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魔法。
一部の者にしか使うことの出来ない、化学的に説明できない人為的な現象の総称。
一概に魔法と言えど、その種類は様々。
水魔法、炎魔法、雷魔法。
その三つが、主に発現する、基本的な三大魔法である。
そしてその力を使えるかは、生まれつき魔力を保持しているかで決まる。
そしてその力を持つ者のほぼ全てが、王族や貴族など、権威の持つ者であった。
だが稀に、平民の中にも、その力を持って生まれる者もいる。
その様な異端者は、他人に蔑まれ、厳しい生活を強要されたのだ。
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ある日、あるスラムの家で、ある男児が産まれた。
その家は、そのスラムの中では少し裕福な方であり、毎日の食事には、あまり困らない程の収入は得ていた。
その家に住む夫妻は、いつも仲睦まじく、平穏な暮らしをしていた。
近所付き合いも良く、皆に好かれていたその夫妻に子供ができたと言って、皆喜んだ。
妻の名は、ラーナ・フレーラ。
夫の名は、マグダ・フレーラである。
出産を終えた次の日の夜、皆はその夫妻の家で、小規模な宴会を行った。
裕福でもスラムなので、そこまで大規模なものは出来ない。
だが、何とか酒は入手出来た。
その酒は、それ程高い酒では無かったが、その祝いの場で飲んだその酒は、今まで飲んだどんな酒よりも美味しかったと言う。
そして皆が酔い潰れ、そろそろお開きかと話をしていた時、悲劇が起きた。
その赤子が泣き出した瞬間、酒の入っていた空き瓶が、突然宙に浮いたのである。
それを見た皆は、一気に酔いが醒め、その様子に、自分の目を疑った。
そしてその現象は、他の空き瓶でも起きた。
何十本もの瓶が、空中に浮き、暴れ狂う。
赤子は泣き止まず、それどころか、その声を大きくしていった。
そしてその声量と比例する様に、空き瓶の動きも荒くなっていった。
壁に当たり砕け散り、天井に当たって砕け散り、その破片が散らばって皆血を流し。
食器棚は倒すわ、机には穴を開けるわ、その惨事はどんどんと大きくなっていった。
そしてその赤子が泣き止むと同時に、その謎の浮遊は終わり、浮いていた瓶が、床へと落ちた。
壁には血が付き、床には血が溜まり。
倒れる者もいれば、さっさと外へと逃げ出す者もいた。
その惨事は、瞬く間にスラム中に知れ渡り、そのフレーラ家は、皆から軽蔑される様になった。
そしてあの惨事で、赤子の父、マグダは死に、母、ラーナも、重傷を負った。
暫く赤子と母は離れ離れとなった。
そして、母が帰ってきたと思えばその翌日、母は病気で寝込んだ。
顔を真っ青にして、ベッドに寝込む。
その時にはもう、赤子は少年となり、日々、母の療養に努めた。
朝は水を井戸まで汲みに行き、食事は自分で作る。
週に一回は市場に出て薬を買い、夜はひっそり家を抜け出し、働いた。
なんとか生活は出来ていたものの、あの惨事があった事で、少年の生活には、頻繁に邪魔立てが入った。
汗水垂らして必死に稼いだお金を、留守の間に盗まれたり、薬を床にばら撒かれたり。
それは、あの惨事があったからでもあるが、その原因の多くは、その少年が、魔力を所持していた事にあった。
あの惨事は、少年の魔法によるものであった。
平民の中で魔力を持つ者は、皆に軽蔑される。
それはその少年も、例外では無かった。
苦しい生活だったが、何とか生きた。
母の容態は、一つも変わらない。
よくもならないし、悪化もしない。
ずっとベッドの上で眠っている。
悪化しないのは、少年の買ってくるあの薬の影響が大きい。
あの薬が無ければ、母はとっくに死んでいただろう。
一見死んだ様に見えるが、脈はあるので、生きている事に間違いは無い。
そうして、毎日を必死に生きていた時、悲劇が起きた。
少年は青年となり、いつものように出稼ぎに行って帰ってきた時の事だった。
薬が全て、盗まれていたのだ。
いつもは床にばら撒かれる程度だったのに、今日は、薬が盗まれた。
一体誰が。
今はもう夜で、その薬屋など開いているはずも無い。
今行っても、薬を買う事は叶わない。
そして、今薬を投与しないと、母の身が危ない。
何とか、盗まれた薬を取り返しにいかなくては。
青年は、稼いできたお金の入った封筒を床に投げつけ、駆け足で家を飛び出た。
翌日、母は死んだ。
薬は見つからなかった。
青年は、滝のように汗をかきながら、母のベッドの傍で泣き続けた。
その後青年は、呆然と生きていた。
悪戯も、もう何も感じない。
母が死んだなら、もうする事はないと、生きる意味を見いだせなくなった。
そしていつも通り暮らしていたある日の事だった。
「はいっ、これ。」
突然、自分より少し年上の男が、話しかけてきた。
そして、青年は、男の渡したものを受け取り、中を見た。
そこには、あの時盗まれた薬があった。
「無様な死に様だったな。屑な子の母も、所詮は屑か。」
男はそう言って、青年とその母を愚弄した。
その瞬間、青年は、人生で初めて、怒りを覚えた。
そして、怒りどころか、殺意さえも芽生えた。
此奴は殺してやる。
青年がそう強く願った時、その男の体が、宙に浮いた。
そしてその男は落ち、体を地面に強打した。
あの時の惨事のように、男が浮いたのだ。
男の腕が折れ、痛みで絶叫し、男は地面をのたうち回った。
青年は、これを良しとし、もう一度行った。
今度は、逆の腕を折った。
そして今度は、もっと高い位置から落とした。
そして、両足が折れた。
男はもっと絶叫する。
青年はそれが楽しくなり、永遠に続けた。
そしてある時、落とす高度を高くし過ぎてしまい、地面に接触した瞬間、その男の体は爆裂四散した。
内臓が地面に散らばり、返り血が体いっぱいにかかる。
周りの住民は、絶叫して逃げ回る。
母を散々愚弄した男は、ひ弱な叫び声をあげながら死んだ。
それが青年にとって、何よりも楽しく、狂気の笑いを高々とあげた。
次の日、青年は集落を発とうと決心した。
居心地が悪くなったのだ。
冷静に考えると、おかしな話である。
何も悪いことをしていないのにもかかわらず、皆に蔑まれ、軽蔑され、虐められた。
皆が自分を異形のもののように見て、避けられた。
もう、この毎日に飽きた。
ありったけの金と服を鞄に雑に入れ、皆が寝ている満月の煌めく深夜、青年はスラムを発った。
青年の名はエルダ・フレーラ。
行先に当てなどない。
エルダは、スラムの入り口の前にある樹海に、足を踏み入れた。
樹海に足を踏み入れて、一体どれだけ経ったのだろうか。
特に変わり映えしない風景を何日も見ながら、森の中を歩いていた。
エルダは、持ってきた大量の食料を少しずつ消費しながら、森を歩いていた。
そしてある日、高い門が聳え立つ場所に出た。
その横には、高い壁がズンと佇んでいる。
人間一人では到底登れないような高さで、その門の前には、鉄の鎧を着た男が二人立っていた。
