午後1時にあと少しという時間帯に、私達は榛名ヶ丘に着いた。少し説明すると、榛名ヶ丘は5年前に出来たショッピングモールになる。中にはスーパーも含め180近くの店舗がある県内最大規模だ。駅からも近く、交通の弁も非常に良い。そのせいか、週末はとてつもない人が集まる場所になる。とりあえずこんなところだ。
榛名ヶ丘には主にお昼ご飯と奏お姉ちゃんの眼鏡と洋服を目当てにやってきた。他にも色々と見たり遊んだりするが、ひとまずはこの3つをやろうと決めている。
そんなわけで、まずはお昼ご飯だ。奏お姉ちゃんには好き嫌いが無い。基本どんなものでも食べられる。なので、店選びには困らないと普通は思う。思うじゃない? でもそうじゃないんだなぁ。実は少し苦労してしまうポイントがある。
それは、奏お姉ちゃんは結構な大食いであると言うことだ。いわゆる、痩せの大食いと言うやつだ。
その量は食べ盛りの男子すら凌駕してしまうんじゃないかと言うレベルだ。ちなみに、私はその半分も食べられるかが怪しい。好き嫌いがないのは一緒だが。私だけだったら、適当にいい感じの店でいい。しかし、奏お姉ちゃんとお出かけして店で何か食べる時は、安いけど量の多い店を選ぶ必要がある。
優しくて辛抱も出来る奏お姉ちゃんだから、そうじゃ無い店に行ってもいいんだけどそれだと奏お姉ちゃんがかわいそうだ。学校でのお昼ご飯は時間の関係で、あまり大きくない弁当にしている。休日のお昼くらい我慢はさせたくない。
あと、高い店で大食いをしようもんなら、確実にお財布に大ダメージは避けられない。お父さんとかお母さん、琴姉あたりに言えばその分を何らかの形で渡してくれるが、そう頼っていいわけではない。
だから、安くてそれなりに量のあるお店を選び必要がある。と言うわけで、私達はお店を探している。
「うーん。ここもちょっと高いねぇ……」
店先のメニュー表を見ながら、奏お姉ちゃんは残念そうに呟いていた。メニュー表の釜で炊いたご飯は美味しそうだが、2200円は流石に出しずらい。量も少ないし。
「お姉ちゃんが満腹になるにはキツいわよねえ……」
「やっぱり、私が我慢した方がいいかな? そうすればカフェとかオシャレな店行けるだろうし」
「だ、ダメっ! お姉ちゃん遠慮するのダメ!」
私は奏お姉ちゃんをなんとか押し留める。とは言え店がないのも事実だ。まあ広い店だからいずれは見つかるだろうけど、それでもかれこれ10分以上はこんなやり取りを続けている気がする。
そろそろ見つけないといけないなあ……。そんなことを思いながら、次の店に目を移す。前来た時は見なかった店だから、新しい店かな? 店の前に置いてあるパンフのようなものを読んでみる。ふむふむ。麻婆豆腐の店で名前が神麻婆。
そこには有名な中華料理人のもとで修行して、直接レシピを教わったと書いてある。なら値段は高いんだろうなあ。……、いや、そうでもない。ご飯付きの大盛り麻婆豆腐が1000円。サンプルを見てもかなり大きそうだ。それで、担々麺、汁なし担々麺、酸辣湯麺のどれかをつけても1500円。しかも、ご飯はいくらでもおかわりが自由。これは、高コスパだ。うんっ! この店にしよう!
