「くそっ、サルラスめ。宣戦したときに言った日よりも前に進軍してきやがった。」
アステラが一人、頭を抱えた。
あのサルラス帝国でも、流石に開戦日時は守るだろうと信用していたが、そんな訳が無かった。
前に攻め入られそうになったときも、日時を守らなかった。
それに、未だにアルゾナ王国南部の住民避難が済んでいない。
避難所の準備や物資の準備も完璧なのに。
取り敢えずアステラは、国境付近に防衛線を張るべく、中央広間に兵を集めさせ、今思いついた策を話した。
「王国兵よ! 時間が無いので前置きは無しにする。今から、サルラス帝国との交戦準備に入る。
先ず通信班! 東門と南門付近にいる兵に、国境付近の防衛と近隣住民の避難誘導を促すようにモールス通信!
騎馬兵は、今すぐメルデス大森林へと王国を脱出し、迂回してからサルラス帝国軍の対処せよ! 指揮はルーダに任せる!
国民兵及び救護師団は、至急南部都市に行き、避難勧告と簡易型救護施設の設置を! ガラブの指示を聞いて動くように! リカルとペルトは、避難民の対処を! 皆の物! 今すぐ任務にかかるように!!」
そのアステラの指示を聞いた一同は、迅速な対応を進めていった。
騎馬兵は馬に跨り大森林の中を疾駆し、救護班は、何台もの車を走らせた。
到着までに数時間はかかってしまうが、これが今の最善策だった。
「国境防衛班…………出来るだけ持ち堪えてくれ…………」
アステラは、少ない犠牲で済む事を願いながら、戦況を眺めた。
「………………っ…………!!」
身がもげそうになるような速度で空を駆けるエルダ。
開戦予定時刻よりも数日早くに開戦したことは分かっている。
そして、住民の避難も未だ終わっていないだろうとエルダは考え、急いで国境に向かった。
ドカァァァァァン!!!
国境付近で、黒煙が上がった。
よく見ると、その狼煙の下で、木々が燃えていた。
そう。サルラス帝国兵が、炎魔法を使ったのである。
「マズい……!」
エルダは、少し速度を上げて前線へと向かった。
その時。
ドォォォォォォォォォンンンン!!!!!
国境付近で、再び轟音が響いた。
だがその轟音は、さっきのものの比では無かった。
よく見ると、その轟音が響いたのは、サルラス帝国の領地内であった。
「…………なんじゃこりゃぁ…………」
エルダは、その光景に呆然とした。
そこには、高さが五十メートルほどある炎の壁が、まるでアルゾナ王国とサルラス帝国の国境を阻むように出来ていたのだ。
炎の紅い光が、さっきまで月光に包まれていた街を、真っ赤に染めた。
そして、大量の熱波が、エルダを襲った。
火傷するほどでは無かったが、それは突風のようであった。
エルダは、何が起こっているのかが全くわからず、ただ周囲をキョロキョロと見渡してみた。
すると、王宮上空に、一人の人影が見えた。
「…………誰だ?」
浮いているように見えたが、よく見るとその男の足元で、水のようなものが、男の足の裏へ向かって噴射されているようであった。
その男は、燃え盛る炎の壁の方を向きながら、右手を炎の方に向けていた。
よく見るとその男は、左腕が無かった。
その服の袖を見ると、誰かに切断されたような跡がついていた。
恐らく男は炎魔法師。
だがそれなら、足元の水は誰が?
協力者がいるのか。
それともその男が一人で魔法の同時発動を行なっているのか。
誰だ。
わからないことが多すぎる。
そんな時。
「エルダ様でしょうか?」
下の方から、落ち着いた女性の声が聞こえた。
「はい、そうですが………………」
エルダが、その女性の元へ下降した。
「エルダ様、王宮までご同行して頂けますでしょうか。アステラ王のご命令で、エルダ様を王宮へ連れてくるように、と。」
その女性は、そう言いながら健かに一礼した。
すらっとした、しっかりした真面目な雰囲気を醸し出す女性だ。
「……えーっと、貴女は?」
「あっ、申し遅れました。私、アステラ王第一秘書、リカル・アルファと申します、」
「(まさか、そんなお偉いさんだったとは………………)」
そんな事を他所に、エルダは、ある心配をしていた。
自分が、この国の王様に呼ばれているのだ。
何か悪い事をしたのでは無いか。
何か王にとって粗相をしてしまったのでは無いか。
エルダは、そう考えてならなかった。
だが、ここで同行を断って仕舞えば、それこそ問題になる。
ので、答えは一択だ。
そしてエルダは、リカルと共に王宮へと向かった。
道中。
「あの…………私、何か悪いことしましたっけ…………?」
心配のしすぎでエルダは、リカルについ質問してしまった。
「……申し訳ありません。アステラ王のその命令の真意は、私には解りかねます。」
「そ、そうですか………………」
エルダは益々心配になった。
王宮に着くまでの間、エルダは必死に、今まで何か悪い事をしていなかったか、過去を振り返っていた。
そしてそんな慌てふためくエルダを他所に、リカルは、綺麗な背筋で王宮まで直線距離で歩いていた。
「もうちょっと迂回してもいいんじゃ無いかなぁ…………」
エルダは、意気消沈した。
頬に冷や汗がつーっと流れる中、エルダは、王宮の目の前にいた。
「入りましょうか。」
冷徹な声でリカルが言い、エルダを先導した。
王城の門の前に来着くと、完全武装の門兵が二人立っていた。
「リカル様、その男は?」
門兵の一人が、リカルに聞いた。
「あぁ、王が言っていた、エルダ・フレーラ様です。」
「し、失礼しました! どうぞお通り下さい!」
エルダの名前を聞いた瞬間、門兵は慌てふためき、直様道を開けた。
