「美優羽。水出しっぱなしだぞ。どうしたんだ?」

 琴姉に言われてハッとする。食器を洗おうとしてそのままぼーっとなってたんだった。いけないいけない。私は食器洗いを始めた。

「なあ。今日帰ってからずっとこんな調子だぞ。なんかあったのか?」

「大丈夫。ちょっと文化祭前で緊張してるだけだから」

 私は軽く笑いながら誤魔化すが、琴姉ははぁとため息を吐いていた。

「とてもそうとは思えんなあ。それでも言わないってことは、何か事情があるんだろうから聞かないことにする。けど、大変なことになるようだったらいつでも相談しろよ」

 琴姉に釘を刺すように言われた。私はうんと首を縦に頷いた。




 明日は文化祭。寝る前だと言うのに、わたしはドキドキが止まらなくて眠れそうにない。

 最近のわたしは自分でもわかるくらいおかしい。美優羽ちゃんに急にイジワルしたくなる。そうかと思えば今度は優しくしたくなったり、撫でたくなったり抱きしめたくなったり……。美優羽ちゃんの時だけ感情が色んな所に行ってしまう。

 他の人の時はそんなことないのに、美優羽ちゃんの時だけそうなってしまう。どうしちゃったんだろう。一緒に出かける日まではそんなことなかったのに、あの日からずっとこうだ。

 琴葉お姉ちゃんに相談したら、美優羽ちゃんと二人きりになったらその感情の正体がわかるかもって言われた。

 だから、明日の文化祭は美優羽ちゃんと時間を合わせて、二人きりで回ることにしたんだ。これなら、琴葉お姉ちゃんの言ってたことがわかるはず。きっとそうに違いない。そうなれば、今まで通り美優羽ちゃんに優しく出来るよね。そうだよね。

 わたしはなんとか高鳴る心を押さえつけて、眠ろうとしていた。




 迎えた文化祭当日。午前中はクラスや吹奏楽部、演劇部の発表があり、それをずっと見ていた。ただ、私は正直どれがどうだったかと言うのを全く覚えていない。昨日の楓の告白が頭から離れないから、全く入ってこない。他のクラスの人や吹奏楽部の人には申し訳ないけど許して欲しい。

 そして昼休憩が終わってからの午後。いよいよカフェ本番。最初の方はお客さんは入って来なかった。教室の位置が微妙に遠いせいだろう。

 それで5分後くらいに高校生くらいの男の人が入って来た。そのお客さんをきっかけに、人集りができるまでになってしまったのだ。
 
 最初の料理は楓が本気で作ったらしい。作ってる様子は見てないが、そう断言できる。だって、運んでいるのを見たら、オムライスがあのぱっかーんって開くタイプのだった。一応全員作れるようになったとは言っていたが、あの完成度は間違いなく楓のそれだ。いくらなんでもやりすぎだ……。

 それを食べた最初のお客さんは感動のあまりか、しばらく震えながら食べていた。そして、携帯で連絡してお客さんをどんどん呼んで来たのだ。

 そして呼ばれたお客さんがさらにお客さんを呼ぶ。そうしているうちにお客さんはどんどん増えていく。さらに奥の教室に行けば滅茶苦茶上手い料理が食えるらしいぞと言う評判が駆け回り、ついには想定以上に入って来てしまった。

 楓の料理とか楓監修のレシピだから多分美味しいだろう。それは間違いないだろう。それでもここまで客を呼んでしまうとは……。将来カフェを開くなら楓も絶対に誘っておこうと心に誓った。

 ただ、運営は大変だった。次から次に入ってくるから、どう動かすのかかなり苦労した。あの席は食べ終わったから退席してもらって、あっちのテーブルには直ぐにコーヒーを出せるようにしてみたいな感じでとにかく目まぐるしく動き回った。この時だけは、楓の告白のことを忘れていられるくらい動き回れた。

 キツかったけど、将来を考えると非常に為になった。ひと段落して休み時間もなんとか取れた。ここから数十分は奏お姉ちゃんと一緒に回れる。

 ただ、いざその時間になるとまた楓の事がまたよぎりだしてきた。

「美優羽ちゃん? どうしたの?」

 一緒に回っている奏お姉ちゃんにも心配を掛けてしまっている。こっちに集中しなければ。

「あ、ちょっと疲れてたからぼーっとしたやってた。ごめん」

「そうだよねぇ。疲れたよねぇ」

 奏お姉ちゃんも同意してくれた。そのお陰で誤魔化す事ができた。今のうちに、なんとかしないと。

 でも、なんとかするってどうやって? 何をして? なんとかってどういう事? そもそも私は奏お姉ちゃんが本当に好きなのか? いや、そもそも好きって一体なんなのか?