門を覗くと、そこには、レンガや石でできた立派な建造物が、無数に立ち並んでいるのが見えた。
エルダは、その光景に唖然とした。
自分が育ってきたあの集落が普通だと思っていたので、こんな立派な建物を見てエルダは、これらはきっとお偉いさんの家なのだろうと、勝手に解釈した。
エルダは、何の躊躇もなく、門にいた門兵に近付いた。
すると、門兵の持っていた槍で、道を塞がれた。
「通行証や身分証明証は?」
兵の一人が、エルダにそう言った。
「通行証…………って、何ですか?」
エルダは、兵に問い返した。
スラムで育ったエルダには、当然一般教養や一般常識など一切身についておらず、通行証どころか、その存在自体理解していなかった。
「………………はぁ。」
それを聞いた門兵の一人が、深いため息をついた。
「そんなもんもわからないなら、話にならねぇ。さっさと帰んな。」
兵がそう言い、手で追い払うような動作をした。
エルダは、何故帰されなきゃならないのかが理解出来ず、疑問に思いつつも、帰れと言われたので帰ろうとした。
その時だった。
「あのー………………」
門の奥から、別の兵が、帰ろうとするエルダに声をかけた。
「すまんが、名前を教えて貰っても良いかね?」
少し歳のとったその兵が、エルダに問うた。
「…………エルダ・フレーラですが……………………」
エルダが、少しとぼけながら言うと、その男が慌て出した。
そして道を阻んでいた兵の肩を強く叩き、早口で言った。
「おい! 早く道を開けろ!」
「でも此奴、通行証も身分証明書も持っていないんだぜ?」
「良いから! 言う通りにしろ!!」
「………………分かりました。」
そう言って道を阻んでいた兵は、槍を下ろし、道を開けた。
「どうぞお入りください、エルダ様。」
そう言って、名前を聞いた兵が一礼した。
「ようこそ、アルゾナ王国へ。」
困惑を隠せないまま、エルダは、門をくぐった。
そして道を阻んだ兵は、問うた。
「何で入国を許可したんだよ。」
その問いに、名前を聞いた兵は、小さな声で教えた。
「あの方は、マグダ様のご子息だ。」
「マジで? …………あの方が………………」
二人は、呆然と、奥へと進むエルダを眺めていた。
エルダは、あてもなく、街道をトボトボと歩いた。
先ず、此処が何処なのかも分からないし、自分が何をしているのか、あの門兵の対応の差は何だったのか。
それに、「エルダ様」って………………
エルダは、困惑が隠せないなか、街道を歩いた。
そんな時だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
後ろの方から、少し掠れた、男性の老人の声が聞こえた。
エルダは、まさか自分が呼ばれているとは思わず、その呼び掛けを無視した。
「ちょ、ちょ………………」
その老人は、いきなり、エルダの右肩をガシッと掴み、激しい息切れを見せた。
「な、何ですか……………………?」
エルダは、困惑を隠しきれない。
「もしかして、エルダかい?」
老人が、汗だくになりながら、そう言った。
「そ、そうですが……………………?」
そんな老人に少し引きながらも、エルダは返答した。
「やっぱり。あの門兵の話は本当だったんだな。」
そう言って老人は、額の汗をゴツい手首で拭い、微かな笑みを浮かべた。
エルダは、何故見ず知らずの男が自分の名を知っているのか困惑したが、老人の言葉で理解した。
恐らくこの老人は、あの時門に居た門兵の知り合いで、そいつからエルダの事を知ったのだ。
だが何故、それ程までにエルダの名を重要視するのか。
エルダが常々、疑問に思った。
その後エルダは、その老人の家へ招かれた。
普通なら怪しむものだが、一般常識が無いエルダは、遠慮なくその老人について行った。
老人の名は、グルダス・ベルディアと言うらしい。
見た所、歳は六・七十前後といったところだ。
腰は曲がっていないが、顔や手の皮膚が弛み、眉毛が長い。
その年季の入ったゴツい皺皺の手は、とても暖かく、優しかった。
家に着いた。
そこに佇むのは、一面が橙の煉瓦で覆われた、五階建てほどの高い建物。
「こんな豪邸で一人暮らしなんて………………」
エルダがそう呟くと。
「そんな訳あるかい。この建物の三階がわしの家じゃよ。」
「そっか………………」
グルダスは、それでそこまで豪邸では無いと言い張ったつもりであったが、スラム育ちのエルダからしたら、三階だけであっても、豪邸であった。
グルダスの家に入った。
それを見て、エルダは脱帽した。
床や壁に砂は無く、埃すら無い。虫もいなくて、頑丈な外壁で作られていた。
エルダの育った家は、風が吹けばヒューヒュー五月蝿いし、雨漏りは茶飯事。地面には風で運ばれた砂が大量にあり、足の裏を汚してしまうことも屡々。ベッドの下は虫達の住処で、家の光源は日光か火の灯り。
それに比べてこの部屋は、電灯で、一日中明るい。
雨漏りもしない。
こんな家が存在したのだと、エルダは呆然と立ち尽くした。
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「確か、時々村に来た行商人も、こんな家の話をしていたような………………」
――――――――――――――
ふとエルダはそう思ったが、何故そう思ったのかが分からず、これを夢だと思い、考えるのを放棄した。
玄関に入り、居間まで歩いた。
何時迄もキョロキョロしているエルダを、グルダスは、クスリと鼻で笑った。
そんな事に一切気付いていないエルダは、未だに、目をキョロキョロさせていた。
暫くして、やっと落ち着いたエルダは、目の前にある椅子に座り込んだ。
「うわっ、何だこの椅子?! ふわふわしてるぞ!!」
「そんな騒ぐな。その椅子は、表面の布の中に動物の毛を入れてふわふわにしとるんじゃよ。」
「ほえぇぇぇ…………」
勿論こんな物、エルダは見たことも聞いたこともなかった。
この椅子の凄くいい座り心地に、エルダは驚愕した。
そしてまた暫く経ち。
エルダも落ち着き、グルダスも、前にあった椅子に座った。
「エルダ。」
グルダスは、真剣な顔でその名を呼んだ。
「これから暫く、わしはお前に、この世界の一般常識と一般教養、そして、魔法理念を教える。いいな?」
突然の提案で、エルダも困惑した。
一般常識、一般教養。エルダに足りていない物だが、エルダ自身はその事実も、その二つの言葉さえも、イマイチ理解していなかった。
「あ、あぁ。わかった。」
エルダは、何の提案なのか全く理解していなかったが、つい流れで了承してしまった。
それを聞いたグルダスは、席を立ち、エルダに向かって、ゴツい右手を出した。
エルダはその手を取り、ガッチリと握手を交わした。
「これから暫く、宜しくなぁ。」
「あ、あぁ。」
困惑しながらぎこちない返事をするエルダの眼前に映っていたのは、満面の笑みを浮かべるグルダスの顔だった。
早速次の日から、グルダスの教育は始まった。
先ず一日目は、エルダの無知さをグルダスが痛感したところで終わり、二日目は、エルダの育ったと言うスラムの周りの国々の話。