その対応にエルダは困惑したが、先々進むリカルに置いていかれないよう、追いかけた。
さっきまで戦争騒ぎだったので王城の中には人が一切居らず、その静寂の中で、エルダとリカルの足音が、廊下中に響いていた。
落ち着かない。
壁は真っ白で、床には赤いカーペット。
天井は、落ちたら最悪骨折するくらいの高さで、廊下の広さは、車が二台横並びで並走しても余裕ある程の広さだった。
こんな広い廊下を、たった二人が、何も喋らずに歩いていた。
暫く進むと、他の扉よりも少し豪華な扉があった。
その扉から少し離れてエルダは待った。
リカルがノックをした。
「アステラ王。リカルです。エルダ様を連れて参りました。」
リカルがそう言うと、部屋の中から、
「あぁ、入ってくれ。」
と、少し若い声が聞こえてきた。
それを聞いたリカルは、両扉の左側を開けて、エルダの入室を待った。
それをエルダが察したのは、リカルが扉を開けてから数秒後。
少しリカルに申し訳なさを感じる中、リカルに会釈し、中へ入った。
その部屋は、広すぎず、狭すぎず、グルダスの家の居間を少し大きくしたくらいの大きさだ。
そこに、少し低めの長机とその両端には、高そうなソファ。
そしてその奥には高そうな机が置いてあり、その椅子に誰かが座っていた。
そしてその隣には、左腕の無い男が立っていた。
「(左腕がない男…………まさか?!)」
エルダがそう思った瞬間、その男がエルダの方に歩み寄り、エルダを抱擁した。
「エルダ…………よく生きていた…………!!」
男はそう言いながら、涙を流した。
誰なのかが一切分からず、エルダは困惑した。
「おい、困惑してるだろう、離してやれ。」
椅子に座っていた男が、そう言った。
「あぁ、そうだな。すまん、兄上。」
そう言って、エルダから手を離した。
「紹介が遅れてすまない。」
椅子に座っていた男がそう言いながら、椅子を立った。
「私はこの国、アルゾナ王国国王、アステラ・アルゾナだ。そしてさっき君を抱き締めていたこいつが、マグダ・フレーラ。」
「……マグダ・フレーラ…………?」
その名前を聞いて、エルダは困惑した。
「そう、マグダ・フレーラ。君、エルダ・フレーラの父親だよ。」
アステラのその言葉に、エルダは困惑した。
父親、マグダは、エルダが幼い頃に起こしたあの惨事で死んだと伝えられていた。
だが今、アステラの隣で、左腕を失った彼が、涙を流して立っていた。
「そして、マグダの兄が、私だ。要するに私は、エルダの叔父と言うことになるね。」
アステラが言った。
エルダは混乱していた。
王城に呼ばれて、父親が生きていて、国王が叔父。
理解はできても、納得が出来ない。
わからない。
「まぁ、突然そう言われても困るだろう。まぁ、ゆっくり理解していけば良いさ。」
アステラは、そう言いながら椅子の腰をかけた。
「聞きたいことが有れば、何でも聞いてくれて構わない。そうしないと、わからないことがだらけだろうが。」
そう言ってアステラ王は、エルダに向かって優しい笑みを浮かべた。
幼い頃。エルダの暴走によって、父親は死んだと伝えられた。
だが、生きていた。
「死んだって聞いていました…………が…………」
困惑するエルダが、何とか気持ちを落ち着かせて、アステラに聞いた。
「まぁ、詳しいことは明日。お茶会でも開いて話そうではないか。エルダ、今日はゆっくり休め。リカル! 客室の中でも最上の部屋をエルダに貸してやれ!」
「はい、承知しました。」
そう言ってリカルは、客室へと案内しようとした。
そしてそのまま、エルダの意見も無しに、客室へと連れていかれた。
「まさかマグダ。生きていたなんて…………」
アステラが、少し涙ぐみながら、マグダに言った。
「あぁ、報告する機会が無くてな。すまんな、兄上。」
「いやまぁ、良いんだ。生きてくれてさえいれば。」
二人とも感慨深くなり、自然と笑みが溢れた。
「……でも、一体誰がマグダを独房にぶち込んだんだ?」
アステラが聞いた。
「…………それに関しては、また明日話す。」
「…………そうか。わかった。」
そう言って二人は、暫くその部屋で、静寂を纏った。
次ぐ日。
アステラ、マグダ、エルダの三人は、壁の分厚い秘密の部屋に集まった。
そこには、秘書であるリカルすら立ち入りを許されない。
秘密裏に動く為の会合などを行う部屋だ。
部屋の存在も、一部の者しか知らない。
「……じゃぁ、始めようか。」
アステラが告げた。
今回の会合の目的は、状況整理にあった。
「先ず、互いの情報整理からしよう。エルダだって、行き成りの事が多すぎて、整理しきっていないだろうから。」
アステラが、エルダもついていけるようにと、そんな提案をした。
「はい、こちらこそ、是非お願いします。」
エルダがお願いした。
「先ず、私、アステラは、マグダの兄で、エルダの叔父。つまり、エルダも王とは血が繋がっているんだよ。」
「ですが、マグダとアステラ王は、苗字が違っていた気が………………」
それを聞くと、マグダが。
「私も元々は、マグダ・アルゾナで、兄上と苗字が同じだよ。ラーナと結婚したから、アルゾナからフレーラに、苗字が変わったんだ。普通結婚と言ったら夫の方の苗字にするのが一般的だろうが、平民だったラーナと過ごす上で、自分が王族である事は隠したかったから、苗字をフレーラにしたんだよ。」
実際カルロスト連邦国のスラムでは、マグダが王族である事が知られていなかったし、そう言った点では、フレーラという苗字は都合が良かったのだろう。
