約五ヶ月後。
 村も完成に近付いてきた頃。
 クレリアは、水魔法のみならず、氷魔法まで自由自在に行使できるようになっていた。
 そしてクレリアは、その魔法発動が楽しくて、毎日の様に村民に見せびらかしている。
 「村長がそんなのでいいのか」と問われると微妙な所かも知れないが、それで楽しんでいる人も少なからず居るので、まぁ良いのではないかと、エルダは思っていた。

 そしてこの五ヶ月間。
 相変わらず、ラルノアの態度が冷たい。
 クレリアや他の村民には笑顔を見せるのに、エルダにだけは、すぐ距離を取ろうとする。
 エルダはその塩対応に、傷心しきっていた。

「なぁクレリア。俺って、そんなに嫌われる様なことしたかなぁ…………?」

 エルダが、しょんぼりした声で、クレリアに聞いた。
 “オーザックの友人だから”と言う理由で嫌われているのもあるかもしれないが、エルダは、その理由だけじゃなく、他にも何か理由がある様に感じたのだ。

「あぁ、ラルノアの事な。私も色々考えたんだが…………」

 そう言いながらクレリアは、エルダの方を向いて。

「エルダとルリアを、重ねて見ているんじゃないかと、私は思う。何というか………………エルダとルリアは、何となく、空気感というかなんというか。どうも、ルリアの面影があるんだよ。だから。思い出したくないから、避けているのかもな………………」
「はぁ……………………」

 ルリアとエルダが似ていた事には驚きだったが、親であるクレリアが言うならば、そうなのだろう。
 それに、クレリアの仮説は信憑製が高い。
 それ程ラルノアは、(ルリア)の事を大事に思っていたと言う事だ。
 実際、オーザックを埋葬した時も、クレリアが、『ラルノアはルリアが大好きだった』と言っていたので、ルリアの死というのは、とても衝撃だったのだろう。


 ここでエルダは、ある決心をした。




 次日の朝。
 エルダは、木にもたれ掛かっているラルノアの元へと歩いた。

「お、おはよう…………」

 エルダが声をかけた。
 それを聞いたラルノアは、素早く動き、エルダを距離を取った。
 いつも通りの光景である。

「……今日は何ですか。」

 嫌そうな顔で、エルダに聞いた。
 エルダは、ゆっくりと歩み寄り、ラルノアの居た木の側の木の下に座った。

「ラルノア。君は、妹が大好きだったんだって?」
「ま、まぁ、そうですけど…………それが何か?」

 ラルノアは、エルダと更に距離をとった。

「まぁ、一旦座りなよ。」

 そのエルダの呼びかけに、ラルノアは嫌々従い、向かいにあった木の下に、膝を軽く畳んで座った。

「クレリアに聞いたんだけどさ。俺とルリアが……」
「妹を名前で呼ばないで下さい。」
「あっ、ごめん。」

 相変わらず、心が傷付く。

「俺とその妹の雰囲気が似てるって聞いたんだけどさ。…………どうなの?」

 あまり上手い言い回しができなかった事に、エルダは後悔した。

「まぁ、雰囲気に関しては似ていると思いますよ。多分。」

 冷徹。塩対応。
 だが、いつもよりかは話が続いている。

「違ってたらごめんなんだけどさ…………俺とその妹は、同一人物じゃ無いから。」
「………………結局、何が言いたいんですか?」
「だから、君が、俺と妹を重ねて見てるんじゃ無いかって思っただけ。」
「………………」

 それを聞いたラルノアは、少し俯き、黙り込んだ。

「俺は、君の妹になれないし。俺を重ねて見ても、俺は只のエルダだし。俺を嫌ったって、俺を避けたって、君の妹が帰ってくる訳でも無いだろうし、俺だって、そこまで拒絶されたら悲しいし。
 実はさ、俺のお母さんって、俺が物心ついた時にはもう、病気でずっと寝たっきりだったんだ。幾ら話しかけても口を開かないし、幾ら手を握っても、目を開かない。そんな母さんも、同じスラムの奴に薬を盗まれたせいで死んじゃってさ。
 えーっとまぁ、結局何が言いたいかと言うと。
 死んだ人はもう戻ってこない。遺体を目の当たりにしたなら尚更だ。だから、辛いのも解る。苦しいのも解る。だからって、何にも関係ない人と重ねて見て苦しんだり、避けたりするのは、ちょっと違うんじゃないかと思う。それに、死んだ方の人は、自分が死んだせいで大好きな人が苦しんでいたら、そっちの方がうんと辛いと思う。だからこそ。その人の事を忘れろって訳じゃぁ無いけれど。その人が笑えなかった分、その人に愛されていた自分が、その人が笑いたかった量の十倍くらい、いっっぱい笑う事が、その人を憶うって事じゃないのかな。少なくとも俺は、そう思っている。」

 そう言い終えたエルダは、深くため息をついた。

「…………………っ…………」

 ラルノアは、顔を腕の間に疼くめて、黙っていた。

 エルダは、青い空を眺めた。


 そこには、一欠片の雲も無く、エルダの側には、優しい風が吹いていた。