三日目や四日目も同じ様なことの話で終わり、グルダスは、もう既に呆れ返り、心が折れかかっていた。
だが、教えをやめないのには、理由があった。
話をすると、そのたびに、エルダが笑顔で激しく相槌を打ちながら聞いてくれるのだ。
こんな反応をされては、止めようにもやめれまい。
グルダスは、その持ち前の根性で、エルダに、一般常識を教え込んだ。
今居るこの大陸は、一つの森林を中心に、計四つの国で構成されている。
大陸中央部に位置する、「メルデス大森林」。
大陸西部に位置する、「カルロスト連邦国」。
大陸北東部に位置する、「アルゾナ王国」。
大陸最東部に位置する、「オームル王国」。
大陸南東部に位置する、「サルラス帝国」。
大陸中央部に位置する秘境「メルデス大森林」。
大陸の半分程度の広さがあり、その中は、方向が分からなくなる程に大量の木々が、大森林一面に生えている。
エルダがスラムを出て横断した森林も、このメルデス大森林である。
この大森林には、馬や猪などの動物や、ゴブリンと呼ばれている知的生物も住んでいる。
ゴブリンは、人間と同じ知性のある生き物で、森の中に村を作って生きているらしい。
だが、そのゴブリンの皮膚や肉が高く売れるからと、サルラス帝国からゴブリン狩りに出掛ける人間も居るらしい。
幾ら人間では無いと言え、人間と同等の頭脳を持つ彼らを殺しても何も思わないかと、グルダスは、つくづく疑問に思った。
そしてそのメルデス大森林の西部に位置する国が、「カルロスト連邦国」。
エルダが生まれ育ったスラムがあるのも、この国だ。
この国は、大陸にある国の内特に治安が悪く、四つの国の内、唯一奴隷制度を認めている国である。
国の面積は四つの中で一番広いが、人口は一番少ない。
スラムが多数存在する国である。
カルロスト連邦国の王は、ジャーナ・カルロストと言う。
酒と女に呑まれた、国の統治も碌にしない王である。
そして、メルデス大森林の北東部に位置するのが、今エルダやグルダスの居る、「アルゾナ王国」。
大陸随一の発展国であり、見ての通り、その技術力も、大陸随一であった。
立憲君主制の国であり、民主主義化が進められ、今では、大陸一の民主主義国として名をあげている。
身分は国民(平民)と貴族の二つのみ。
貴族と言っても、血の繋がりや家系などでは無く、平民の中で優れた者が昇格して成るものなので、元は皆平民なのである。
身分があると言っても特にその格差は無く。
貴族だから特別、平民だから貴族に従うなど、そんなことは一切無い。
貴族と平民の夫妻などはよく聞く話であって。
“貴族”や“平民”という名前があるだけで、中身の人間は、何ら変わりはないのだ。
そんな平和な発展国であるが、その軍事力はイマイチであった。
魔法師というものが未だ世に出ていなかった時代は、大陸最強の国として名を挙げていたのだが、今やどの国も優秀な魔法師団を作っていて、剣一本で戦うアルゾナ王国の軍事力は廃れていった。
アルゾナ王国にも魔法師が居れば良いのだが、数が少数であった。
なので未だに、馬にまたがり鉄の鎧を纏って、真剣を掲げて戦うというのがセオリーだったのだ。
剣は近接武器なので、魔法師の使う炎魔法などの遠距離攻撃には弱かった。
ましてや、雷魔法でも喰らおうものなら、鎧で感電して、即死だと言うもの。
アルゾナ王国の王は、「アステラ・アルゾナ」。
未だ若い男であるが、民からの忠誠は厚かった。
そして、メルデス大森林の最東部に位置するのが、「オームル王国」。
この国は、ここ数十年間他国との干渉を一切禁じていて、アルゾナ王国にいるグルダスにも、今のオームル王国がどうなっているのかは分からない。
文字通り、誰も中を知らない謎の国である。
元々はカルロスト連邦国の次に大きい国だったのだが、年々サルラス帝国に領土を奪われていき、今や大陸内で最小の国となってしまった。
そしてオームル王国は、大陸内で唯一、大陸外の島を領土として持つ国である。
その島の名は、「ガルム諸島」。
一番面積の広い本島を含む、約五十の島で構成されていて、実際人が住んでいるのは、本島のみであった。
最近、オームル王国の大陸部の国境に、高い壁が建てられた。
サルラス帝国の侵攻を止める為の措置や、他国との干渉を最小限にする為の措置など、様々な考察がされているが、未だその答えは決していない。その真意を知るのは、国王のみである。
そんな謎の国の王は、「ダイナス・オームル」。
他国との干渉を一切禁じさせた張本人である。
そして最後。大陸南東部に位置する、「サルラス帝国」。
数十年前。ふと現れたその国は、瞬く間にオームル王国の領土を武力を持って奪い取り、今や、大陸で二番目に大きな国土を持つ国となった。
その軍事力は強大で、その多くが、大量の魔法師のお陰である。
その中でも特にヤバい魔法師が、魔法師団総長、「ザルモラ・ベルディウス」。
その男は、大陸で唯一の“創作魔法”の使い手であった。
創作魔法とは、魔力が尽きぬ限り、自分で魔法を構築して発動できる魔法である。
なので、「炎魔法」を使おうとすれば炎が出るし、「水魔法」と言えば水が出る。
風を吹かせようとすれば突風が吹くし、身体の強化もお手のもの。と言った、この世にある四つの”極魔法“の一つであった。
絶対王政のサルラス帝国は、常日頃から帝国主義を唱えており、オームル王国の完全侵略や、アルゾナ王国への進軍を考えているという噂も立っている程、軍事に力を入れている国である。
「カルロスト連邦国の奴隷を密かに買っている」という噂もあるが、不確かであった。
サルラス帝国皇帝の名は、「ロゼ・サルラス」。
素性が不確かな人物であり、民の忠誠があるのかどうか、その素顔さえも、あまり知られていない、謎の皇帝であった。
これらの情報をエルダが完全に理解したのは、グルダスの教育を受けてから約二か月後の話であった。
先は長いが何とか頑張ろうと、折れかけている心を何とか折れない様に自分を激励し、グルダスは、何とか持ち堪えたのであった。
一般常識をエルダが理解し、一般教養も身に着けたのは、グルダスと出会って半年後のことであった。
グルダスも、そろそろ終わりが見えてきたので、少し活気づいたグルダスであったが、これからが地獄であることを、グルダスは未だ知らなかった。
今日から、グルダスはエルダに、魔法理念についての講義を始めた。
まずは、魔法というものについての解説を、エルダにした。
魔法というのは、前述した通り、定義付けるとすれば、「一部の人間にしか使うことの出来ない、化学的に説明できない人為的な現象の総称。」である。
一部の者と言うのは、生まれつき魔力を保持している者の事であり、そう言った子が産まれるかは、その親が魔力を保持している人物なのかによって変わる。
父母が共に魔力保持者ならば、その子が魔力保持者である可能性が高く、また反対に、父母両方が、非魔力保持者であれば、魔力保持者の子が産まれる可能性は極めて低い。
そしてその魔力というのは、その者の体力に紐付けされている。
なので、魔力を消費すればする程体力が消耗し、疲労が溜まるという訳だ。