カルロスト連邦国は、サルラス帝国と国交を結んでいて、アルゾナ王国とはあまり仲が良くない。
ので、敵国であるカルロスト連邦国の中で、自分がアルゾナ王国第二王子である事がバレれば、それこそラーナの身にも危険が及ぶ。
そう言ったことを考慮すると、マグダの行動は賢明であったと考えられる。
「でも何故、カルロスト連邦国のラーナとアルゾナ王国のマグダが結婚できたんだ? 抑も、会うことすら難しいと思うのだが…………」
エルダが聞いた。
「まぁ、一言で言うと、『一目惚れ』ってやつだよ。」
「……で、会ってその日に言ったの?」
「……男にはな、引けねぇ場面ってのがあるんだよ。」
「会った時がその時だ……と?」
「あぁ、そうだ。」
いつの間にかタメ語でマグダと話していたエルダだったが、そっちの方がマグダが嬉しそうなので、そのままでいく。
「マグダ。その話はまた、エルダと二人っきりの時にでもしてくれ。」
「あぁ、すまんすまん。」
あまり謝る気もなさそうな軽い謝罪の後、アステラは、本題に入った。
「…………マグダ。地下牢で監禁されていた時の事を、詳しく教えてくれ。」
アステラが、真面目な声質で、マグダに聞いた。
「…………監禁? 地下牢? どういう事です?」
突然会話がわからなくなったエルダは、反射的に話に割って入ってしまった。
「あぁ、エルダは聞いていなかったな。まぁ、順を追って説明していくから、聞いとけ。」
そこから、マグダの話が始まった。
――――――――――――――――
エルダ乳児期のあの惨事の後。
マグダは重傷を負ったので、故郷であるアルゾナ王国へと向かった。
生死を彷徨う中。
目覚めると、左腕が無くなっていた。
医者曰く、切断しないと、腐って最悪死に至る程の重症であったからだそう。
本人の助諾も無しに勝手に手術を行った事を、医者は謝罪した。
細かな説明を受け、何とか状況を理解した。
マグダは、意気消沈した。
足の損傷も激しい為、ここ十数年は寝たきりになるらしい。
確かに、動かそうにもあまり動かない。
マグダは、生きる気力を失った気がした。
マグダが寝たきりになっている間、去年定年で退職したマグダの行政補佐、グルダスが、度々様子を見にきてくれたので、あまり退屈はしなかった。
グルダスの事は信頼していたし、とてもいいやつだと、マグダは確信していた。
なのでマグダは、エルダの教育をグルダスに頼んだ。
「お前ならできるだろう」と、信じて。
そしてある日。
「エルダ様は今日、アルゾナ王国を発ちました。」
グルダスの報告を聞いて、マグダは安堵した。
エルダは、グルダスの教育過程を修了して、教養を身につけた上で、自分の意思で旅立ったのだ。
父親として、これ以上の幸せは無かった。
「ありがとう…………」
そうマグダが呟いたその時だった。
ザザザザザザッ
突然、マグダの病床の周りを、サルラス帝国兵のシンボルマークを胸につけた兵隊が囲んだ。
全員、剣を持って、刃をマグダに向けている。
「…………グルダス。何のマネだ?」
そう問うと。
「マグダ様、今から貴方を監禁します。大人しくしていただけると、此方としても助かる。」
そうグルダスが言った。
その瞬間、グルダスの顔がどんどんと若くなっていき、曲がっていた腰も伸び、別人の様になった。
その姿を見て、マグダは言った。
「……ダールグリフ・ベルディウス…………」
「おや、私の事、知っていてくれましたか。前に会った時よりもだいぶと容姿が成長したもので、わかってくれないんじゃ無いかと心配していたのですが、余計でしたか。」
そう言った後、兵は、マグダを取り押さえ、ギルシュグリッツ王宮の地下牢の最深部で、マグダを幽閉した。
――――――――――――――
「……まさか………………!」
「あぁ、そうだ。グルダス・ベルディアは、サルラス帝国の人間。しかも正体は、あのザルモラ・ベルディウスの弟、ダールグリフ・ベルディウス。」
それを聞いたアステラは、愕然とした。
アステラも、グルダスの事は知っていた。
信頼すらしていた。
だがそんな人物が、サルラス帝国魔法師団団長の弟だったとは。アステラも思いもしなかった。
場は、暗い雰囲気に包まれた。
「えーっと…………ダールグリフって、誰ですか?」
この雰囲気を真正面から打ち壊すように、エルダが聞いた。
エルダも少し発言を躊躇ったが、話についていけないと困らせると思い、渋々聞いた。
「あぁ、エルダは知らなかったっけ。
ダールグリフ・ベルディウス。サルラス帝国魔法師団団長、ザルモラ・ベルディウスの弟だよ。ザルモラは知っているね? あの、創作魔法の使い手だよ。ダールグリフ自身が、何か魔法を持っている訳では無いのだけれど、兄が魔法師団団長なだけあって、サルラス帝国内での発言力も高くて、その上剣術が優れていて。厄介な奴だよ。」
「それが、グルダスの正体…………ですか?」
「あぁ。」
アステラのその説明と表情で、それが事実である事を、エルダは悟った。
エルダも、何ヶ月も一緒に過ごした、所謂“先生”だったので、その現実に目を背けたくなった。
だが会合は進む。
「……で、マグダはどうやって地下牢から出たんだ? それに、あの炎の壁はお前か?」
少し問い詰めるようにアステラは、マグダに聞いた。
「簡単な話だ。炎で格子を溶かして出た。そして、サルラス帝国進軍を耳にして、確認する為に水魔法で王宮上空に飛んで、そこでサルラス帝国兵を見つけたので、帝国兵がアルゾナ王国に来れないように、炎で壁を作った。」
「…………全く。炎魔法と水魔法の同時発動なんて。複製魔法を持ったお前だから出来る技だな。」