 頭がこんがらがってきた。

「み、美優羽ちゃん……。なんか変な顔になってるよ?」

「あっ、ごめん。私は平気だから、大丈夫よ! それで、どこに行くんだっけ?」

「演劇部のとこだよぉ」

 演劇部か。そういえば今日使った小道具とかを展示してるんだっけ? 全然覚えてないけど、奏お姉ちゃんに似合うかもなあと思った。

 階段を降りて、1階の美術室の隣が演劇部室だ。何度も言うが、今日の演目がなんだったかはまるで覚えていない。ただ、小道具を見るに中世を舞台とした作品のようだ。なるほど。

 手前側は仮面やタキシードなどが置かれてる。これはかっこいいね。それしか感想が浮かばない。本来なら奏お姉ちゃんに似合うとかどうこう言えるが、今はそれが考えられない。

 私は奏お姉ちゃんが本当に好きなのか。好きなら何が好きなのか。そもそも好きってどういう感情なのか。そればかりが頭に浮かぶ。

 それじゃダメなのに。ダメなのに、ずっとそればかり。そればかりに頭が行ってしまう。けど、それがわからないと楓に返事ができないし、うーん…………。そう悩んでいる時だった。

「美優羽ちゃん! これどう?」

 銀のティアラに、水色のウエディングベールを身に纏った奏お姉ちゃんがいた。くるりとその場で回る。ベールもヒラヒラと綺麗に舞っている。

 似合っている。かわいい。この姿をいつまでも見ていたい。それを独占していたい。自分だけの景色にしていたい。その笑顔を私はいつまでも目に焼き付けていたい。今すぐ抱きしめたい。抱きしめてキスしたい。素敵すぎる。

 そうか。これか。これが好きっていう感情か。それならば、私は奏お姉ちゃんが大好きなんだ。大好きで間違いないんだ。ならば、楓に言える答えは一つだ。私は吹っ切れた。

「似合ってるわよ、お姉ちゃん」

 私はとびっきりの笑顔で答えた。奏お姉ちゃんは嬉しそうにしている。

「ありがとう美優羽ちゃん! じゃあ美優羽ちゃんも、どうぞ」

 そう言って、私にティアラとベールを被せてきた。私はそれをそのまま受け取った。

「美優羽ちゃんも似合ってるよ! かわいいよ!」

 奏お姉ちゃんは興奮気味だ。私の姿、そんなに似合っているのだろうか。けど、奏お姉ちゃんがそう言うんだからきっとそうなんだろう。そう言うことにしておこう。

「わかったわ。ありがとう、奏お姉ちゃん」

 私は奏お姉ちゃんの手を握ってそう言った。




「それで、返事だけどやっぱり私はお姉ちゃんが好きだから、楓の気持ちには答えられないわ」

 放課後の教室で、私ははっきりと楓に断りを入れた。楓は泣くかもと思っていたけど、一才そんな素ぶりを見せなかった。

「そうですか。残念ですけど、仕方ないですね。ですけど、こうやって想いを伝えられてよかったです」

 晴々とした表情をしていた。後悔など微塵も感じられない、そんな姿だ。

「これからは友達として、美優羽さんの恋を全力で応援しますので! 美優羽さん、頑張りましょうね!」

 楓は私の手を握って励ましてくれた。本当にフラれた人なのかと思いたくなる態度だ。

「わ、わかったわ。けど、どうして楓はそう言うのがわかったのかしら?」

 私は思ってたことをぶつけた。

「美優羽さんの態度に出まくってるからですよ。ここで言うのもなんですが……奏さん以外のクラスメイト全員知ってますよ」

 な、なんと言うことか……。私は隠せているつもりだったのに、全然できてなかったと言うことか……。だからこれまでの行動は滑稽だったってこと? 恥ずかしさで体温が急上昇してきた。

「ま、まあ。今度からは色んな人に協力を仰ぎましょう。そうすれば上手くいきますよ。絶対」

 楓からはそう励まされたが、私は恥ずかしさでしばらく顔を上げられなかった。




 文化祭。二人きりだったのに結局わからないままだったなあ。

 けど、これから分かればいいや。美優羽ちゃんには少し迷惑かけるかもしれないけど、きっと許してくれるよね。

 だから、早く答えを見つけよう。

 ベットの上でぎゅっとペンギンのくぅちゃんを抱きしめた。