なので、体力が回復すれば、自ずと魔力も回復する。
そしてその魔力量というのは、その者の体力に比例する。
体力のない者の魔力は少ないし、体力のある者の魔力は多い。
そして主な発現魔法としては、大きく三つ挙げられる。
一つ目は、「炎魔法」。
文字通り、発動者の周り半径二メートル以内であれば、何処にでも炎を発現できる魔法。
なので、体の周りに炎の壁を作ったり、火球を幾つも作り浮遊させておく事などが可能なのだ。
その炎の大きさは、その者の魔力量とその消費量に比例する。
二つ目は、「水魔法」。
これも文字通り、自分の周り半径二メートルの範囲内であれば何処にでも水を発現できる魔法である。
炎魔法と同じく、その水の量は、その者の魔力量と消費量に比例する。
水魔法の派生魔法で、「氷魔法」というものもある。
これは、水魔法師でも一部の者にしか使えない魔法であり、その力は強力だが、その人数は、大陸で数十人と、とても少ない。
三つ目は、「雷魔法」。
この魔法の発動方法は、今までのものとは違い、魔法の発動は、“手のひら”でしか発動できない。
なので、いきなり目の前に雷を落としたりすることは出来ず、手のひらを相手に向けてそこから雷を発生させて任意の場所に飛ばすのが、雷魔法の使い方。
発動は前者と比べて少し不利だが、その分、威力は折り紙付きで。
対人間の場合は、心臓に直撃すれば、高確率で心停止を狙えるし、体全体の広範囲を狙えば、全身麻痺で暫く拘束する事だって可能。頭を狙えば、記憶を消したり、気絶させたりと、対人戦での汎用性は極めて高い。
主に発現する魔法はその三つだが、ごく稀に発現する魔法がある。
それらは、「極魔法」と呼ばれ、それらの使用者は、大陸でも一人ずつしか存在しない。
極魔法は四つあり、それぞれがとても強大なものであった。
一つ目は、「創作魔法」。
前話でも述べた通り、この魔法は、魔力の尽きぬ限り、好きな魔法を自分で創り出し、発動出来る魔法だ。
基本三属性魔法(炎.水.雷)は勿論、本来存在しない、物質を通り抜ける「透過魔法」や、突然爆発を起こせる「爆発魔法」なども、魔力が尽きぬ限り自由に使える。
だが、他の極魔法は、魔力の消費量が多過ぎるので使えない。
この魔法の所有者は、サルラス帝国魔法師団総長「ザルモラ・ベルディウス」である。
二つ目は、「複製魔法」。
これは、「一度見た魔法を自由に使える様になる」という魔法である。
なので、炎魔法を見ればそれを習得出来るし、その他、雷魔法や水魔法も習得出来る。
そして、創作魔法で創られた魔法を見ればその特定の魔法を使うことが可能なのだ。
この魔法の所有者は、アルゾナ王国の第二王子である。
三つ目は、「精神魔法」。
これは、人間の精神を混乱させ判断力を鈍らせる魔法だ。
なので、敵軍の司令官などに使えば、司令官の判断力が低下し、思考力が無くなり軍に指令が届かなくなる。
主な使い道としては、裁判や取り調べの自白時に使用される。
この魔法の所有者は、アルゾナ王国国王「アステラ・アルゾナ」である。
所有者が国王である為か、戦争などで使用する事は先代より固く禁じられているそうだ。
しかしその力が支配者たらしめているのは間違い無い。
四つ目は、「浮遊魔法」。
浮遊と言ってもただ物体を浮かすだけで無く、逆に下向きの力を加えて潰したり、空中を自由自在に移動させれたりする魔法である。
この魔法は、極魔法の中でも最強レベルの魔法である。
例えば対人戦闘時、相手の体内にある臓器を、魔法を用いてグチャグチャに潰すことも可能だし、高所に浮かせ落下させ潰したり、相手の近くにある酸素を全て別の場所に移動させて、酸欠で殺す事も出来、遠くからでも暗殺することが出来る。
そしてその魔法を自分にかければ、空を飛び回ることも出来る。
空も飛べて、遠くから確実に殺せて、日常生活でも役に立つ魔法である。
この魔法の所有者は、「エルダ・フレーラ」であった。
「魔法の概要は以上じゃ。」
数日間かけて、やっと、エルダが魔法理念を完全に理解した。
エルダも、頭フル回転でこれらを必死に覚えた。
それは、自分が浮遊魔法師であるからが大きかった。
「魔法を自由自在に操りたい。」という思いが、エルダを動かしたのだ。
だが、知っただけでは魔法は操れない。
グルダス曰く、「先ず大事なのは魔力量の確保である」と言っていたので、大事なのは、魔法知識とそれなりの魔力量なのだ。
魔力量は、体力に比例する。
なので、魔力量を増やしたいなら、体力を増やさなくてはいけない。
ならばどうするのが最善か。
それは....筋トレと体力トレーニングだった。
次の日からエルダは、筋トレを始めた。
体力アップの為である。
エルダの浮遊魔法がどれだけ強力であっても、エルダの魔力量が少なければ宝の持ち腐れであるので、体力アップのトレーニングは、魔法訓練の中では最重要なものであった。
元々エルダはスラムにいた頃、母の薬を買いに東奔西走していたのと、深夜に働いていたので、それなりの体力はあった。
だが、魔法を行使する上では、未だ足りなかった。
トレーニングのメニューは至極簡単で、朝起きて、ランニングを十キロして、朝食を食べて、筋トレして、勉強して、昼食を食べて、筋トレして、またランニングして、晩飯を食べて、ちゃんと寝る。
これが、毎日のメニューであった。
どれも、幼い頃に辛い経験をしたエルダからしたら容易だったが、グルダスは、余裕だなと感じた瞬間、もっとトレーニングをキツくしたのだ。
なので、前述したものを実践したのは初日のみで、次の日からは、ランニングの距離も格段に増え、筋トレもお、より体に負担がかかるものに変えられた。
エルダは毎日が地獄の様であったが、「大陸でただ一人の浮遊魔法保持者が自分である」という特別感と、折角使えるのだからそれを無駄にしたくないという熱い思いが、エルダの体を動かした。
トレーニングを始めて約二ヶ月後。
「今日から、魔法の実践練習をしよう。」
グルダスから、そう告げられた。
これは、魔法使用の許可と共に、地獄のトレーニング終了の合図でもあった。
エルダは肩の荷が降りた様に安堵の表情を浮かべると共に、「やっと魔法が使える」という強い期待を心の奥底に仕舞った。
「実践練習が始まる!」
そう期待していたエルダであったが、グルダスに連れてこられたのは、いつもの授業部屋。
グルダス曰く、「まず初めは、浮遊魔法についての基礎知識を頭に入れないと、碌に魔法を使いこなせない」らしい。
なのでエルダは、「これさえ乗り切れば実践できる!」という期待を胸に、グルダスの話を聞いた。
浮遊魔法は、言ってみれば、念力と称されるものと同じ様なものであり、目の前にある物体や気体を自由自在に遠隔操作出来る能力である。
浮遊魔法を発動するにあたって先ず知っておかなければいけない事は、「浮遊させるもののイメージを鮮明に連想しないと、そのものを浮遊させれない」という事である。
例えば、目の前にある机を浮かすとしよう。
その場合、先ず頭の中で、その机が浮かぶビジョンを鮮明に作り出して、その後、机を浮かす。