アステラが、マグダの魔法能力に呆れたのか、少し笑みを浮かべた。
複製魔法は、誰かの魔法を見ただけで、それに似たような魔法を使用できるという極魔法だ。
マグダは、少なくとも水魔法と炎魔法の使用している瞬間を見ているから、その魔法が使えたのだ。
「それに、あの炎の壁は…………」
アステラが小さな声で呟いた。
「あぁ、あの時の壁だよ。確か、炎獄牢って言うんだっけ? まぁ昔、発動しているところを目の前で見たからね。でも、あまり使いたくは無かったけどさ。」
「私もびっくりしたよ。あの狂気の魔法が再び使われるとは。」
そのアステラの言葉を聞いたマグダは、突然立ち上がって言った。
「お前! 狂気とは何だよ?! 命を賭して国を守った大魔法だぞ!」
「だが、あの魔法で、多くの人が死んだ! 国民たちの家も全て! 幾ら敵国の兵であったとしても、あそこまでしなくても、他の方法があったんじゃ無いか?」
「じゃぁ兄上。その“他の方法”を教えてくださいよ。」
「………………それは……………………」
「じゃぁあの魔法は正しかったんだ! 現に今、こうしてアルゾナ王国はあるじゃないか。」
「お前なぁ。どれだけ苦労してここまで立て直したと思っているんだ? お前が抜け駆けなんかしなければ、もっと手際良く進められたのに。」
「あれは抜け駆けじゃねぇ!」
そんな罵声が絶えなくなり、エルダは、苛立ちを覚えた。
「五月蝿いですよ。」
苛立ちを隠しながら、二人に向かってエルダは言った。
「あ、あぁ、すまない。」
アステラは、我を取り戻したかのように、謝罪した。
「…………で結局、何の話だったんですか?」
アステラとマグダの会話の内容が分からなかったエルダは、場が静かな今、聞いた。
「…………………………また今度話す。」
その問いに対して、俯き、まるで思い出したくも無い事を思い出しやかのような素振りを見せた。
その雰囲気の中話しを深掘りする程、エルダには勇気が無かった。
「そういや、一つ疑問があるのですが………………」
エルダは、ある質問をした。
「グルダスがサルラス帝国の人間なのであれば、何故エルダに教育を施したのでしょうか。浮遊魔法なんて、サルラス帝国の脅威となりうるには十分な能力なのに………。その浮遊魔法師の卵を教育すれば、サルラス帝国の敗率が上がります。わざわざすることでは無いと思うのですが…………」
その質問に対して、アステラとマグダは、頭を抱えた。
「言われてみればそうだな………………」
今までそれに気づいておらず、理由もさっぱり分からない様子だった。
「それと…………エルダ。一つ気になっていることがあるのだが…………」
暫く経った時、アステラが言った。
「あの大量の木材だが。エルダが売ったのだろう?」
「……何故それを知って………………?」
「木材を買った時に、店主に聞いたんだよ。エルダがこの国に居るのが判明したのも、そのおかげだ。」
「その店主って、ボル・グリフさんですか?」
「あぁ、よく知っているな。彼奴は昔、マグダ、つまり第二王子の近衛騎士でな。私とも仲が良かったんだよ。歳をとって引退してから暫く経つが、ギルシュグリッツで商人をしていたとは。正直驚いたよ。」
「そんなに凄い人だっただなんて…………」
エルダが、口をポカンとさせた。
「(あっ、だからあの時ボルさんは、マグダに“様”をつけていたのか。)」
そうエルダは考察した。
「…………で、あの木材はどうやって…………?」
アステラがもう一度聞き直した。
此処でエルレリアの緑色人の事を言ってもいいのか、エルダは少し悩んだ。
彼等にとって黄色人は、加害者以外の何者でも無い。
今言ってしまって、万一誰かが彼等の命を奪う結果となってしまったら。
だが今いるのは、音漏れなど一切ない、厳重な隠し部屋。
しかも、サルラス帝国の国民が緑色人を狙う訳であって、アルゾナ王国国民が狙ったという話は一切聞かない。
それにアステラとマグダは、信頼出来る。
話してもいいだろう。
「実は、アルゾナ王国に来る前に……………………」
「………………っていうことがあってですね…………」
エルダは、アステラとマグダに、オーザックとの出会いからエルレリア開村までの一切を語った。
それについて、一部始終を興味深く聞いていた二人だった。
「なるほど…………緑色人というのは、人間なの…………か?」
「本人はそう言っていました。『同じ人間なのに、何故同種族に見下され、虐殺されなければならないのか』と。」
「確かにそうだな。同じ人間であるならば、その一方的な攻撃は可笑しい…………サルラス帝国…………何を考えているのか…………」
「国が関与しているんですか?」
「まぁ、その緑色人の素材は主に、帝国が高額で買い取っている。これなら、サルラス帝国国家自身が緑色人狩りを誘発させている様だ。全く。何を考えているのか。」
アステラは、そんなサルラス帝国に呆れた様子を見せた。
「あと、エリレリア村長のクレリアが、水魔法を使えて…………びっくりしましたよ。だっていきなり…………」
そのエルダの報告を聞いたマグダとアステラは、慌てて、エルダに言った。
「エルダ。その彼、クレリア村長の親は、王族や貴族か?」
「いや、そう言った話は聞きませんでしたが…………?」
「…………いいか、エルダ。この事は他言無用にして…………」
アステラがそう言いかけた時、マグダが突然立ち上がり、本棚の前に立った。
「何を…………?」
エルダがそう呟いたのも束の間。
バゴォォォン!
