「あぁ………………………………」
あまりの凄さに、ほうっとため息が出た。
そこに並んでいたのは、セメントで少し黄みがかった白に染まった建物。
今までいた場所とはその建物の高級感が違う。
グルダスの授業でセメントやギルシュグリッツのことを聞いたことはあったが、いざその場に立って、その街並みを目の当たりにすると、何も言葉が出てこない。
ただ呆然と立ち尽くす。
地面を見た。
今までの地面は、煉瓦を並べたような道で、凹凸があったのにも関わらず、此処の道は、綺麗に舗装され、凹凸のなくツルツルだ。
そうやって周りをキョロキョロと眺めていた時。
ブロロロロロロロ
街の奥の方から、謎の音が聞こえた。
その音の鳴る方をエルダが見ると、そこには、人を数人乗せた箱が、煙を出しながら動いていた。
「確かあれは………………そう! クルマだ!」
車についても、グルダスから教えてもらっていたので、理解できた。
車。大陸内ではアルゾナ王国のみでしか使用されておらず、大陸一の文明発展都市と言われる所以の一つが、この車の発明であった。
「はぁぁ……………………」
今まで見てきた町並みとの変わりように、エルダは、呆然とした。
今居るのは、ギルシュグリッツの南部。
門兵の地図曰く、このまま真っ直ぐに北上していけば、木材を買ってくれそうな市場があるらしい。
アルゾナ王国の他人の話なので、完全に信用した訳でもないが、とりあえず、お金になればそれで良い。
枯れかけているエルダのオアシスに、再び雨を降らせることが出来るのだ。
その市場までは、徒歩以外で行く手段がない。
なので、只ひたすらに歩き続ける。
「……着いた。」
地図に書いてある場所に着いた。
そこにあったのは、少し古びたクリーム色の一階建ての建物。
いかにもな雰囲気が漂っている。
「此処で……良いんだよな………………?」
少し入るのを躊躇いそうになるその風貌は、世間知らずであるエルダにとっても、周りをキョロキョロとせざるを得なかった。
そして暫くして、エルダは、その中に入る決心をした。
深く深呼吸をし、扉を開けた。
ブワッ
「ゲホッ ゲホッ!」
扉を開けた瞬間、大量の埃がエルダを襲った。
暫く咳き込んだ後、ばっと前を見ると、そこには、一人の男が椅子に座っていた。
「いらっしゃい。何の用かな?」
その男が、図太い声でそう言った。
筋肉ムキムキで身長も高く、嘗ては王国兵だったのか、右目に眼帯が付いている。
「あっ、木材を売りにきたのですが………………」
「ちょ、ちょっと待った。あんた、名前は?」
「エルダ・フレーラですけど………………?」
それを聞くと、男は肩の力をふっと抜き、
「そっか………………まだ生きていてくれたのか…………」
男は、笑みを浮かべた。
「あぁ、名乗ってくれたのなら、儂も名乗らないとな。ボル・グレイブ。それが儂の名前だ。」
「はぁ…………」
「ん? こんな老耄の名前など知ったこっちゃないってか?」
「いやいや、そういう訳じゃ………………っていうか、僕の事知ってるんですか? この国の人皆そうで、僕の名前を聞くと少し騒めくんです。」
それを聞いたボルは、少し考えてから言った。
「エルダは、マグダ様から何か聞いた事はあるのか? 例えば……自分の生い立ちとか…………」
「マグダ…………って確か僕の父の名前ですよね? 父なら僕が幼い頃、僕の魔法のせいで他界したので。あまり覚えてないんですよ。」
それを聞いたボルは、前にあった机を叩きながら立ち上がり。
「マグダ様はお亡くなりに?!」
ボルはそう叫んだ。
「は、はぃ。」
突然叫んだので、エルダもびっくりして、そんな返事しか出来なかった。
「(マグダ“様”?)」
エルダはその呼称に疑問を抱いたが、特に気にせず、商談へと話を進めた。
「それじゃぁ一度、その木材を見せて貰いたいのだが…………今此処に無いのか?」
「はい。何にせよ量が途轍もないので…………」
「何処にある?」
「王国門の前です。」
「よしっ、行こうか。」
そう言ってボルは外出の準備をし、さっさとギルシュグリッツを後にした。
翌朝。
山のように積まれた木材を見て、ボルは只々口をパクパクさせていた。
「な、なんじゃこりゃぁ………………一体、こんな量…………何処で………………?」
その様子を見て、エルダは少し誇らし気に思った。
「幾らくらいになります?」
エルダはそんなボルを置いて、買値の交渉をした。
「い、いやぁ、予想以上に多かったから、集計には一週間くらいかかりそうだ。それで良いのならば、良い値は払う。」
「分かりました、お願いします。」
冷静に判断したボルだったが、内心、未だに放心状態であった。
「まさか…………前の地震と何か関係が…………」
ボルがそう呟いたことを、エルダは知らない。
一週間後。
「ギルシュグリッツの中央市場に、大量の木材が販売されています! それも、ギルシュグリッツの半分の面積を埋め尽くす程の量の!」
「ペルト。その木材を、建設に十分足りる量、購入しておけ。」
「りょーかいです!」
そう言いながらペルトは部屋を飛び出し、木材購入の手続きをし始めた。
「まさか、あのボルが商人をしていたとは……マグダが去った後に消えたと思ったら…………そうか…………」
アステラは、自室でそう呟きながら、密かに優しい笑みを浮かべた。