魔法発動のビジョンを作り出さないことには、いつまで経っても魔法は発動出来ない。
机などの物だと目の前にあるので連想し易いが、その動かしたい物が人間の体内にある物であれば、そのビジョンを作るのが困難なのだ。
例えば、心臓を動かして、相手を殺す場合。
魔法の発動者は、その「心臓が動くビジョン」を作り出しておく必要があるのだ。
それはどういうことか。
それは、事前に他人の心臓を見て、そのイメージを頭の中に留めておくのが大事なのだ。
要するに、浮遊魔法の訓練の始めは、色んなものを見て、覚えることから始まる。
人体解剖を眺めたりすることもあるだろう。
だがそれは、浮遊魔法を使う上で最も重要な工程であり、もしエルダが対人戦に巻き込まれた時、自分の安全を確保する為にも使える。
なのでエルダは、人体解剖の現場へを赴いたのだ。
その日の夜は憂鬱であった。
エルダが死者の体内を見たのは初で、何度か吐きそうになったがなんとか堪え、無事、大体の器官のイメージは掴めた。
ノイローゼ。
疲れた。
なのでエルダはその日、早い時間に就寝したという。
そして数週間後、エルダは、浮遊魔法を使う上での必須知識を手に入れた。
あとは実際に使って、その感触を体に覚えさせるのみ。
そして今日は、その魔法実践訓練の初日であった。
過去に何度か魔法を発動させていたエルダだが、あの時は、感情的になったが為に、咄嗟に発動できたものなので、意識的に発動した訳ではなかった。
なので、自由自在に、思うがままに魔法を使える様になれば、最早無敵なのである。
早速エルダとグルダスは、近くの誰もいない公園にやってきた。
家の中だと、暴走して色々と物を壊しかねないので、(多分)安全な公園へやってきた。
グルダスが、空き缶を地面に置き、エルダに言った。
「魔法を行使する上で最も重要なのは、『その魔法を発動させた時のビジョンを連想しておく』こと。つまり、この魔法を使って、どういう結果を望むのか。それを想像しながら使うという事じゃ。取り敢えず最初は、あの空き缶が中に浮かび上がるビジョンを描いてみ。」
そう言ってグルダスは、空き缶を指差した。
「(空き缶が浮く………………)」
エルダは、目の前にある空き缶に集中しながら、それが宙に浮くビジョンを、頭の中に浮かべ続けた。
そして、そうし始めて一分後。
カタカタカタ
突然、空き缶が微振動し、そのまま地面に倒れた。
「ま、まさか…………初めてでここまで出来るとは………………」
グルダスが空き缶をじっと眺めながら、カスカスの声でそう呟いた。
何やら、初めから魔法発動の兆しが見えるのは、凄いことらしい。
グルダスの呟きのおかげで少しやる気の出たエルダは、魔法練習を、陽が落ちかけた時まで続けた。
そうして、空が赤みがかってきたその時だった。
空き缶が宙に浮いたのだ。
何度が微動することはあったが、宙に浮くことはなかった。
浮くと言っても数センチだが、それでもそれは、大きな一歩だった。
エルダは、木陰で爆睡しているグルダスの肩を両手で激しく振って起こし、この事を報告した。
グルダスは、眠気で理解したかは分からなかったが、それを聞いて、優しい笑みを浮かべた。
それは、ここまでエルダを育てたのは自分なのだという達成感と、やっと終わるかもという安堵の混じった笑みであった。
だがエルダは、そんな事、知ったこっちゃなかったのだ。
魔法の実践訓練開始から一ヶ月後。
エルダはもう、浮遊魔法を難なく使いこなしていた。
物体を自由自在に動かし、飛ばし、地面に叩きつけ。
体力も鍛えたエルダは、一日中魔法を使用し続けても全然疲れない程に成長しており、もう、戦闘力としては最強レベルなのでは無いかと、グルダスは踏んでいた。
訓練をする中でエルダは、浮遊魔法発動の感覚を磨き続けた。
浮遊魔法は、発動の感覚として、“物体そのものを浮かす”のではなく、“物体のある一点を移動させる”のが本質であった。
全ではなく点で動かすということは。例えばある紙があった時。その点を二つ紙の両端に設定して、それぞれに真逆の力を加えれば、その紙を容易に割く事が出来る。
他にも、物体を捻ったり、逆に内側に向かって力を加えて握りつぶす様にしたり。
魔力を多く消費すると、その点を無数に散らして、それぞれを無造作に動かせば、その物体を粉々にする事も出来た。
なので、「人間の骨のみを粉々にする」事も可能だったりもする。
それや、点を幾つも設定して面を作り、それ全体で下に向かって力を加えれば、まるでそこだけ重力が大きいかの様にする事もできる。
今度は、“気体”を動かす場合。
気体を動かすというのは、空気に含まれている酸素や二酸化炭素を抽出し移動させたりする事。
なのでそれを使えば、敵の口と鼻周りの酸素を奪って酸欠にさせる事も出来るし、逆に二酸化炭素を大量に体内に入れて呼吸を止める事も可能であったり。
火をつけるときに酸素を多くして火を燃えやすくしたり、また、窒素を大量に集めて火を消す事も出来る。
水素を集めて爆発させる事も、不可能ではなかった。
エルダも、気体を動かすことは出来るが、どういう感覚かと言われれば、よくわからない。
実態がないものなので、どういう風に説明すればいいのか、エルダは悩んだが、あまり良いのが出てこなかった。
そしてその浮遊魔法を自分にかけて、自分の体を浮かせて、スーパーヒーローの様に空を自由自在に飛ぶ事も出来る様になった。
飛ぶ方は普通に楽しいので、時には、グルダスも一緒に飛ばせて二人で空を駆けて遊んだりもしていた。
そんな浮遊魔法の習得が完了したという事は、グルダスの講義も終わりという事。
そしてそれは、エルダの旅立ちを意味していた。
グルダスとあって数ヶ月後くらいからエルダは、
「色んな国を回ってみたい。」
と言っていたので、グルダスとの別れは必然であった。
別れの日の前夜。
エルダとグルダスは、寝る間を惜しんで、和気藹々と他愛もない会話を続けていた。
これでもエルダとグルダスは、半年近くを共に過ごした仲なのである。
「なぁ、グルダス。」
エルダが、グルダスに問う。
「どうした?」
「グルダスって、昔は何してたの?」
「……昔……………………のぉ………………」
グルダスは、少し落ち込んだ表情を見せた後、窓の外で爛々と煌めく満月に目線を移しながら言った。
「わしが未だ四十歳くらいの時からかの。その時わしは、この国の王宮で、行政官として働いていたんじゃ。これでも一応、まぁまぁ立場としては上の方だったんじゃよ?」
「へぇ……………………」
こんなに凄い人物だったとは知らず、エルダが呆然としている。
「アステラ王とは仲が良くての。よく一緒に茶を飲んでは和気藹々と話していたのを思い出すわい。そしたらそこに、第二王子のマ…………」
「マ………………?」
突然グルダスが黙り込んだ。
「そ、その第二王子とも仲が良くての。兎に角。あの時はとても楽しかったのよ。」
「そうだったのか………………」
グルダスが何を言いかけたのかが気にかかるが、エルダは、そのことについて散策しなかった。