「「この店、いいんじゃない?」」
良店の発掘に思わずハモってしまった。私も奏お姉ちゃんも恥ずかしそうにしていた。
「じゃ、じゃあ、この店にしましょうか」
「そ、そうだねぇ」
若干の恥ずかしさを残したまま、店内へと入っていった。
店に入ると、まず入口付近にある券売機で食券を購入する。私は通常の量の麻婆豆腐とご飯のセット。これが700円だからかなり良心的だ。奏お姉ちゃんは酸辣湯麺と大盛りの麻婆豆腐のご飯セットを頼む。これが1500円なのだから採算が採れるのか心配なレベルだ。
ウエイターの女性から量多いですけど大丈夫ですかと聞かれたが、大丈夫ですと答えた。辛さも聞かれたので、普通でと答えた。少なめとか多めにもできるようだったが、辛すぎるのも嫌だし、辛くなくても拍子抜けするから、普通を選んだ。
その後厨房に近いテーブル席に案内された。少し手狭な店内には案内する人も含め、4人いるウエイターさんは女性ばかりだ。じゃあ、厨房の料理人は? もしかしたら女の人かな。そう思い厨房の方に目をやると男性の料理人が一人忙しそうに麻婆豆腐を作っていた。
女性ばかりだから、女性の人が作っているのかなと少し思っていただけだけにちょっぴり残念な気分になった。まあ勝手に期待してガッカリするのはどうかと思うから、この辺にしておこう。
しかし、一人で作っているのか。狭くてそこまで席数のない店とは言え大変じゃないかなと感じる。私達は並ばずに入ったが、店内のテーブルは見たところ満席。お昼時だから仕方ないだろうけど、私だったら誰かヘルプが欲しくなる。けど、そうしてないということは余程手際がいいのだろう。流石は職人。有名店で修行していただけある。これは期待して待つべきだろう。
「ねえねえ、美優羽ちゃん! ここの店調べたら最近できたばかりだけど、ネットでの評判がかなりいいみたいだよぉ!」
そう言って奏お姉ちゃんはスマホを見せてきた。本当だ。厳しいことで有名なレビューサイトで5段階評価で4になっているし、他のサイトも満点に近い評価だ。さらに、美味しい店を100店舗厳選した名店100選の中華版にも選ばれている。これには期待が膨らむ。
「ほんとだわ。これなら相当美味しいんじゃないかしら」
「だよね、だよねぇ。期待台だよねぇ」
奏お姉ちゃんもかなり楽しみにしているようだ。
「折角厨房近くの席だから、作る様子も見てみましょ」
「そうだねぇ」
私達は、厨房の方に目をやった。途中からだが、作っている様子を見られるみたいだ。これは楽しみだ。まず、白いプラスティック状の細長い箱を取り出す。そこから、挽肉のようなものを中華鍋に入れている。色合いを見るに加工済みのもののようだ。
「ひき肉かなりはいるねぇ」
「大量に作るから、あれくらい入れないと足りないんじゃない?」
「それもそうだねぇ」
奏お姉ちゃんはふむふむと頷いている。
調理の方は、ひき肉を入れた中華鍋に別の中華鍋で茹でている豆腐をお玉を使って入れていく。これもけっこう大量に入れているなあ。豆腐を入れたところで、れんげで味見をしている。豆腐を入れた所でそうするのは水が出て薄まったタイミングで味を確認したいからだろう。味見をした表情は渋い。すると今度は豆腐の入った中華鍋からお湯を入れている。濃ゆかったということだろう。
今度の味見ではうんうんと頷いている。丁度いい具合らしい。それで、今度は細長い容器から細かく切ったネギを入れる。ネギを入れ終えると、もう一つ中華鍋を取り出し、少しずつ加える。加え終えると、赤い豆板醤のようなものと、ラー油のようなものを入れていた。
なるほど。一人分ずつそうやって辛さを調整していくんだ。けっこう量を入れてたから、これは辛めかな? だとしたら私たちの分ではなさそうだ。少しだけ安心した。それから最後にボウルの中にある白い水溶き片栗粉のような液体を入れて完成のようだ。こうやって作るんだな。私たちの分が楽しみになってきた。
それから2分後。セットについてくるザーサイとワカメスープが運ばれてきた。ザーサイもワカメスープもなんの変哲もない普通のものだ。そして程なくして、私達の分の麻婆豆腐とご飯が運ばれてきた。