マグダがその本棚を殴り潰した。
「何をしているんだ?! マグダ!!」
突然の破壊に怒ったか、アステラも立ち上がり、その瓦礫の中から何かを漁るマグダの元へと行った。
「お前! いきなり何をっ…………」
アステラがそう言いかけた時、マグダは瓦礫の中から、小さな石を出し、アステラの眼前に突き付けた。
「魔石だ。」
マグダのその言葉に、アステラは顔を青ざめた。
「この魔力の雰囲気、効果。多分、ザルモラの盗聴魔法だろう。」
それを聞いたアステラは、絶望したのち、エルダとマグダに言った。
「二人で今すぐ、エルレリアへと向かえ! サルラス帝国に占領される前に! 早く!」
突然のその命令に混乱するエルダだったが、マグダは、その命令の真意が理解できているかの様にさっさと準備を始めた。
取り敢えずエルダも準備を済ませ、マグダと共に飛び立った。
「……で父さん。アステラ王のあの命令の真意は何なの?」
何も教えてくれないまま今に至るので、少し怒り口調でエルダは聞いた。
「簡単な話だよ。
先ずそのクレリアとやらは、貴族や王族の血を引いていない。ので、平民の魔力突発発現となる。エルダは王族である私の血をひいているから魔力持ちだが、彼は違う。
そしてサルラス帝国といえば、魔法研究で発展している大陸一の魔法発展国。そして未だに、突発的な平民の魔力発現の理由が判明していない。
どういうことか判るな?」
「その理由を探るため、盗聴していたサルラス帝国兵がエルレリアへ攻めクレリアを攫い、人体実験を行う可能性があると。そういうことか。」
「ご明察。」
マグダの説明のおかげで、今エルレリアに向かっている理由が理解出来た。
これを盗聴判明時点で思いつくなんて。流石アルゾナ王国の国王だ。
エルレリアまでかなりの時間がかかりそうなので、少し聞きなっていた事をマグダに聞いてみた。
「そういや、さっき言っていた、“炎獄牢”って何なの?」
「あぁ、それな。
先ずアルゾナ王国では、各属性魔法ごとの主な攻撃魔法の系統別に、名前が付けられていてな。その炎獄牢は、炎で壁を作ったりドーム状の檻を作ったりする、いわば、一枚の炎の板を繰る魔法の総称。他にも、火球を出す炎弾。炎魔法最高火力魔法“暁光蝶”なんて魔法もある。まぁ、最後に関しては、発動した後最悪命を落とすがな。」
「そんな魔法もあるのか…………」
エルダが、少しため息をついた。
「まだ時間がかかりそうだしさ、他の属性魔法の名前も教えてくれよ。」
「あぁ、わかった。次は雷魔法だが……………………」
――――――――――――――
その頃のアルゾナ王国。
マグダを見送り、アステラは、自室で休もうと移動していた。
その時、
ドォォォォォォォォォンンンン!!!!!
外で轟音が響いた。
そしてその後すぐに、
「敵襲ぅぅぅ!!!!!」
というアルゾナ王国兵の声が轟いた。
アステラは急いで外が見える場所に移動し、その敵を見下ろした。
そこには、一度目の侵攻の十倍程の人数のサルラス帝国兵がいた。
まるで、この二回目の王都侵攻を、最初から目論んでいたかの様に。
「……くそっ!」
マグダとエルダが不在の中、サルラス帝国の王都侵攻は再び行われた。
――――――――――――――
「ここだ!」
下にある村に向かって、エルダは指を指した。
「ここが…………」
「エルレリアだ。」
緑色人について、マグダがどう言った教育を受けてきたかはわかりかねたが、相当低度な文明しか持っていないと教えられたらしい。
黄色人の町にあっても可笑しく無いような巨大可動橋や、突風にも負けない強度を持っていそうなその家屋を見て、マグダは、今までの自分の常識をぶち壊されたかの様に口をぽかんと開けた。
エルレリアへと下降し、エルダは門兵に今の状況を端的に伝えて、兵の招集を促した。
その様子を見たマグダは、我が息子がどれだけ、エルレリア開村に携わり、頼られ、慕われてきたかを痛感した。
「父さん、付いて来てくれ。」
「あ、あぁ………………」
完全にエルダのペースに持って行かれていたマグダは、そんな返事しか出来なかった。
「クレリア! いるか?」
エルダはそう叫びながら、クレリアの自宅の扉をノックした。
「おぉ、エルダ。久しぶり。偉く早い再会だったな。」
「済まないね。急用が出来ちゃって。もうちょっと焦らした方が良かった?」
「いや、まぁいいさ。んで、急用って?」
どんどん進んでいくエルダとクレリアの会話に、あまりついて行けていないマグダ。
「ちょっと待ってくれ、エルダ。この男は誰だ?」
突然クレリアが、形相を変えてマグダを見つめた。
「あぁ、紹介していなかったな。俺の父さん、マグダ・フレーラだよ。」
「そうだったのですね! いや失礼失礼。申し遅れました。この村、エルレリアの村長を務めております、クレリア・カートルと申します。お見知り置きください。」
流暢に挨拶をするクレリア。
「こちらこそ、申し遅れて申し訳ない。アルゾナ王国っ…………」
マグダが自己紹介している途中に、エルダがマグダの口を塞いだ。
「(此処で第二王子だって事がバレたら、変に気を遣わせちゃうかもしれないだろ。)」
「(あぁ、そうか。)」
エルダが第二王子の息子だという事が判明すれば、クレリアに変な気を使わせてしまうかもしれない。
それだけは避けたかった。
「失礼。私は紹介にあずかった通り、エルダの父の、マグダ・フレーラだ。宜しく頼む。」
そう言ってマグダとクレリアは、硬い握手を交わした。
その後エルダは、クレリアに事情を語った。
「……成る程。私の魔力発現について調べたいから、サルラス帝国が今から此処へ攻めてくるかもしれない…………と。」
独り言の様に要約し、その対処について暫く考えた後、クレリアは、近くにいた兵に言った。
「今すぐ、エルレリア全兵を、中央広場に集めろ。」
「はっ!」
クレリアの命令を聞いたその兵は、何の口答えもなく、さっさと軽やかに走っていった。
「全兵に告ぐ!!」
