その次の日から毎日、リカルはリーゲルの自室へと赴き、魔法というものについて、様々なものをレクチャーして貰った。
 優秀な炎魔法師であるだけでも無く、魔法論理学にも精通しているリーゲルの授業はどれも分かりやすく、ユーモアもあり、とても楽しい毎日であった。

 時々、アステラもリカルの様子を見に、授業を見学する事があった。
 その時は、リーゲルがアステラを呼び、授業の説明に使う事も度々あった。

「魔法っていうのは、要は創造(イメージ)なんだ。炎魔法の場合、何処に、どのくらいの大きさの、どのくらいの温度の、どの様な形の炎をどれだけの間発生させ、どのように移動させるのか。それらを脳内でイメージした時、初めて魔法発動の用意が完成する。
 なぁに。何も難しいことはないさ。例えば、アステラが此処にいたとする。」

 そう言いながたリーゲルは、アステラの腕を引っ張って、自身の隣に立たせた。

「そして、このアステラの髪の毛を燃やしたとする。そうした時、さっき言った発動条件をおさらいしてみよう。
 先ず大きさは、それ程大きく無くても良いので、コップひとつ分程度。そして温度は少し低め。燃やすのは一瞬だけ。移動はさせない。形は………………球状にしよう。
 そうしたイメージで、準備は完成する。
 そして次に、炎を発生させる場所を確認する。位置がずれれば意味が無いからな。
 そして………………こうだ!!」

 そう言ってリーゲルは、指パッチンを一回、綺麗な音で部屋に響かせた。
 その瞬間、アステラの頭が一瞬燃え、直ぐに消えた。

「あっちっ!!」

 そう言いながらアステラは、自分の髪の毛を自分の手ではらい、熱を逃そうとした。
 よく見ると、アステラの頭頂部が少し焦げている。

「凄い……………………」

 リカルは、アステラの心配を一切せずに、その炎魔法に、思いを馳せていた。
「いつか自分も、炎を操れるようになる。」
 より一層、リカルは自分の可能性に期待した。




 一ヶ月後。
 リカルも、意図して魔法を発動出来るようになった頃、アステラが一週間、王宮を空けた。
 リカルには、「少し出かけてくる」とだけ伝えていて、帰るのを待って、もう今日で一週間が経った。
 
 よく考えると、王宮に来た時から疑問に思っている事があった。
 お昼時になれば必ず、アステラは王宮から居なくなるのだ。
 何処かに行っているのだろうが、その見当すらつかない。
 そして帰ってくる度、少し寂しそうな顔をしていた。
 何処に行っていたのか。何をしているのか。城の者は誰も知らされていない。
 そんなある日の事。

 アステラが帰ってきた。

「やっとか………………」

 少し呆れながらも、ちゃんと出迎えようと、アステラ自室のフロアの入り口まで走った。
 その時だった。

「失礼しまーす………………」

 アステラの居る方向から、聞き覚えのない女性の声が聞こえた。
 気になったリカルは、更に速度を上げて走った。
 そして、そのフロアの下階段の前へ着いた時。

「あぁ、リカル。ただいま。」
「お、おかえり。えーっと、その方は?」

 そう言いながら、リカルは、アステラの隣にいたその女性を見た。

「あぁ、リカルは知らないんだっけ。この人はね…………私の婚約者だよ。」
「………………っ?」

 リカルは驚いて声も出ていなかった。

「はじめまして。アステラ王と婚約しました、シュリ・キルリルと申します。貴女が……リカルちゃん?」

 そう言って首を傾げるシュリ。
 いきなりの“ちゃん”呼びに少し困惑するが、悪い人では無さそうだ。
 第一、人を見る目だけは無駄にあるアステラが選んだ人だ。
 そうそう変な人では無いだろう。

「は、はい。リカル・アルファと申します。」

 そう言いながらリカルは、ぎこちなく一礼した。

「あーー…………可愛い。」

 未だに幼かったリカルを見て、シュリは呟いた。

「はい?」

 何を言ったのかがよく聞こえず、リカルは聞き直した。
 それを聞いた途端、シュリはリカルに飛び付き、抱きついた。

「可愛いわねーー!!! よしよしよしよし!!」

 そう言いながらシュリは、リカルの頭を、髪がグチャグチャになってもお構い無しに撫で続けた。
 最初は軽く抵抗するリカルだったが、案外悪く無く、抵抗する力も弱くなっていった。
 シュリの懐の中は、居心地が良かった。
 そんな時。

「シュリ…………そろそろやめてやれ。」

 呆れた声で、アステラが話しかけた。

「あっ! ごめんなさい! 私ったらつい…………可愛い子供が大好きでねー!! 見かけたら飛びかかっちゃうのよ。次からは気を付けるから! ね! ね!」

 そう言いながらシュリは、リカルから離れた。



 アステラがシュリを自室に案内した後、アステラはリカルの元へ行き、話をした。

「すまないな、突然、婚約だなんて。実は、結構前から彼女とは付き合っていてね。父上(リーゲル)に話したら、快く結婚を許してくれたんだ。」
「はぁ、そうだったのですか。」

 少し低めのトーンでリカルが返した。

「…………で、式はいつなんですか?」
「一週間後。日数で言うと十一日後だな。勿論、リカルも来てくれるよな?」
「まぁ、恩人の晴れ姿は見に行きますけど………………」
「よし! 決まりだな!」

 そう言ってアステラは、満面の笑みをリカルに向けた。
 そんな幸せそうなアステラを見て、リカルは、自分の心を温めた。