「そっか。そんなに凄い人だったんだな。グルダスって。」
「いやぁ、そこまで凄い職業ではない。頑張れば誰にでもなれる立場じゃって。」
グルダスは笑い声を上げているが、そんな国の重要人物に選ばれるグルダスは、途轍もない努力をしているのには相違ない。
そんな会話をしていると、気付けば寝ていて、燦々と輝く太陽の光が少し、窓から家の中に入っていた。
エルダは、眠気で重い体をのっそりと起こし、目を擦り、立ち上がった。
黙々と出立の支度を済ませて、グルダスと話をした。
「……それじゃぁ、行ってくる。」
「あぁ、楽しんでおいで。」
「そりゃぁ勿論!」
そう言ってエルダは、ドアノブに手をかけて、少し遅めに捻った。
「行ってきます!」
エルダは、少し大きな声でぐるダスに言った。
するとグルダスは、今までで一番優しい笑みを浮かべて、エルダを眺めた。
ガチャン
家の扉の閉めた音が、グルダスたった一人の静寂な部屋の中で何重にも響き、静かに消えていった。
その後グルダスは、王国門から少し離れた病院へと、足を運んだ。
そして、ある病床の傍らに立った。
「おはよう、グルダス。元気かぃ?」
病床の上に横たわる、身体中を包帯でぐるぐる巻きにされた男は、グルダスにそう言った。
「あぁ。元気じゃよ。」
グルダスは、少し冷徹な声で、男に言った。
「まさか、久しぶりの再会がこんな形になるとは思わなんだ。」
「そうだな。」
「そういや、お前も元気なのかい?」
「ははっ、これでも一応、この国の第二王子なんだけどなぁ………………まぁ、俺の事を『お前』なんて呼ぶ奴は、お前か、アステラお兄様くらいだ。」
「そうじゃなぁ……………………」
すると男は、面相を変えて、グルダスに聞いた。
「そういやグルダス。エルダに会ったんだろ? 会ってどうしたんだ?」
「ちゃんとお前の言う通り、一般常識と魔法を教えたよ。非常に覚えが良かったので、どれだけ助かったか。覚えが悪ければ途中で挫折してたわい。」
「そうか…………元気そうだったか?」
「あぁ。元気じゃったよ。流石お前の息子じゃ。したい事に向かっては真っ直ぐじゃったよ。」
「ははっ、そりゃ良かった。何にろ俺は、あいつが赤子の時の顔しか知らないからな。そうか…………元気にしてるか。」
「そりゃぁ、一日中浮遊魔法の練習をしたのに、息切れ一つせずにビンビンで帰ってくるもんじゃから。エルダの魔力量は相当じゃよ。多分、最盛期のお前でも、エルダに勝てるかは怪しいんじゃないかな?」
「そこまでに浮遊魔法は強いのか。」
「多分な。」
「こりゃぁ、俺の『複製魔法』も顔負けだな。」
そう言ってグルダスと男は、久しぶりに笑い合ったと言う。
アルゾナ王国の門を潜り、エルダは、メルデス大森林へと、足を踏み入れた。
グルダスとの思い出が脳裏を過り、懐かしむ。
そして、この世界を知る為、エルダは、未知なる大地に希望を寄せて、樹々の中へと進んで行った。
今持っている持ち物は、約二週間分の食料と簡易テント。そして簡易布団と、水と地図。
食料は、乾燥させた保存食が主であり、あまり美味しいとは言えないが、食べれるだけマシと言うもの。
それが尽きてしまった時は、現地調達も出来るだろう。
猪や狐、鹿を獲って食べたり、木の実を採って食べたり。
動物の捌き方や食べられる木の実の情報はグルダスに全て教わっていたので、こんな森の中であっても、自足する事が可能なのだ。
「旅に出たい」と言ったエルダの為にグルダスが教えたのだとすれば、グルダスには、感謝しかない。
エルダが旅に出たいと思ったきっかけは、グルダスから聞いた、様々な国の話を聞いた事である。
アルゾナ王国。
サルラス帝国。
カルロスト連邦国。
オームル王国。
メルデス大森林。
グルダスのしてくれたそれぞれの国の話はとても面白く、多種多様な文化や文明に触れる事が、とても楽しかった。
そしてエルダは、それらの国も風景を“自分の目で直接見たい”と思う様になっていった。
魔法発展国である、サルラス帝国。
領土が大陸一の奴隷大国、カルロスト連邦国。
謎に包まれた隔絶された国、オームル王国。
大陸一の発展国、アルゾナ王国。
それぞれの国が、エルダには輝いて見えて、至極唆られた。
先ずエルダは、サルラス帝国に目的地を定めた。
サルラス帝国は、魔法師が多く、軍事力の殆どが魔法師によるものであり、大陸唯一の創作魔法師であるザルモラがいる国。科学技術は未だ進歩していないものの、魔法技術に関しては、大陸一と言っても過言ではなかった。
浮遊魔法師であるエルダは、同じ極魔法使いのザルモラに話が聞きたくて、サルラス帝国に行く事を決めた。
もし会えなかったとしても、魔法発展都市というものを見てみたいので、何方にせよ、サルラス帝国に行くと言う意志は変わらない。
エルダは、自分以外の魔法師に会ったことが無いので、会えるのをとても心待ちにしていた。
サルラス帝国の入国門は、帝国とメルデス大森林の国境の最南にあり、アルゾナ王国から向かうとなると、必然的に、メルデス大森林の中を通ることになる。
国境に沿って南下し、サルラス帝国を目指す。
エルダは、地図と方位磁針を照らし合わせて場所を確認し、地図を鞄に直して、方位磁針を片手に、森林の中へと進んでいった。
人間の足でメルデス大森林を横断するとなると、出発から到着まで、約二週間はかかると言われている。
そりゃぁ、一日中歩き続ければもっと早く到着するのだが、睡眠時間や休息時間、その他諸々の停止時間を考慮すると、約二週間かかる。
メルデス大森林全域の横断距離と縦断距離はあまり変わらないので、エルダがサルラス帝国に到着するのも、単純計算、今から約二週間後という事になる。
道中特に問題がなければ持ってきた食料のみで足りるが、もし何か問題が起こると、保存食だけじゃ足りなくなる。
とても食料がギリギリの旅なのだ。
約五日後。
食料がギリギリとは言え、ちゃんと一日三食取り、到着まで時間がかかってしまうが、ちゃんと夜は寝ている。
良い睡眠環境とは言えないが、寝れないわけではないので、ちゃんと一日八時間か七時間程度は寝ている。
そしてそうして歩いていた、ある時だった。
樹々が生い茂る中。
頭上から太陽の照る昼。
エルダが道なき道を進んでいた時、彼に出会った。
木陰で体を休めていた彼の肌は緑色をしていて、体の形は人間だが、人間ではない様な雰囲気を感じた。
「あのぉ………………」
エルダがふと彼に声をかけると、彼は体をビクッとさせて素早くこちらへ振り返り、エルダと目を合わせた。
「あ……………………ぁ……………………」
彼はエルダを見た途端、体をガクガクと震えさせた。まるで、エルダに怯えているかの様に。
エルダは、予想外の反応に戸惑い、困惑した。
「え、えーっと………………」
そう言いながらエルダが彼に接近すると、彼は無言で、エルダから離れようと、走り出した。
「ちょっと待ってっ………………」
エルダは、突然逃げ出した彼を追いかけた。
こんな森の中で、たった一人、木陰に腰をかける彼。
