「作戦の説明をする!!」

 アステラが、王国全兵の前でそう叫んだ。

「先ず、新兵やあまり腕の立たない者で小隊を作り、サルラス帝国との国境へ向かえ! そこで、帝国兵の()()()をしろ。犠牲者は両軍共に最小限に抑えるように。絶対だ。
 そしてその他の兵は、ギルシュグリッツ内で待機。敵が現れ次第、迎撃へ向かえ! そしてギルシュグリッツ内で現れる敵の中には、かのザルモラ魔法師団長も居るそうだ。十分警戒するように!」
「「……はっ………………」」

 あまり時間の無い中、アステラは作戦概要のみを端的に伝えて、その場を去った。
 王国兵にとって疑問点が幾つかあるその作戦に、あまり乗り気で無い兵。
 だが王国を守る為の兵なので、作戦は(おろそ)かにしない。
 それが王国兵としての務めだと信じて。


 その後アステラは、リカルを呼び、ある頼みをした。

「リカル。お前は王宮付近に残れ。もしザルモラが現れた時、その対処が可能なのは、影無(カゲナシ)かリカルくらいだからな。頼んだ。」
「承知いたしました。王よ。」

 そう言ってリカルは、王宮前の開けた場所で待機した。

「ルーダ。住民の避難はどうなのだ?」

 アステラの近くにルーダが居たので、聞いておいた。

「はっ、あらかた済んでおります。アルゾナ王国南端部からギルシュグリッツ最北部までの全住民を、アルゾナ王国最北部の避難所に移動させております。なので、今回の二度目の帝国侵攻で、住民への被害を考慮する必要はないか、と。」
「分かった、ありがとう。」
「勿体ないお言葉、感謝いたします。」

 そう言ってルーダは、定位置へと移動した。
 アステラは、防衛策を思いつき、リカルの元へと再び移動した。
 リカルは、背筋をピンと伸ばし、周りを見渡しながら、警戒していた。

「ルーダ曰く、住民避難は、ギルシュグリッツまでらしい。なので一応、炎獄牢(グラーミル)をギルシュグリッツから北部への境界に、避難所への防護壁となるように設置してくれ。」
「はっ、承知いたしました。」

 そう静かに言い、真北に向かって右手を差し出して、小さな声で呟いた。

「…………炎獄牢(グラーミル)。」

 その瞬間、ギルシュグリッツ北部境界線でアルゾナ王国を分担するように、高さ二十メートル程ある炎の壁が現れた。
 マグダのあの高さ五十メートル程の壁はアルゾナ王国屈指の炎魔法師でもあるリカルであったも困難だが、高さ二十メートルの壁も、一般的な基準を当てはめると十分すごい。
 天才を見ると優等生が霞んで見える。
 人間の悪い習慣だ。

「ありがとう、リカル。」
「いえいえ、アステラ王の為。」

 そう言ってリカルは、震える右手を必死に左手で押さえながら、定位置に戻った。

 これを見て、自分と同じことを悟っている仲間が沢山いるという事を理解し、アステラは、益々、恐怖に襲われた。
 その後アステラは、一番安全であろう王宮の中へと戻ろうとした。
 その瞬間。


「危ない!!!!!!!」

 そうリカルの叫び声がアステラの背後から聞こえた瞬間、アステラは、リカルの張りのある手で背中を突っぱねられた。

 ドォォォォォォォォォン!!!!!!!!!

 その後王宮の入り口の方から轟音が響いた。

「あ゙ぁぁぁぁ!!!!!!」

 それと同時に、アステラの背後から、リカルのうめき声が聞こえた。
 咄嗟に後ろを振り向くと、そこには、左半身が焼かれて、皮膚が(ただ)れているリカルが地面でのたうち回っていた。

「リカル! リカル!!」

 アステラ王は、リカルにそう呼びかけた後、自分ではどうする事も出来ないので、大声で救護班の一人を呼んだ。

「リカルを頼んだ!」

 少し早口に救護員に言った後、その救護員二人は、リカルを担架に乗せ、救護所へと連れて行った。


 救護員が見えなくなった後、アステラは、轟音の聞こえた方を確認した。
 その景色を見て、アステラは呆然とした。
 王宮が、見る影も無いただの瓦礫の山と化していたのだ。
 何故。
 何があったのか。
 何故王である自分が、何があったかを知っていないのか。
 こんな時でも、自分を蔑み続ける自分に、アステラは嫌気がさしてきた。

「アステラ王!」

 地面にへたばっているアステラ王の元へ、ルーダが駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか?」
「あぁ、私は大丈夫だ。何があったか? よく確認出来なくて。」
「巨大な炎弾(バルモ)が、サルラス帝国とアルゾナ王国の国境付近から飛んできたんですよ。もしやあの方角は………………」
「サルラス帝国軍第一陣の方からか…………私の読みが外れていたのか…………」

 そう呟きながら、アステラは意気消沈した。

「……何か……あったのですか?」
「いや、なんだ。私がちゃんと第一陣を警戒していれば、リカルもあんな事にはならなかったのか、と。」
「リカルに何かあったのですか?!」
「恐らく、炎弾(バルモ)に当たりそうになっていた私を庇ってくれたのだろう。そのせいで、リカルの左半身の皮膚は焼け、爛れた。私がもっと警戒していれば……こんな事には…………」
「………………そうですか。」

 それを聞いたルーダも、少し俯いた。

「……ですが、今はこんなに落ち込んでいる場合では御座いません! 未だ交戦中です! さぁ立って。アルゾナ王国を精一杯守りましょうよ!」

 少し震える右手を掲げながら、ルーダはアステラの背中を押した。

「あぁ、そうだな。」

 アステラは、そう言った。


 こうして、サルラス帝国王都侵攻は再び、サルラス帝国の先制によって、開始された。