「くそっ、サルラスめ。宣戦したときに言った日よりも前に進軍してきやがった。」

 アステラが一人、頭を抱えた。
 あのサルラス帝国でも、流石に開戦日時は守るだろうと信用していたが、そんな訳が無かった。
 ()()()()()()()()()()()()()()()も、日時を守らなかった。
 それに、未だにアルゾナ王国南部の住民避難が済んでいない。
 避難所の準備や物資の準備も完璧なのに。


 取り敢えずアステラは、国境付近に防衛線を張るべく、中央広間に兵を集めさせ、今思いついた策を話した。

「王国兵よ! 時間が無いので前置きは無しにする。今から、サルラス帝国との交戦準備に入る。
先ず通信班! 東門と南門付近にいる兵に、国境付近の防衛と近隣住民の避難誘導を促すようにモールス通信!
騎馬兵は、今すぐメルデス大森林へと王国を脱出し、迂回してからサルラス帝国軍の対処せよ! 指揮はルーダに任せる!
国民兵及び救護師団は、至急南部都市に行き、避難勧告と簡易型救護施設の設置を! ガラブの指示を聞いて動くように! リカルとペルトは、避難民の対処を! 皆の物! 今すぐ任務にかかるように!!」

 そのアステラの指示を聞いた一同は、迅速な対応を進めていった。
 騎馬兵は馬に跨り大森林の中を疾駆し、救護班は、何台もの車を走らせた。
 到着までに数時間はかかってしまうが、これが今の最善策だった。

「国境防衛班…………出来るだけ持ち堪えてくれ…………」

 アステラは、少ない犠牲で済む事を願いながら、戦況を眺めた。



 
 

「………………っ…………!!」

 身がもげそうになるような速度で空を駆けるエルダ。
 開戦予定時刻よりも数日早くに開戦したことは分かっている。
 そして、住民の避難も未だ終わっていないだろうとエルダは考え、急いで国境に向かった。


 ドカァァァァァン!!!

 国境付近で、黒煙が上がった。
 よく見ると、その狼煙の下で、木々が燃えていた。
 そう。サルラス帝国兵が、炎魔法を使ったのである。

「マズい……!」

 エルダは、少し速度を上げて前線へと向かった。




 その時。

 ドォォォォォォォォォンンンン!!!!!

 国境付近で、再び轟音が響いた。
 だがその轟音は、さっきのものの比では無かった。
 よく見ると、その轟音が響いたのは、サルラス帝国の領地内であった。

「…………なんじゃこりゃぁ…………」

 エルダは、その光景に呆然とした。
 そこには、高さが五十メートルほどある炎の壁が、まるでアルゾナ王国とサルラス帝国の国境を阻むように出来ていたのだ。
 炎の紅い光が、さっきまで月光に包まれていた街を、真っ赤に染めた。
 そして、大量の熱波が、エルダを襲った。
 火傷するほどでは無かったが、それは突風のようであった。


 エルダは、何が起こっているのかが全くわからず、ただ周囲をキョロキョロと見渡してみた。
 すると、王宮上空に、一人の人影が見えた。

「…………誰だ?」

 浮いているように見えたが、よく見るとその男の足元で、水のようなものが、男の足の裏へ向かって噴射されているようであった。
 その男は、燃え盛る炎の壁の方を向きながら、右手を炎の方に向けていた。
 よく見るとその男は、左腕が無かった。
 その服の袖を見ると、誰かに切断されたような跡がついていた。

 恐らく男は炎魔法師。
 だがそれなら、足元の水は誰が?
 協力者がいるのか。
 それともその男が一人で魔法の同時発動を行なっているのか。

 誰だ。
 わからないことが多すぎる。

 
 そんな時。

「エルダ様でしょうか?」

 下の方から、落ち着いた女性の声が聞こえた。

「はい、そうですが………………」

 エルダが、その女性の元へ下降した。

「エルダ様、王宮までご同行して頂けますでしょうか。アステラ王のご命令で、エルダ様を王宮へ連れてくるように、と。」

 その女性は、そう言いながら健かに一礼した。
 すらっとした、しっかりした真面目な雰囲気を醸し出す女性だ。

「……えーっと、貴女は?」
「あっ、申し遅れました。(わたくし)、アステラ王第一秘書、リカル・アルファと申します、」

「(まさか、そんなお偉いさんだったとは………………)」

 そんな事を他所に、エルダは、ある心配をしていた。
 自分が、この国の王様に呼ばれているのだ。
 何か悪い事をしたのでは無いか。
 何か王にとって粗相をしてしまったのでは無いか。
 エルダは、そう考えてならなかった。

 だが、ここで同行を断って仕舞えば、それこそ問題になる。
 ので、答えは一択だ。



 そしてエルダは、リカルと共に王宮へと向かった。

 道中。

「あの…………私、何か悪いことしましたっけ…………?」

 心配のしすぎでエルダは、リカルについ質問してしまった。

「……申し訳ありません。アステラ王のその命令の真意は、私には解りかねます。」
「そ、そうですか………………」

 エルダは益々心配になった。

 王宮に着くまでの間、エルダは必死に、今まで何か悪い事をしていなかったか、過去を振り返っていた。
 そしてそんな慌てふためくエルダを他所に、リカルは、綺麗な背筋で王宮まで直線距離で歩いていた。

「もうちょっと迂回してもいいんじゃ無いかなぁ…………」

 エルダは、意気消沈した。