その肌は、緑色であった。
ここでエルダは、グルダスの授業で、メルデス大森林の話をしている時、“ゴブリン”という名前が出ていた事を思い出した。
ゴブリン。容姿は人間の様だが、肌が緑色の、メルデス大森林にのみ生息する知的生物。サルラス帝国では、そのゴブリンの肌や肉、内臓などが高く売れる為、狩人などが、よく狩っている。
木陰にいた彼も、そのゴブリンの条件と合致していた。
エルダは、全力で彼を追いかけながら聞いた。
「ねぇ、君ってゴブリン?」
それを聞いた彼は、ゆっくりと足を止めた。
そして、少し瞳に涙を溜めて、エルダに向かって叫んだ。
「ゴブリンゴブリン! 会った黄色人は皆んな俺たちの事をそう呼ぶ! 俺達はただの人間なのに!! お前達はいっつもそうだ! 人間の俺達をゴブリンとか言って、いっぱい殺して、笑いながら去っていく!! お前も俺を殺すんだろ?! なぁ!!」
そう言って彼は、持っていた鞄を地面に投げつけて、両腕を伸ばし、左右に大きく広げた。
「人間……なのか………………?」
「あぁそうだ!! 肌の色が違うだけで、中身は人間だ!!」
エルダは黙り込んだ。
ゴブリンは人間。じゃぁグルダスやサルラス帝国の奴らは、人間である彼らをゴブリンと呼ぶのか。
抑も、何故人間なのに肌が緑色なのか。
少なくともエルダは、肌が緑色の人間を見たことがない。
「………………じゃぁ、君は人間なんだね。」
「あぁ、そうだ。」
「………………じゃぁ、ゴブリンって何?」
「俺にだってわかんねぇよ。外から来た黄色人が、俺達のことを勝手にそう呼んでんだから。」
「………………」
またエルダは黙ってしまう。
暫くその場に、沈黙が続いた。
その時。
「ぷっ! はははははっ!」
彼が突然笑い出した。
「お前、面白いな。そんな外の人間見た事ねぇ。」
「そんなに面白いか………………?」
「あぁ、とっても。」
彼は笑い続けた。
少し失礼なんじゃないかとエルダは思ったが、何故笑っているかの困惑の方が大きかった。
「今まで会ってきた奴らって、俺達を見つけたら手当たり次第殺してたからよ。こんなに話せる友好的な奴も居るんだなって。」
「信頼してくれた?」
「あぁ、勿論。」
そう言って二人は、固い握手を交わした。
「俺は、この先にある村出身の『オーザック・グレンシクト』。」
「俺は、カルロスト連邦国のスラム出身の『エルダ・フレーラ』。」
それを聞いたオーザックは、口を丸く開けながら驚いた後、ぎこちない笑みを浮かべた。
その反応が気に掛かったが、エルダは、特に気にしなかった。
「まっさか、お前みたいな黄色人が居るなんてな。」
オーザックが、頭の後ろに両手を組みながらエルダに言った。
「そんなにも、その黄色人は酷いのか?」
「あぁ、とっても。」
オーザックは、両手をストンと下ろして、少し真剣な表情でそう言った。
「………………そうか………………」
エルダも、オーザックのその様子を見て、少し憂鬱になった。
「黄色人にとって俺らって、ただの商売道具にしか違いねぇんだ。俺達の素材は高く売れる。特に内臓系は。」
「…………何故そう言えるんだ?」
「幼い時から、目の前で村の奴らが黄色人に殺されて、内臓を引っ張りだされて、もぬけの殻になった死体を投げ捨てられる様を、何度も何度も目の当たりにしてたからな。そんだけ内臓もがれれば、内臓が高く売れる事なんて、容易に想像つく。」
エルダは、黙り込んだ。
「まっ、エルダはそんな奴じゃ無いだろうから、俺は信頼しているが。」
そう言ってオーザックは、また再び、両手を頭の後ろで組んだ。
「それは光栄だな。」
エルダは、少し口角を上げながら、そう言った。
「そういや、あいつも、エルダに似ていたっけな。」
オーザックが、そっと呟いた。
だが、その小さな声は、エルダの耳に届かなかった。
「なぁ、エルダは、これから急ぎの用事でもある?」
「いや、急ぎって訳じゃないけど。一応。」
「じゃぁさ、一度俺の村に来てくれよ!」
オーザックが、満面の笑みで、エルダに言った。
「でも…………俺は黄色人だろ? その村の村民は、俺を良いように思わないと思うのだが…………」
「そ、それは………………」
オーザックが、笑みを消し、その事が盲点であった事に失意した。
「お、俺が村の連中を説得するからさ。これでも俺、村では信頼されているだろうからさ。」
オーザックが、あたふたしながら少し早口にそう言った。
何かを隠しているだろうと予想出来る仕草であったが、エルダは特に深堀しなかった。
隠すのであれば、それなりの理由がある訳だし、わざわざそれらを言わせるのもなんだか違うから、何も聞かないのが一番だと、エルダは考えたのだ。
「オーザックがそう言うなら………………」
エルダが渋々許可を出すと、
「やったぁーー!!!!」
と大声で叫び、再び、満面の笑みをうかべた。
だが、その時の笑みは、何か心残りの有りそうな、完全に喜びきっていない笑みだった。
オーザックの村は、現在地(アルゾナ王国国境南端付近)から、丁度西南西の方角に丸一日程歩いた場所にあるらしい。
その村の面積は、まぁまぁの広さであり、その技術力は村と呼ぶに相応しいものであった。
家屋は全て木造であり、当然、基礎がちゃんとした家ではなく、雨漏りは勿論、床の隙間から風が吹き続ける。
当然村では、魔法は普及していない。
そんな村である。
次の日から二人は、オーザックの村に向かって、歩いた。
丸々一日歩き続けるのは流石にしんどいので、ニ日間に分けて移動する。
予定としては、二日目の朝時に到着であった。
行きしな。エルダとオーザックは、和気藹々と喋り続けた。
オーザックはあまり自分から話をしなかったが、エルダは、スラムでの事やアルゾナ王国での事など、過去の話題が尽きなかった。
それらをオーザックは、終始満面の笑みで、刻々と頷きながら聞いた。
エルダもそれが楽しく、その会話は、この森の静寂を打ち消すように陽気であった。
次日の朝方。
昨日と同じ様に、オーザックと話しながら進んでいると、オーザックのものではない話し声が薄っすらと聞こえた。
「この声はなんだ?」
その声を聞いたエルダは、話を中断し、オーザックに聞いた。
「多分、村の奴らの声だよ。もうそろそろ到着かな?」
オーザックは、そう言いながら少し俯いた。
何か、村に行くのが乗り気でないような雰囲気であった。
村に行くのが嫌なのか。
抑オーザックは何故、村から位置に以上歩かないと行けないような場所にいたのか。
村からお出かけに行くにも、距離が遠すぎるし。
村に行きたくないのか。
エルダにはわかり兼ねたが、オーザックは、そんな事を悟られているとは知らず、エルダを村に呼んだことを少し後悔しながら、村へと歩き続けた。
樹々の隙間から、建物らしき物が見えた。
「あれが村か?」
エルダが、その建物を指差しながらオーザックに聞いた。
「あぁ、そうだな。」
オーザックが、歩く足をゆっくりと止めながら言った。
「どうした?」
足を止めたオーザックに困惑するエルダ。取り敢えずエルダも、オーザックの隣で足を止めた。
