それから私は毎日ガトーショコラを作り続けた。作り続ける毎に1分くらいではあるが、作る時間が減ったような気がしてきた。味の方も段々と良くなってきた。
3日目くらいで琴姉はこれで良いんじゃないか、もう練習はしなくていいんじゃないかと言ってきた。
確かに味の方はこれ以上良くなる可能性はなさそうだった。けど、本番はワンミスも許されない。練習で完璧に出来て初めて本番でも上手くできるのだ。だから私は作り続けた。
そんな感じで本番のバレンタインデーに向けて作り続けたいた1日前に、事件は起きた。
それは私が奏お姉ちゃんの部屋を訪れた時だった。
「あ、あのね。お姉ちゃんは14日は何時くらいに家に帰ってくる?」
私は足を少しモジモジさせながら、聞いてみた。聞いた理由は奏お姉ちゃんが家に帰ってくるタイミングで完成したガトーショコラを渡したいからだ。
いつもは生徒会の仕事が終わってからだから18時頃くらいになるから、おそらくそのくらいの時間だろう。私はそう思っていた。
「えっとねえ。8時過ぎるかもしれないかなあ。だから、ご飯は先に食べておいていいよ」
思いもよらない答えだった。
「ど、どどどどうしてそんなに遅いの⁈」
私はしどろもどろに奏お姉ちゃんに問いかける。すると奏お姉ちゃんは微笑みながらこう返してきた。
「えっと、樹くんの家に行くんだ。それでね……――――――――」
樹くん? それって男の子の名前……。つ、つまり、おっ、男の子の家に行く⁈ 私はショックのあまりその後に言っていた言葉が全く聞こえなかった。
「――――っていう事なの」
奏お姉ちゃんは満面の笑みを浮かべる。目がとても喜んでいる。こんな目をした奏お姉ちゃんは見たことがない。
「あ、うん……。わかったわ。じゃあね…………」
私は力無く、重い足取りで奏お姉ちゃんの部屋を後にした。そこから何をしたのか記憶がなく、気づいたらパジャマを着てベッドの上に横たわっていた。
バレンタインデーに男の子の家で二人でなんて。それはもう恋人になりますよって宣言しているようなものではないか。お姉ちゃんが……、奏お姉ちゃんが…………。
私は涙が止まらなくなった。自分が知らないだけで、奏お姉ちゃんは遠くへ旅立っていた。自分の知らないうちに奏お姉ちゃんは他人のものになっていた。
なんで私はもっと素直になれなかったんだろう。もっと積極的になれなかったんだろう。チャンスはあったはずだ。
中学の修学旅行の時の自由行動で二人っきりになれた時とか、文化祭で一緒に回った時とか。チャンスはたくさんあったはずだ。受け入れてくれたかはわからない。けど、その確認すらできずに私の恋は終わらせなきゃいけない。
私は素直になれなかった自分を悔いた。ひたすら悔いた。こんなに自分の中で後悔することは今までなかった。
でももう後悔しても遅い。奏お姉ちゃんをちゃんと祝ってあげないと。そう心を切り替えようと必死に思った。
だけど、それが出来ない。浮かんでくるのは奏お姉ちゃんへの想いと後悔だけだ。涙がずっと止まらない。
寝る時間はとうに過ぎているはずなのに、全くそんな気が起きない。後悔と想いを抱えながら過ごしていると、朝日が見えてきた。私はとうとう一睡もできなかった。
「朝ご飯……、作らないと……」
この家のご飯担当は私だ。眠っていないが作らないといけない。私は重たすぎる身体をなんとか起こして、自室から一階のキッチンへと上がらない足をひきづりながら向かった。
キッチンに着くと灯りがついていた。
「エナドリあるかなあー。おはよう美優羽、って顔やばいぞ。昨日からだけど何かあったのか」
冷蔵庫を物色していたであろう琴姉から心配そうに声を掛けられる。私は琴姉なら話を聞いてくれるだろうと思った。
「お姉ちゃんが……。奏お姉ちゃんが……」
話しながら何度涙したことだろうか。私はここに至るまでの経緯を途中言葉に詰まりながら琴姉に話した。
