リリ死亡の噂は、瞬く間に村中に広まった。
オーザックを守る為に死んだ。
黄色人に殺された。
内臓をもぎ取られた。
正に惨殺。
緑色人を人と思っていない。
この事件で、緑色人と黄色人の溝は深まり、完全に敵対する事になった。
だが、一つの村が、魔法発展都市であるサルラス帝国の技術を超える事は出来ない。
資源も無ければ、技術者も居ない。
人手も無ければ、環境も無い。
敵対したとはいえ、当然、いつもの様に惨殺されて終わりだった。
武具の差である。
そしてある日、クレリアに次女が産まれた。
名は、ルリア・カートル。
クレリアの妻と、夜な夜な考えた名だ。
だが、出産時、クレリアの妻は亡くなった。
ルリアは元気に産まれてきたが、妻は、その顔を見ることも、産声を聞くことも、抱き締めることも出来ずに、世を去ってしまったのである。
クレリアに、喜んでいる余裕は無くなった。
これからは、ルリアと、長女のラルノア・カートルの二人を、クレリア一つで養っていかなくてはいけない。
クレリアは、酷く失意した。
十歳になったオーザックは、いつも通り森に居た時、ある黄色人と出会った。
オーザックは、背負っていた藁の籠を地面に置き、持っていた棒を、ブルブルと震える両手で必死に握り、構えた。
するとその男は、鞄を地面に置き、上着を脱ぎ、半裸の状態で両手を上げた。
オーザックは混乱したが、「危害を加えない」と言いたいのだと解釈した。
そしてオーザックは、彼をほんの少し、信頼した。
男の名は、ジュルカ・デラフト。
なんでもその昔、オームル王国を拠点に旅商人をしていたそうで、人脈も広く、その知識量も辞書並みだった。
ジュルカは、オーザックに聞いた。
「何か欲しい知識はあるかい?」
森林の外の世界を知らないオーザックからしたら、あまり興味の無い問いであったが、オーザックは、こう答えた。
「黄色人の殺しかた。」
母の事で、オーザックは、黄色人を恨んでいた。
復讐心が宿っていた。
その答えに対してジュルカは言った。
「なら、これをあげるよ。」
そう言って、馬鹿でかい鞄の中から、一本の剣を出した。
鞘は古びていて、刃も、年季の入ったものだった。
「この剣は…………?」
「これはね、昔、オームル王国で殺された兵が使っていた剣だ。尤も、彼は兵になる前にこの世を去ったのだがね。」
「そうなんですね…………」
オーザックが鞘を抜くと、その剣の柄の部分に、何か文字が刻印されてあった。
だが、錆びていて読みにくい。
「ガー………………? なんて書いてるんですか?」
「さぁ。私にも分からん。何にせよ、それを受け取った時には、もう既にその状態だったからね。」
「は、はぁ………………」
そしてジュルカは、近くにあった岩の上に座った。
「その剣の持ち主はね、オームル王国の皇后の夫だったんだよ。」
「それなら、その方も王様だったりするんですか?」
「いいや、ただの平民だったらしい。だから、王でも無いし、王にはなれない。」
「じゃぁ何でそんな身分差がある二人が結婚なんて…………」
「さぁ。私にも分からない。」
そう言った後、ジュルカは、真剣な顔をして言った。
「もし此処に、エルダ・フレーラって奴が来たら、こう言っといてくれ。『お前が昔殺された後の事が知りたければ、ガルム諸島にこい。』と。」
「エルダ……って誰ですか?」
オーザックのその問いに、ジュルカは答えなかった。
次の日からオーザックは、ジュルカから剣の指導を受けた。
旅商人の山賊対策で剣術を習っていたらしく、結構強いらしい。
そんなジュルカに教われるのなら、自分の身は勿論、村を守る事だって可能なのかもしれない。
オーザックは、期待した。
そして、かつてない程の希望とやる気が、心の底から漲った。
五年後。
オーザックも十五歳になり、剣の扱いも、ジュルカと対等にやりあえる程には成長した。
村では、オーザックこそが村の守り神だと慕われていた。
そしてその日も、いつも通り稽古かと思われた。
朝起きて、いつも通りジュルカを起こしに行くと、そこにジュルカはいなかった。
消えた。
書き置きもメッセージも何も無い。
突如姿を消した。
オーザックは、「少し出かけただけだろう」と思い、暫く待ってみたが、一向に帰ってくる気配がない。
何があったのか。
どこに行ったのか。
そんな情報は一切ない。
オーザックとジュルカの別れは、突然だった。
これは、オーザックの墓の前にいる今から、約八年前の話である。
ジュルカが消えて、数日。
久しぶりに村に帰ると、村を出る時には未だ幼かったクレリアの娘、ルリアが、もう立派な女性へと成長していた。
その彼女を見た途端、オーザックは心を打たれた。
そしてオーザックは瞬時にその気持ちの正体を判断した。
それは、「恋」であった。
今まで恋愛感情など抱いたことがなかったオーザックが、初めて恋愛感情を抱いた日である。
「久しぶり、ルリア。」
「もしかして………………オーザック?」
五年ぶりの再会。オーザック、当時と比べると、流石に容姿も変わったのか。今のオーザックの容姿に確信が持てていない。
「あぁ、オーザックだ。久しぶりだな!」
「えぇ、そうね。」
告白する勇気のないオーザックは、五年ぶりの村と、別嬪になったルリアとの再会を、素直に喜んだ。