こ、これは……。赤い。かなり赤い。匂いからして辛そうな雰囲気が漂う。おかしいなあ。注文では普通にしたはずなのだが。
「うわー、赤いねえこれ。食べれるかなぁ」
奏お姉ちゃんも不安そうだ。私も不安で仕方がない。
「けど、頼んだからには食べないとねぇ」
奏お姉ちゃんは言った。その通りだ。頼んだものを残すのは人としてどうかと思う。ここはなんとしてでも食べ切らないと。
それでは。まずは一口。パクリ。
口に入れた途端、辛さと言う暴力が一気に襲いかかってくる。それは辛さと言う次元を超越してちょっとした痛みになってくる。辛い、辛い、痛い、辛い。このループが舌を襲う。
だけど、美味しい。美味しすぎる。舌がやられてるからそう感じる? いや、違う。そのせいでは絶対にない。とてつもない辛さの中に、しっかりとした旨味と深いコクがしっかりと辛さに負けることなく主張してくるのだ。
この味は私、いや、どんな家庭でも食品メーカーでも絶対に出すことが出来ない味だ。塩味も絶妙な具合に決まっている。凄い味だ。辛いだけの麻婆豆腐は食べたことあるが、ここまで凄味のあるものは初めてだ。私は全身を雷で打たれたかのような衝撃に包まれる。
その衝撃は次の一口、次の一口へと手を進ませる。その上、お米が欲しくなって仕方がない。普段のペースではありえないスピードで、お茶碗のご飯が消化されていく。そして気がつくと、お茶碗のご飯は消失していた。これはおかわりが必要だ。ご飯なしに食べることは絶対に出来ない。私はウエイターさんを呼んでご飯のおかわりを頼もうとした。
「「すみませーん」」
あっ、と声が出てしまう。奏お姉ちゃんも同時におかわりを要求していたようだ。またしても少し恥ずかしくなってしまう。それに構わずウエイターさんがこちらへとやってくる。私は二人分のご飯のおかわりを告げ、お茶碗を渡した。
「凄い味だよねぇ。これ、美味しいとかそんな次元じゃないよ!」
奏お姉ちゃんは興奮気味に語った。私は一言一句その通りだと、首を縦に頷いた。
「辛くて食べれないかと思ったけど、そんなことないねぇ」
「そうね。これは凄い味ね。流石は100選だわ」
そんなことを言っていると、おかわりのご飯と一緒に奏お姉ちゃんの酸辣湯麺も運ばれてきた。麻婆豆腐がここまで凄いんだから、酸辣湯麺も少し気になってきた。
「お姉ちゃん。ちょっと一口貰ってもいい?」
私がそう聞くと、
「うん、いいよぉ」
奏お姉ちゃんは快く受け入れてくれた。と言うわけで、一口頂く。ズルズル。
うん。美味しい。これも絶品だ。酸味の中にとてつもない旨味が濃縮されている。麺もしっかりとした食感があって、麺、スープともに隙が全くない。これだけ食べに来てもいいレベルだ。これも家庭では到底出せない味だろう。
「美優羽ちゃん、どう?」
「美味しいわ。私じゃ作れないレベル。お姉ちゃんも美味しいと思うはずよ」
私が少し微笑んでそう言うと、奏お姉ちゃんもズルズルと麺をすする。すすり終えると笑顔を見せていた。
「美優羽ちゃんの言う通りだねぇ。これも美味しい。何食べても美味しいって凄いよこのお店」
奏お姉ちゃんも大満足のようだ。量とコスパだけで選んだ店だが、それ以上の満足感を得ることが出来ている。
「そうね。本当にいいお店見つけたわね」
私はそう答えた。それから食べながらだが、奏お姉ちゃんの食べている様子もこっそり観察した。はふはふとご飯を口一杯に頬張る。今度は麻婆豆腐に手を出すと、またご飯をかき込んで行く。これは、まるでリスが餌を食べているみたいだ。小動物みたいでかわいいなあ。
そして、時々水をごくん、ごくんと飲む。食べるのに一生懸命なのが本当に伝わってくる。それに美味しいものを食べているから、幸せなんだろうなあと言うのが十二分に伝わってくる。この様子を厨房で作っている人に見せてあげたいくらいだ。きっと喜んでくれるし、かわいいということもわかってくれるだろう。
けど、他の人にこんな様子を見られるのもなんか嫌だなあ。出来るなら独占していたいなあ。独り占めして、自分だけのものにしていたい。どうしようかな。どうすれば独り占めできるかなあ。そんなことを考えている時だった。
「美優羽ちゃん、私をずっと見てどうしたの?」