「そうか。それは辛いよなあ。私は経験したことないけど、失恋って辛いよなあ」
背中を丸めうずくまる私を琴姉は背中を優しくさすってくれた。
「今日の朝食は私がどうにかしとくから、部屋に戻ってろ。学校も休んでいいから」
そう言って私を部屋へと琴姉は連れていってくれた。
それからしばらく私は部屋のベッドで放心状態になり、ぼーっとしていた。途中何度か琴姉が食事を運んできたが、私は全く食べる気が起きなかった。
それでも琴姉は文句も言わず、黙って残した食事を運んでいってくれた。
学校も休んだので、友達からの連絡が鳴り止まなかった。私は簡単な返信だけをして、あとは何もせずにじっとしていた。
部屋に閉じこもっていても時間が流れるのは早いもので、気づけば午後6時近くになっていた。
奏お姉ちゃん8時には返ってくるって言ってたなあ。力が湧かないけど、ガトーショコラを作らないといけないって気分にはなっていた。作ったところで何の意味もないけど、作るだけ作ろうか。お姉ちゃんの為に。
私はキッチンへと足を運んでいた。
琴姉からは大丈夫か、と声を掛けられたけど私は軽く大丈夫とだけ返して作り始めた。
今日のガトーショコラははっきり言って最悪の出来に近かった。
メレンゲがイマイチ泡立たなかったし、チョコを溶かす時にバターを入れ忘そうになったし、その他にも信じられないミスを連発した。
それでもなんとか完成させることができた。
完成したガトーショコラをリビングのテーブルに置き、じっと座り込んでいた。
奏お姉ちゃんが帰って来れば、聞きたくない報告を聞かなければならない。けど、それは奏お姉ちゃんにとっては喜ばしい事だから祝福しないといけない。何ともいえない気持ちの板挟みだ。
どちらの言葉が先に出るんだろうか。どっちの気持ちが強く出るんだろうか。その時私はどんな顔をしているんだろうか。この迷いが消えることはなかった。
ピンポーン。
チャイムの音が鳴り響く。きっと奏お姉ちゃんが帰ってきたんだ。煮え切らないまま私は玄関へと向かい鍵を開けた。ドアを開くとやはり奏お姉ちゃんだった。
3日目くらいで琴姉はこれで良いんじゃないか、もう練習はしなくていいんじゃないかと言ってきた。
確かに味の方はこれ以上良くなる可能性はなさそうだった。けど、本番はワンミスも許されない。練習で完璧に出来て初めて本番でも上手くできるのだ。だから私は作り続けた。
そんな感じで本番のバレンタインデーに向けて作り続けたいた1日前に、事件は起きた。
それは私が奏お姉ちゃんの部屋を訪れた時だった。
「あ、あのね。お姉ちゃんは14日は何時くらいに家に帰ってくる?」
私は足を少しモジモジさせながら、聞いてみた。聞いた理由は奏お姉ちゃんが家に帰ってくるタイミングで完成したガトーショコラを渡したいからだ。
いつもは生徒会の仕事が終わってからだから18時頃くらいになるから、おそらくそのくらいの時間だろう。私はそう思っていた。
「えっとねえ。8時過ぎるかもしれないかなあ。だから、ご飯は先に食べておいていいよ」
思いもよらない答えだった。
「ど、どどどどうしてそんなに遅いの⁈」
私はしどろもどろに奏お姉ちゃんに問いかける。すると奏お姉ちゃんは微笑みながらこう返してきた。
「えっと、樹くんの家に行くんだ。それでね……――――――――」
樹くん? それって男の子の名前……。つ、つまり、おっ、男の子の家に行く⁈ 私はショックのあまりその後に言っていた言葉が全く聞こえなかった。
「――――っていう事なの」
奏お姉ちゃんは満面の笑みを浮かべる。目がとても喜んでいる。こんな目をした奏お姉ちゃんは見たことがない。
「あ、うん……。わかったわ。じゃあね…………」
私は力無く、重い足取りで奏お姉ちゃんの部屋を後にした。そこから何をしたのか記憶がなく、気づいたらパジャマを着てベッドの上に横たわっていた。
バレンタインデーに男の子の家で二人でなんて。それはもう恋人になりますよって宣言しているようなものではないか。お姉ちゃんが……、奏お姉ちゃんが…………。