クレリアが、目の前に整列する兵に向かって叫んだ。
「現在、サルラス帝国兵が、このエルレリア侵略を目論んで、此処エルレリアに向かっている!! 可及的速やかに橋を上げ、余った兵は防護壁の上に弓矢を持って並ぶ事!! 橋を上げる時は、対岸に村民が居ないか、確認を怠るな!!」
「「はっ!!!」」
クレリアが端的に状況説明をし、これからの行動指示をした瞬間、全兵、もう既に誰がどう言った行動をすればいいのか話し合ったかの様に動いた。
そんな中、マグダがクレリアに、あるお願いをした。
「クレリアさん。ちょっとお願いがあるのですが…………良いですか?」
「何でしょう?」
「少しだけで良いんですけど…………………………」
――――――――――――――
上空に浮遊していたエルダが、南東の方角から此方に向かって超高速で向かって来る帝国兵を確認した。
直様クレリアに伝え、皆に交戦準備に移る様促した。
帝国兵は恐らく、ザルモラの魔法で足を速くして貰っているのだろう。
そうじゃ無けりゃぁ、あんな速度は出ない。
土埃が巨大津波の様に舞い上がることも無い。
その土煙が、エルレリア内からでも視認できる様になり、それは、目の前まで帝国兵が迫って来ている事を意味した。
「皆!! 迎撃準備!!!」
クレリアの叫びを聞き、防護壁の上に村を囲む様に配置された弓兵が一斉に、弓を準備した。
「貴様らゴブリンは、我々サルラス帝国兵によって既に包囲されている!! 大人しく投降すれば何もしないだろう。 さぁ抵抗せずに、大人しくこっちに来い!!」
エルレリアの堀の周りを囲むサルラス帝国兵。
その中でも一番偉そうな人が、そう叫んだ。
「そんな命令、聞くわけがないだろう」と皆が腹を立てたその時。
「氷刃!!」
マグダが突然、天に手を掲げながらそう叫んだ。
その瞬間、エルレリアの上空に、無数の氷の剣が顕現した。
皆それを見て、ぽかんと口を開けた。
そしてその氷剣を、上空に浮遊しているエルダが浮かせ、エルレリアを包囲した気になっている帝国兵全員の上空に配置した。
そしてエルダは、前方に突き出していた手を一気に下へ振り下ろして叫んだ。
「合成魔法、氷浮刃!!!」
「合成魔法、氷浮刃!!!」
エルダがそう叫んだ瞬間、その氷剣が、サルラス帝国全兵に降り注いだ。
剣は浮遊魔法で加速され、地面に到達した時に発せられる低範囲の衝撃波でさえ、近くにいた者に重傷を負わせた。
エルレリアは外壁に覆われている為、その衝撃波の影響を受けない。
サルラス帝国兵全滅には、うってつけの魔法であった。
氷浮刃と言う魔法は、浮拷と言う魔法と、氷刃と言う二つの魔法を同時に行使することで成立する、『合成魔法』と言われる魔法の一種だ。
先ず浮拷と言うのは、浮遊魔法を使った攻撃魔法を指す。
浮遊魔法で物を浮かせて殴ったり、相手を引き裂いたり、逆に潰したり。
そう言った、”浮遊魔法をきっかけとした結果的に攻撃になりうる魔法形態”を、浮拷と呼ぶ。
そして氷刃と言う魔法。
この効果は至って分かり易い。
これは、氷でできた刃物を利用した攻撃全般を指す。
氷魔法は、水魔法の派生であり、その具体的な効力としては、氷を生み出し、自由自在に形を変えれると言ったもの。
自由自在に形を操れるのは、術者が生み出した氷のみで、冬に生まれた氷などは動かせない。
そして氷刃は、そう言った氷の生成過程で、その形を刃のついた物にして、それを生成し、それを持って攻撃する魔法形態。
氷刃と認識されるのは、氷剣は勿論、板を作ってそこに針を大量に作った物や、尖った小さな氷山の様な物を地面から出したりするものなど。
兎に角、刺突が可能な刃の要素の有る氷で出来た物を生成し、攻撃する事を、一概に“氷刃”と呼ぶのだ。
そしてそれら二つの魔法を組み合わせたものが、合成魔法“氷浮刃”。
この魔法の効力は簡単で、氷刃で生成した氷剣を、浮遊魔法を使用して浮かせ、雨の様に降らせる。
その浮遊魔法も、結果的に攻撃と言った用途に使用しているので、浮拷となる。
それが、氷刃と浮拷の合成魔法、氷浮刃。
氷浮刃を前に、帝国兵は跡形もなく散った。
悲鳴も一切聞こえなかった。
魔法発動から全滅まで、まるで瞬きをするかの様な短い時間で終結したのだ。
悲鳴など、出す余裕も、そんな間もない。
まさに、帝国兵を“一掃”したのだ。
「も、もう終わったのか…………?」
沢山の氷剣がエルレリア付近に降り注いだかと思えば、外からの音が一切聞こえなくなった。
クレリアは、それが本当に帝国兵の一掃を意味していたのか、エルダに聞きに来たのだ。
「あぁ、クレリア。終わったよ。」
エルレリアは守れた筈なのに、エルダの気分は清清しなかった。
今までエルダは、どれだけの人間を殺してきたか。
カルロスト連邦国のスラムで一人。
エルレリア開村前の焼かれた村で一人。
そして今回だけで、二百人以上は居ただろう。
もうエルダの手は血みどろに濡れているのか。
正真正銘の人殺しなんだと、エルダは意気消沈した。
さっき殺した人にも、家族がいて、幸せに暮らしていたのではないだろうか。
今回の作戦も、あまり乗り気で無かった兵も居たのではないか。
抑も、緑色人人よく思っていた人も居たのではないか。
嗚呼、そうであれば、とても悪い事をした。
家族の居た兵であれば、きっとその家族は、嘆き悲しむだろう。
下手すれば、エルダを恨むかもしれない。
今回の作戦をよく思っていた兵は、黄泉でエルダを恨むだろうか。
これが人殺しの末路なのだろうか。
そんな事をエルダは、静かに自問自答してしまった。
「エルダ!!」
そんな事を考えていると突然、マグダがエルダの名を叫んだ。
「どうしたんだ? 父さん」
「アルゾナ王国の方角に、灰色の風塵が見えた。」
「まさか…………っ……………………」
――――――――――――――――
マグダとエルダのエルレリアへの出発直後。
この、マグダとエルダの居ない間に、サルラス帝国は、アルゾナ王国に向けて二度目の進軍を開始した。
