謎の水発生の翌日。
オーザックの遺体は、早朝に村跡の、かつてのオーザックの自宅だった場所の地面に埋め、墓にした。
墓と言っても、瓦礫をどかして、近くにあった大きめの石を上に置いただけで、墓とは呼べないが、それでも、あった方がいいと言う事で、簡易的ではあるものの、オーザックを弔う、小さな墓を作った。
オーザックは土の中で、横に寝転びながら、腹の上に両手を置いている。
森の中なので火葬が出来ず、そのまま埋めてしまうこととなったが、そうせざるを得なかった。
墓の前でエルダは、クレリアと一緒に合掌した。
そこでクレリアは、エルダにある事を聞いた。
「エルダは、オーザックの死を知った生き残りの村民達の反応に、疑問を抱いたかな。」
突然過ぎて、何のことか、理解するのに少し時間がかかってしまった。
「疑問……っていうと?」
「エルダがオーザックの死を告げた時さ。一般的な反応だと、それを聞いて泣く者が多数派だろうが、今回の場合、その反応を示したのは僅か数人だけ。何故だか分かるか?」
確かに、同じ村で暮らす村民であれば、その死を嘆くであろう。
だが、オーザックの時は、そう言った様子があまり見られなかった。
何故なのか。
当然、エルダは分からない。
「……彼奴はな。村の奴らからあまり好かれていなくてな。まぁ所謂、『嫌われ者』だった訳だ。
そして、それであって。この村一番の、村想いの奴だった。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
十数年前
未だ村も小さな頃、オーザック・グレンシクトは五月蝿いと感じる程元気な産声と共に、この世界へと生まれてきた。
母の名は、リリ・グレンシクト。
村でも一目置かれている美人で、その顔は広く、最早、リリを知らない村民は居ないとまで言われていた。
出産の翌々日は、村を起こして、村民全員で出産を祝った。
村の皆が助けてくれたのもあり、リリの育児は、何事も無く順調に進んでいった。
子育てのコツや食事のあげかたなどは、他の子供の母に聞き、外に出る用事があり、オーザックが原因で行けない場合は、誰かに手伝って貰ったりと、至れり尽くせりの育児生活であった。
五年後。
オーザックも五歳になった。
オーザックと他の村民は仲が良く、「よく出来た子供だ」と、村で知らない者はいない程だった。
そんなに知名度も良かったので、良くお裾分けで、野菜や果物を貰うことも度々、よく近所の人とは他愛もない会話をし、リリとは仲良く暮らしていた。
その日も、いつも通り、森に果物を取りに行っていた。
村を出たのは昼過ぎ。
帰るのは、恐らく日の傾いた夕方くらいだろう。
村の入り口でリリに手を振った後、オーザックは、藁でできた籠を背負い、森の中へと入っていった。
空が紅く染まり、自分の影も長くなってきた。
籠もいっぱいになったので、オーザックは、村へ帰った。
数分歩くと、村の入り口が見えた。
よく見るとその傍らに、リリの姿が見えた。
オーザックは、リリを見つけた途端、果物が落ちないくらいの速度で、リリに向かって満面の笑みで走った。
するとリリは、血相を変えながら、オーザックに向かって全力で走ってきた。
未だ幼いオーザックには、いつもとは違う様子の母がいつも通りに見え、“母さんも自分のもとに走って来てくれている”と感じた。
そしてオーザックがリリの前まで来て、母に抱きつこうと両手を伸ばした。
だが、リリがそのオーザックの胸に飛び込むことは無く、そのままオーザックを通り過ぎた。
その瞬間。
バキッ!!
何かが折れる音が、オーザックの後ろで聞こえた。
ドサッ
その後、何かが倒れる音が聞こえた。
オーザックが、ふと後ろを振り返った。
するとそこには、首が変な方向に曲がりながら、首元から血が吹き出、倒れているリリがあった。
そして上を向くと、そこには、肌が黄色で、手に斧を持った男と、青いフードを被った、長い髭で太い黒縁眼鏡を被った男がいた。
斧を持った男は、斧を地面に投げ捨て、懐からナイフを取り出し、リリの腹を切った。
そしてそこから内臓を全て取り出し、それを袋に入れて縛り、ここを去った。
オーザックは未だ幼いので、“死”というものを知らなかった。
なのでオーザックは、中身のないリリの肩を、永遠と揺り続けた。
いつか目を覚ましてくれると信じて。
そのオーザックを見つけたのは、クレリアだった。
見つけたのは、朝の八時ごろ。
村の入り口付近で、リリの死体と、その近くで眠るオーザックがいた。
状況を飲み込むのに数分はかかった。
ある程度状況を読み込めたクレリアは、オーザックを自宅に運び、リリの死体は、オーザックに見つからない森の木陰に埋めておいた。
オーザックにはどう説明しようか。
この事を村の皆んなにはどう説明しようか。
あまりの衝撃に、そんな事を考えている暇は、今のクレリアに無かった。