私は涙が止まらなくなった。自分が知らないだけで、奏お姉ちゃんは遠くへ旅立っていた。自分の知らないうちに奏お姉ちゃんは他人のものになっていた。
なんで私はもっと素直になれなかったんだろう。もっと積極的になれなかったんだろう。チャンスはあったはずだ。
中学の修学旅行の時の自由行動で二人っきりになれた時とか、文化祭で一緒に回った時とか。チャンスはたくさんあったはずだ。受け入れてくれたかはわからない。けど、その確認すらできずに私の恋は終わらせなきゃいけない。
私は素直になれなかった自分を悔いた。ひたすら悔いた。こんなに自分の中で後悔することは今までなかった。
でももう後悔しても遅い。奏お姉ちゃんをちゃんと祝ってあげないと。そう心を切り替えようと必死に思った。
だけど、それが出来ない。浮かんでくるのは奏お姉ちゃんへの想いと後悔だけだ。涙がずっと止まらない。
寝る時間はとうに過ぎているはずなのに、全くそんな気が起きない。後悔と想いを抱えながら過ごしていると、朝日が見えてきた。私はとうとう一睡もできなかった。
「朝ご飯……、作らないと……」
この家のご飯担当は私だ。眠っていないが作らないといけない。私は重たすぎる身体をなんとか起こして、自室から一階のキッチンへと上がらない足をひきづりながら向かった。
キッチンに着くと灯りがついていた。
「エナドリあるかなあー。おはよう美優羽、って顔やばいぞ。昨日からだけど何かあったのか」
冷蔵庫を物色していたであろう琴姉から心配そうに声を掛けられる。私は琴姉なら話を聞いてくれるだろうと思った。
「お姉ちゃんが……。奏お姉ちゃんが……」
話しながら何度涙したことだろうか。私はここに至るまでの経緯を途中言葉に詰まりながら琴姉に話した。
「そうか。それは辛いよなあ。私は経験したことないけど、失恋って辛いよなあ」
背中を丸めうずくまる私を琴姉は背中を優しくさすってくれた。
「今日の朝食は私がどうにかしとくから、部屋に戻ってろ。学校も休んでいいから」
そう言って私を部屋へと琴姉は連れていってくれた。
それからしばらく私は部屋のベッドで放心状態になり、ぼーっとしていた。途中何度か琴姉が食事を運んできたが、私は全く食べる気が起きなかった。
それでも琴姉は文句も言わず、黙って残した食事を運んでいってくれた。
学校も休んだので、友達からの連絡が鳴り止まなかった。私は簡単な返信だけをして、あとは何もせずにじっとしていた。
部屋に閉じこもっていても時間が流れるのは早いもので、気づけば午後6時近くになっていた。
奏お姉ちゃん8時には返ってくるって言ってたなあ。力が湧かないけど、ガトーショコラを作らないといけないって気分にはなっていた。作ったところで何の意味もないけど、作るだけ作ろうか。お姉ちゃんの為に。
私はキッチンへと足を運んでいた。
琴姉からは大丈夫か、と声を掛けられたけど私は軽く大丈夫とだけ返して作り始めた。
今日のガトーショコラははっきり言って最悪の出来に近かった。
メレンゲがイマイチ泡立たなかったし、チョコを溶かす時にバターを入れ忘そうになったし、その他にも信じられないミスを連発した。
それでもなんとか完成させることができた。
完成したガトーショコラをリビングのテーブルに置き、じっと座り込んでいた。
奏お姉ちゃんが帰って来れば、聞きたくない報告を聞かなければならない。けど、それは奏お姉ちゃんにとっては喜ばしい事だから祝福しないといけない。何ともいえない気持ちの板挟みだ。
どちらの言葉が先に出るんだろうか。どっちの気持ちが強く出るんだろうか。その時私はどんな顔をしているんだろうか。この迷いが消えることはなかった。
ピンポーン。
チャイムの音が鳴り響く。きっと奏お姉ちゃんが帰ってきたんだ。煮え切らないまま私は玄関へと向かい鍵を開けた。ドアを開くとやはり奏お姉ちゃんだった。