「あのー…………さ…………………………」
オーザックが、掠れた声でエルダに話しかけた。
「ん?」
「実はさ………………俺さ…………………………」
オーザックが、言葉に詰まりながら、何か言おうとしている。
エルダは困惑したが、この場の雰囲気的に何か言い出せる筈もなく。ただただ次のオーザックの一言を待った。
「俺さ………………村の奴に、信頼されてないんだよね。だからさ、エルダが村への入村許可の交渉も、出来ないかも知れないんだ………………」
エルダは呆れた。
前に俺は"信頼されてる"とか大口を叩いておいて、結局は全部嘘だったのだ。
あの時に何か隠していたのは、こういう事だったのだろう。
でも何故隠したのか。
エルダに村に来て欲しかった。
恐らくその目的である可能性が非常に高い。
だが、その為に嘘を吐くのは、幾ら怒りにくいエルダであっても、容認出来なかった。
「そうか…………そうか……………………」
エルダが、呆れながらも返事をする。
「すまない…………今まで隠していて………………嘘をついて…………………………」
オーザックは、エルダに対して必死に頭を下げる。
エルダは、そんな物には目もくれず、さっさと村から離れようとした。
「ちょっとまって…………………………」
今にも消えてしまいそうな声で、離れていくエルダを、オーザックは、追いかけていた。
とその時。
「誰だ?!」
村に中から突然、馬鹿デカイ声が聞こえた。
エルダたちが見つかったのだ。
「オーザックだ。」
村の者に対して、少しやる気にない声で質問に答えた。
取り敢えずエルダとオーザックは、村の入口前にて、待たされた。
そして十分後。
村の奥から、如何にも行政者であるような立ち振舞をする者がいた。
その者を見て、オーザックは言った。
「クレリア村長………………」
「クレリア村長…………」
オーザックが、村の入り口から出てきた老いている緑色人を見てそう言った。
入り口から出て来たのは、その老いた緑色人と、二十歳前後の若い緑色人が三人。
見た所その若者は、老いた緑色人を守るようにして、そこにいた。
オーザックが「クレリア村長」と言っていたので、老いた緑色人は、“クレリア”という名の、この村の村長だと推測出来る。
ならばその若者は、村長の護衛か何かだろう。
「オーザックか………………」
無表情で、クレリアがオーザックに呼びかける。
「村長。この黄色人に、村を案内したいのですが.......」
クレリアとちょくちょく視線を逸らしながら、オーザックは言った。
それを聞いたクレリア一行は、ふと前の方を向き、そこに黄色人が居たことに気付いた。
「うぅわぁぁぁぁぁ!!!」
若者の一人が、腰を抜かして倒れ、他の二人は、足を震えさせながら、懐に差してあった石で出来たナイフを取り、エルダに向かって構えた。
この反応に対しエルダは、想定内であったので、特に反応せず、オーザックの説得を待った。
「オーザック!! なんで此処に黄色人を連れて来てんだよ?! ばっかじゃねぇの!!」
ナイフを握りながら腕を震わせている若者が、オーザックに向かって言った。
「違うよ! こいつはこれまでの黄色人とは違う、緑色人を殺そうとしない人なんだよ!」
「そんな奴居るわけねぇだろ!」
若者が、汗をダラダラを流しながら叫ぶ。
クレリアはと言うと、オーザックに呼びかけただけで、それからずっと黙っている。
村長としてどうなのかが心配になるが、あまり気にしないようにした。
「オーザック! お前だって、黄色人に、母ちゃんを殺されたんだろ?」
「…………あぁ。」
「なら、黄色人の恐ろしさは十分理解している筈だが?!」
「でも、エルダは違う!! 俺たちを殺したりしない!」
「否! オーザック、お前が間違っている! 今までどれだけの人が、黄色人に殺されたことか! オーザックも知っているだろう!」
「…………そうだが…………」
「なら何故、元凶である黄色人に肩入れするんだよ?」
「エルダはヤツらとは違うからだよ!」
こんな会話が、かれこれ数分位繰り返されている。
クレリアも黙っただけだし、もう一人の若者は放心状態だし。
エルダはそのオーザックと若者の会話を聞くしか出来なかった。
これでもし悪化したら、それこそ面倒な事になる。
「そうだオーザック。お前、数年前にルリア様を殺しただろ。」
「俺は殺してねぇ! 殺したのは黄色人だって 昔から言ってるだろ!」
「さぁ、どうだったかな。」
若者が、オーザックの主張をはぐらかす。
「お前があの時、一緒に連れて行かなければ。お前がさっさと自分の力不足を知って帰って来ていれば。」
若者が、オーザックの事を笑い物にした。
「違う!」
オーザックが若者の言葉に、感情的になりながら反論した。
「いいや、何も違わない。」
「違う!!」
「違わない!」
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!!」
オーザックが癇癪を起こしていたその時だった。
「やめろ!!!!」
若者の醜態を見て、クレリアが怒鳴った。
それに対して若者は、ペコペコとしながら、後退した。
「オーザック。お前の事を信頼していない訳では無いが、黄色人を連れてくるのは、幾らオーザックであっても、容認出来ない。」
冷徹な声で、クレリアは言った。
「な、何で…………?」
「“何で?”それはオーザック、君が一番分かっているだろう。」
「でも、エルダは違うって何度も…………」
オーザックは、必死に説得しようとするが、オーザックのエルダへの信頼は、村民に届かなかった。
数分後。
オーザックがずっと奮闘しているが、その意見は一切聞き入れて貰えず、今や、オーザックの願いは消えようとしていた。
“何故そこまでして村を案内したいのか。”
エルダは悩んだが、答えが出なかった。
何故そこまでした、自分に執着するのか。
自分達が恨んでいる黄色人であるエルダを、何故村に入れたいのか。
村民に反発を喰らうのは目に見えているのに、何故そこまでして。
エルダがそう悩んでいた、その時だった。
「出て行け!!」
ずっと黙っていた若者が突然そう叫び、持っていた石のナイフを、エルダに向かって投げて来た。
当然エルダはそれに反応し、浮遊魔法を用いて、ナイフの動きを止め、地面に突き刺した。
「こ、此奴。魔法持ちか。」
若者の顔が青褪め、地面にへたった。
眼前を突然通り過ぎたナイフを見て、オーザックは腰を抜かし、それと同時に、エルダが魔法師であったことを悟った。
「オーザック、悪いけど俺、帰るわ。」
エルダは突然そう言い放ち、村に背を向け、トボトボと歩いて行った。
「エルダ、何で…………もうちょっと待って…………」
オーザックが、失意した顔をしながら、エルダに聞いた。
「如何やら此処の村の連中は、俺の死を願って止まないようだが、生憎、俺はまだまだこの世界を旅してみたいもので。」
そう言い、エルダはオーザックの前から姿を消した。
オーザックは、エルダを追いかけようとしたが、若者に取り押さえられ、その願いは叶わなかった。