この機会は、サルラス帝国にとって好都合であった。
ザルモラの盗聴魔石で、エルレリアという名の村に、平民魔力保持者の村長がいると情報が洩れた。
この事実に気づいたアルゾナ王国は、少なくとも一人をエルレリアへ向かわせるだろう。
少なくとも、エルレリアを大事に思っているエルダ・フレーラは、真っ先にエルレリアへ向かうだろう。
それだけでも、サルラス帝国にとったら有利だった。
浮遊魔法は、進軍の上で一番の障害となる。
それがその場から居なくなるのだから、当然サルラス帝国の勝機は上がる。
そこに、もう一つ厄介な、複製魔法持ちのマグダ・フレーラもエルダと共にエルレリアへと向かった。
益々勝機が上がる。
アステラは、久しぶりにここまでの危機感を感じた。
下手すれば、一国消滅の危機。
アステラは暫く憂いた後、立ち上がり、リカルとルーダに命じた。
「今すぐにサルラスとの交戦準備を。私はなけなしの作戦でも考えてみる。」
「承知しました。」
そう言ってリカルとルーダは、此処を去った。
ここから、二度目のサルラス帝国軍侵攻が始まった。
未だに帝国軍は、王国領土内に足を踏み入ってはいない。
開戦には、未だ間があった。
然程時間は残されていないが、アステラが即席で作戦を考えるには、十分な間であった。
アステラが気掛かりなのが、王宮の窓から見た移動中の帝国兵の数であった。
明らかに、アルゾナ王国を攻め落とすには不十分すぎる数。
その事実から考察するに、先ず第一に思いつくのが、その窓から見た兵隊は第一陣で、アルゾナ王国を錯乱するための捨て駒で有るというサルラスの策略。
兵を捨て駒に使うなど人道を外れた行為で有るが、あのサルラス帝国ならやり兼ねない。
それにサルラス帝国は、カルロスト連邦国から奴隷を買っている。
その奴隷を、見せかけの軍として第一陣に置けば、サルラス帝国としての損害は無くなる。
奴隷に戦力は求めないだろう。
ただ捨て駒として、アルゾナ王国を罠にかける道具として利用すればいい。
あまりにも慈悲のない話だが、それを平気でするのが、サルラス帝国である。
とすれば、第二陣は、精鋭部隊で、王国兵の死角から攻めてくるのが妥当であろう。
その上、その精鋭部隊の登場に、ザルモラの創作魔法が絡むと厄介だ。
地面から突然現れさせたり、空中から人は現れたりなど、創作魔法にとっては造作もない事であった。
それらを考察した時、最善の作戦は…………
アステラが熟考していた時だった。
「アステラ様、お久しぶりで御座います。」
窓が外から開かれ、全身を黒装束で纏った女性が部屋に入ってきた。
「あぁ、影無か。」
「はい。未だ帰還予定日では無いのですが、アルゾナ王国の状況を考えた上、参上した次第で御座います。」
影無。
アルゾナ王国の、特殊偵察部隊。
今までは主に、サルラス帝国の偵察を行なっていた。
影無は暗殺のプロでもあり、模擬戦をすれば、大陸一の炎魔法使いであるリカルとも、ほぼ互角に戦える程の戦闘力を持っていた。
特別何か魔法を行使できると言った訳では無いが、その俊敏さと集中力は、魔法相手にも引けを取らない暗殺術を体現させた。
そんな影無が、サルラス帝国の戦況を報告する為に、アステラの元へ馳せ参じたのだ。
「アステラ王。今回の戦争。ちょっとヤバイかもしれません。」
「どうした?」
「先程危惧していた通り、今攻めてきているのは第一陣。第二陣は、精鋭部隊で攻めてくる様です。そしてその精鋭部隊の中に、ザルモラ魔法師団長も入っていました。」
「なっ…………」
それを聞いたアステラは、あろう事か思考を一時中断してしまった。
基本三属性魔法師の精鋭部隊ならば、未だ勝機はあっただろう。
だが、そこにザルモラが加わるとなると、話は変わって来る。
創作魔法といえば、“何でもあり”の魔法として有名。
文字通り、魔力の尽きぬ限り、自分で魔法を構築して、発動できる。
術者の発想力次第では、強力な爆薬となりうるのだ。
そしてザルモラは、此方の想定外の魔法をポンポンと生み出し発動する。
ぶっ飛んだ奴がアルゾナ王国に居ない限り、アルゾナに勝機はない。
常人の想定外は、ザルモラの想定内。
それが、ザルモラという男であった。
「…………考えている所申し訳ありません。ここは普通に、簡単な作戦だけで宜しいのではないでしょうか。ザルモラ魔法師団長が何をするのかは未知数ですし、考えても仕方がありません。王宮を守る意味で、一応炎獄牢か何かを使って王宮を囲んでおけば良いのです。リカルなら余裕でしょう。」
「それでも王宮内に入ってきた場合は……?」
「私がなんとか対処しますよ。」
「…………分かった。」
アステラは席を立ち、王宮を出た。
「ルーダ。此処に兵を集めておいてくれ。色々と説明したい。そこで作戦も発表する。まぁ作戦と言っても、名ばかりのものだが…………」
「承知いたしました。直様、全兵を此処へ集めて参ります。」
「頼んだ。」
そう言ってルーダは、早々にアステラの前を去った。
今頃、エルダとマグダはどうしているだろうか。
何故か今、二人のことが頭に浮かんだ。
エルレリアへ無事到着したのだろうか。
エルレリアを守れたのか。
それとも抑も、サルラス帝国は攻めて来ず、無駄足になってしまったりしたのだろうか。
もうとっくに倒して、此方へと帰ってきていたりはしないだろうか。
そう色々と考えているうち、何故今二人が思い浮かんだのかがわかった。
アステラは、二人に助けて欲しかったのだ。
マグダだけでも此処にいれば、とても心強かっただろう。
サルラス帝国に勝つ事も出来たかもしれない。
エルダがいれば、最も勝率が高かった。
それに比べて自分はどうか。
魔法の使えず、碌に護身術も学ばず、ただ見た目だけ王を演じている。
結局作戦だって、ほぼ影無が考えた様なものだ。
自分は名ばかりの王か。
先代国王の様な、民からも信頼され、王という名に相応しい。そんな王に、私はなれなかったのか。
アステラがそう考えていた時だった。
