフがある。
手首の太い静脈でも掻っ切れば死ねるかな。
頸動脈を切ったら死ねるかな。
リカルは、自分の首に、ナイフの刃先を押し当てた。
だがリカルは、ナイフを床に落としてしまった。
「痛い。」
刃先で少し刺した首から、一滴だけ垂れた血が、手に付いた。
手の平に、乾いた血が、擦れている。
そうだ。
今こうして血が流れているのも、こうやって思うことが出来るのも、想うことが出来るのも、アステラが私を引き取ってくれたおかげなのだ。
なら、私までもが死んでしまったら、きっと悲しんでくれるだろうか。
悲しんでほしい。
それ程に、私を大事に思っていてくれたと言う事だから。
でも、悲しんで欲しくない。
悲しんでいる顔なんて見たくない。
もうあんな、シュリを抱えて絶望している顔なんて。
なら、私がアステラを守れば良いんだ。
側に居れば良いんだ。
シュリの最愛の人。
リーゲルの大切な人。
アルゾナ王国の大切な人を。
今までの恩を返すように。
私がアステラを守れれば。
助けになれれば。
もうアステラの悲しむ顔など見たくない。
私の大切な人を失いたく無い。
その一心でリカルは、アステラの側で助けられる様、勉強する決意をした。
その後リカルは、毎日毎日勉強に呆けた。
何処に行っても、行政、税務、法律、憲法の勉強。
そして、第一次サルラス帝国侵攻があってから十五年後のある日。
リカルが、国王アステラの第一秘書に決定した。
今までアステラには秘書と言った秘書が居らず、リカルが初めてであった。
「よろしくな。リカル。」
リカルの努力を目の当たりにしていたアステラは、この結果を確信していた。
なので、特にリカルが秘書に任命されても、あまり反応は薄かった。
だが、そう言った時の笑顔は、これまでのリカルの努力の行き先を見せてくれたような、今までの長い道のりの道標の様な。
リカルは、この身を結んだ努力に、歓喜した。
そして二度と、大切な人の笑顔を崩さないと、アステラを守ると。
そう強く胸に誓った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
だが、そのアステラも、今目の前で腹に剣を刺して倒れている。
守ると決めたのに。
ずっとアステラを見ていたのに。
なのにこの様。
秘書として恥ずかしい。
主人も守れないとは。
まるであの時と同じ。
あの時と同じ感覚が、リカルに蘇った。
リカルは背筋を凍らせた。
二度とあんな思いをしたく無い。
大切な人を失いたく無い。
助けたい。
でも、激しい痛みで、自分の体を動かせない。
手を伸ばせば届きそうな距離に、アステラは居る。
なのに、どうしても手が伸びない。
動かない。
どうして。
どうして。
リカルは、自分の無力さに失望した。
悔しかった。
自分がもっと強ければ。
自分がちゃんと、周りを警戒していれば。
死んで欲しくない。
生きて。
生きて!
生きて!!!
そう念じた時だった。
ピカッと、建物の外から、激しい黄色をした光が見えた。
まるで雷の様に一瞬だけ光った。
その瞬間、外が静かになった。
なんだ。
外の敵兵が全滅したのか。
はたまた、王国軍が全滅したのか。
そんな事を考えていた時。
「兄上はここにいるか?!!!!」
建物の入り口から、男の声が聞こえた。
咄嗟にリカルは、その方をギリギリ動く首を動かして見た。
そこには、エルレリア侵攻を阻止して帰還した、マグダとエルダの姿があった。