「合成魔法、氷浮刃!!!」
エルダがそう叫んだ瞬間、その氷剣が、サルラス帝国全兵に降り注いだ。
剣は浮遊魔法で加速され、地面に到達した時に発せられる低範囲の衝撃波でさえ、近くにいた者に重傷を負わせた。
エルレリアは外壁に覆われている為、その衝撃波の影響を受けない。
サルラス帝国兵全滅には、うってつけの魔法であった。
氷浮刃と言う魔法は、浮拷と言う魔法と、氷刃と言う二つの魔法を同時に行使することで成立する、『合成魔法』と言われる魔法の一種だ。
先ず浮拷と言うのは、浮遊魔法を使った攻撃魔法を指す。
浮遊魔法で物を浮かせて殴ったり、相手を引き裂いたり、逆に潰したり。
そう言った、”浮遊魔法をきっかけとした結果的に攻撃になりうる魔法形態”を、浮拷と呼ぶ。
そして氷刃と言う魔法。
この効果は至って分かり易い。
これは、氷でできた刃物を利用した攻撃全般を指す。
氷魔法は、水魔法の派生であり、その具体的な効力としては、氷を生み出し、自由自在に形を変えれると言ったもの。
自由自在に形を操れるのは、術者が生み出した氷のみで、冬に生まれた氷などは動かせない。
そして氷刃は、そう言った氷の生成過程で、その形を刃のついた物にして、それを生成し、それを持って攻撃する魔法形態。
氷刃と認識されるのは、氷剣は勿論、板を作ってそこに針を大量に作った物や、尖った小さな氷山の様な物を地面から出したりするものなど。
兎に角、刺突が可能な刃の要素の有る氷で出来た物を生成し、攻撃する事を、一概に“氷刃”と呼ぶのだ。
そしてそれら二つの魔法を組み合わせたものが、合成魔法“氷浮刃”。
この魔法の効力は簡単で、氷刃で生成した氷剣を、浮遊魔法を使用して浮かせ、雨の様に降らせる。
その浮遊魔法も、結果的に攻撃と言った用途に使用しているので、浮拷となる。
それが、氷刃と浮拷の合成魔法、氷浮刃。
氷浮刃を前に、帝国兵は跡形もなく散った。
悲鳴も一切聞こえなかった。
魔法発動から全滅まで、まるで瞬きをするかの様な短い時間で終結したのだ。
悲鳴など、出す余裕も、そんな間もない。
まさに、帝国兵を“一掃”したのだ。
「も、もう終わったのか…………?」
沢山の氷剣がエルレリア付近に降り注いだかと思えば、外からの音が一切聞こえなくなった。
クレリアは、それが本当に帝国兵の一掃を意味していたのか、エルダに聞きに来たのだ。
「あぁ、クレリア。終わったよ。」
エルレリアは守れた筈なのに、エルダの気分は清清しなかった。
今までエルダは、どれだけの人間を殺してきたか。
カルロスト連邦国のスラムで一人。
エルレリア開村前の焼かれた村で一人。
そして今回だけで、二百人以上は居ただろう。
もうエルダの手は血みどろに濡れているのか。
正真正銘の人殺しなんだと、エルダは意気消沈した。
さっき殺した人にも、家族がいて、幸せに暮らしていたのではないだろうか。
今回の作戦も、あまり乗り気で無かった兵も居たのではないか。
抑も、緑色人人よく思っていた人も居たのではないか。
嗚呼、そうであれば、とても悪い事をした。
家族の居た兵であれば、きっとその家族は、嘆き悲しむだろう。
下手すれば、エルダを恨むかもしれない。
今回の作戦をよく思っていた兵は、黄泉でエルダを恨むだろうか。
これが人殺しの末路なのだろうか。
そんな事をエルダは、静かに自問自答してしまった。
「エルダ!!」
そんな事を考えていると突然、マグダがエルダの名を叫んだ。
「どうしたんだ? 父さん」
「アルゾナ王国の方角に、灰色の風塵が見えた。」
「まさか…………っ……………………」
――――――――――――――――
マグダとエルダのエルレリアへの出発直後。
この、マグダとエルダの居ない間に、サルラス帝国は、アルゾナ王国に向けて二度目の進軍を開始した。
この機会は、サルラス帝国にとって好都合であった。
ザルモラの盗聴魔石で、エルレリアという名の村に、平民魔力保持者の村長がいると情報が洩れた。
この事実に気づいたアルゾナ王国は、少なくとも一人をエルレリアへ向かわせるだろう。
少なくとも、エルレリアを大事に思っているエルダ・フレーラは、真っ先にエルレリアへ向かうだろう。
それだけでも、サルラス帝国にとったら有利だった。
浮遊魔法は、進軍の上で一番の障害となる。
それがその場から居なくなるのだから、当然サルラス帝国の勝機は上がる。
そこに、もう一つ厄介な、複製魔法持ちのマグダ・フレーラもエルダと共にエルレリアへと向かった。
益々勝機が上がる。
アステラは、久しぶりにここまでの危機感を感じた。
下手すれば、一国消滅の危機。
アステラは暫く憂いた後、立ち上がり、リカルとルーダに命じた。
「今すぐにサルラスとの交戦準備を。私はなけなしの作戦でも考えてみる。」
「承知しました。」
そう言ってリカルとルーダは、此処を去った。
ここから、二度目のサルラス帝国軍侵攻が始まった。