「兵の召集が完了いたしました。アステラ王。」
そう呼ばれたことに、少し心が痛んだ。
「わかった。直ぐに向かおう。」
――――――――――――――
そうやって、この気持ちを有耶無耶にしてしまおう。
少なくとも、今日で終わりなのだから。
私が王と呼ばれるのも、今日までだろう。
嗚呼。これが終われば、解放されるのか。この蟠りから。
マグダ。すまない。最愛の弟よ。
エルダ、すまない。不甲斐ない叔父で。
父上。すまない。父上の言うような王には、なれそうに無い。
すまない。
――――――――――――――
「作戦の説明をする!!」
アステラが、王国全兵の前でそう叫んだ。
「先ず、新兵やあまり腕の立たない者で小隊を作り、サルラス帝国との国境へ向かえ! そこで、帝国兵の足止めをしろ。犠牲者は両軍共に最小限に抑えるように。絶対だ。
そしてその他の兵は、ギルシュグリッツ内で待機。敵が現れ次第、迎撃へ向かえ! そしてギルシュグリッツ内で現れる敵の中には、かのザルモラ魔法師団長も居るそうだ。十分警戒するように!」
「「……はっ………………」」
あまり時間の無い中、アステラは作戦概要のみを端的に伝えて、その場を去った。
王国兵にとって疑問点が幾つかあるその作戦に、あまり乗り気で無い兵。
だが王国を守る為の兵なので、作戦は疎かにしない。
それが王国兵としての務めだと信じて。
その後アステラは、リカルを呼び、ある頼みをした。
「リカル。お前は王宮付近に残れ。もしザルモラが現れた時、その対処が可能なのは、影無かリカルくらいだからな。頼んだ。」
「承知いたしました。王よ。」
そう言ってリカルは、王宮前の開けた場所で待機した。
「ルーダ。住民の避難はどうなのだ?」
アステラの近くにルーダが居たので、聞いておいた。
「はっ、あらかた済んでおります。アルゾナ王国南端部からギルシュグリッツ最北部までの全住民を、アルゾナ王国最北部の避難所に移動させております。なので、今回の二度目の帝国侵攻で、住民への被害を考慮する必要はないか、と。」
「分かった、ありがとう。」
「勿体ないお言葉、感謝いたします。」
そう言ってルーダは、定位置へと移動した。
アステラは、防衛策を思いつき、リカルの元へと再び移動した。
リカルは、背筋をピンと伸ばし、周りを見渡しながら、警戒していた。
「ルーダ曰く、住民避難は、ギルシュグリッツまでらしい。なので一応、炎獄牢をギルシュグリッツから北部への境界に、避難所への防護壁となるように設置してくれ。」
「はっ、承知いたしました。」
そう静かに言い、真北に向かって右手を差し出して、小さな声で呟いた。
「…………炎獄牢。」
その瞬間、ギルシュグリッツ北部境界線でアルゾナ王国を分担するように、高さ二十メートル程ある炎の壁が現れた。
マグダのあの高さ五十メートル程の壁はアルゾナ王国屈指の炎魔法師でもあるリカルであったも困難だが、高さ二十メートルの壁も、一般的な基準を当てはめると十分すごい。
天才を見ると優等生が霞んで見える。
人間の悪い習慣だ。
「ありがとう、リカル。」
「いえいえ、アステラ王の為。」
そう言ってリカルは、震える右手を必死に左手で押さえながら、定位置に戻った。
これを見て、自分と同じことを悟っている仲間が沢山いるという事を理解し、アステラは、益々、恐怖に襲われた。
その後アステラは、一番安全であろう王宮の中へと戻ろうとした。
その瞬間。
「危ない!!!!!!!」
そうリカルの叫び声がアステラの背後から聞こえた瞬間、アステラは、リカルの張りのある手で背中を突っぱねられた。
ドォォォォォォォォォン!!!!!!!!!
その後王宮の入り口の方から轟音が響いた。
「あ゙ぁぁぁぁ!!!!!!」
それと同時に、アステラの背後から、リカルのうめき声が聞こえた。
咄嗟に後ろを振り向くと、そこには、左半身が焼かれて、皮膚が爛れているリカルが地面でのたうち回っていた。
「リカル! リカル!!」
アステラ王は、リカルにそう呼びかけた後、自分ではどうする事も出来ないので、大声で救護班の一人を呼んだ。
「リカルを頼んだ!」
少し早口に救護員に言った後、その救護員二人は、リカルを担架に乗せ、救護所へと連れて行った。
救護員が見えなくなった後、アステラは、轟音の聞こえた方を確認した。
その景色を見て、アステラは呆然とした。
王宮が、見る影も無いただの瓦礫の山と化していたのだ。
何故。
何があったのか。
何故王である自分が、何があったかを知っていないのか。
こんな時でも、自分を蔑み続ける自分に、アステラは嫌気がさしてきた。
「アステラ王!」
地面にへたばっているアステラ王の元へ、ルーダが駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、私は大丈夫だ。何があったか? よく確認出来なくて。」
「巨大な炎弾が、サルラス帝国とアルゾナ王国の国境付近から飛んできたんですよ。もしやあの方角は………………」
「サルラス帝国軍第一陣の方からか…………私の読みが外れていたのか…………」
そう呟きながら、アステラは意気消沈した。
「……何か……あったのですか?」
「いや、なんだ。私がちゃんと第一陣を警戒していれば、リカルもあんな事にはならなかったのか、と。」
「リカルに何かあったのですか?!」
「恐らく、炎弾に当たりそうになっていた私を庇ってくれたのだろう。そのせいで、リカルの左半身の皮膚は焼け、爛れた。私がもっと警戒していれば……こんな事には…………」
「………………そうですか。」
それを聞いたルーダも、少し俯いた。
「……ですが、今はこんなに落ち込んでいる場合では御座いません! 未だ交戦中です! さぁ立って。アルゾナ王国を精一杯守りましょうよ!」
少し震える右手を掲げながら、ルーダはアステラの背中を押した。
「あぁ、そうだな。」
アステラは、そう言った。
こうして、サルラス帝国王都侵攻は再び、サルラス帝国の先制によって、開始された。