奏お姉ちゃんが少し心配そうに私に声をかけてきた。ちょっと奏お姉ちゃんに集中しすぎていたようだ。なんでもないわよ、と返して私は麻婆豆腐に再び手をつけ始めた。まあ、独占するのは難しいよね。食べている様子を隠すことなんてできないし、そんな顔して食べるなとも言えないし。
ただ、多く見ることは出来るかな。私がご飯を作るんだから、こんな表情がいっぱい出るように美味しいご飯をいっぱい作ろう。そうすればいいや。私はそう考えることにした。
それから食べ終わるまで、私はさっきの分に加えてもう1杯おかわりをすることになった。自分でも驚くくらい食べられた。一方の奏お姉ちゃんはさらに5杯追加していた。どれだけ食べても料金は変わらないし、奏お姉ちゃんが満足できたようなので大丈夫だ。
最初は赤くて辛そうで食べられないかもなんて思っていたが、そんなことを考えていた自分を恥じたくなるくらい美味しいお店だった。今度は琴姉や唄姉さんも連れてからこよう。私はそう誓った。
榛名ヶ丘には主にお昼ご飯と奏お姉ちゃんの眼鏡と洋服を目当てにやってきた。他にも色々と見たり遊んだりするが、ひとまずはこの3つをやろうと決めている。
そんなわけで、まずはお昼ご飯だ。奏お姉ちゃんには好き嫌いが無い。基本どんなものでも食べられる。なので、店選びには困らないと普通は思う。思うじゃない? でもそうじゃないんだなぁ。実は少し苦労してしまうポイントがある。
それは、奏お姉ちゃんは結構な大食いであると言うことだ。いわゆる、痩せの大食いと言うやつだ。
その量は食べ盛りの男子すら凌駕してしまうんじゃないかと言うレベルだ。ちなみに、私はその半分も食べられるかが怪しい。好き嫌いがないのは一緒だが。私だけだったら、適当にいい感じの店でいい。しかし、奏お姉ちゃんとお出かけして店で何か食べる時は、安いけど量の多い店を選ぶ必要がある。
優しくて辛抱も出来る奏お姉ちゃんだから、そうじゃ無い店に行ってもいいんだけどそれだと奏お姉ちゃんがかわいそうだ。学校でのお昼ご飯は時間の関係で、あまり大きくない弁当にしている。休日のお昼くらい我慢はさせたくない。
あと、高い店で大食いをしようもんなら、確実にお財布に大ダメージは避けられない。お父さんとかお母さん、琴姉あたりに言えばその分を何らかの形で渡してくれるが、そう頼っていいわけではない。
だから、安くてそれなりに量のあるお店を選び必要がある。と言うわけで、私達はお店を探している。
「うーん。ここもちょっと高いねぇ……」
店先のメニュー表を見ながら、奏お姉ちゃんは残念そうに呟いていた。メニュー表の釜で炊いたご飯は美味しそうだが、2200円は流石に出しずらい。量も少ないし。
「お姉ちゃんが満腹になるにはキツいわよねえ……」
「やっぱり、私が我慢した方がいいかな? そうすればカフェとかオシャレな店行けるだろうし」
「だ、ダメっ! お姉ちゃん遠慮するのダメ!」
私は奏お姉ちゃんをなんとか押し留める。とは言え店がないのも事実だ。まあ広い店だからいずれは見つかるだろうけど、それでもかれこれ10分以上はこんなやり取りを続けている気がする。
そろそろ見つけないといけないなあ……。そんなことを思いながら、次の店に目を移す。前来た時は見なかった店だから、新しい店かな? 店の前に置いてあるパンフのようなものを読んでみる。ふむふむ。麻婆豆腐の店で名前が神麻婆。
そこには有名な中華料理人のもとで修行して、直接レシピを教わったと書いてある。なら値段は高いんだろうなあ。……、いや、そうでもない。ご飯付きの大盛り麻婆豆腐が1000円。サンプルを見てもかなり大きそうだ。それで、担々麺、汁なし担々麺、酸辣湯麺のどれかをつけても1500円。しかも、ご飯はいくらでもおかわりが自由。これは、高コスパだ。うんっ! この店にしよう!
「「この店、いいんじゃない?」」
良店の発掘に思わずハモってしまった。私も奏お姉ちゃんも恥ずかしそうにしていた。
「じゃ、じゃあ、この店にしましょうか」
「そ、そうだねぇ」
若干の恥ずかしさを残したまま、店内へと入っていった。
店に入ると、まず入口付近にある券売機で食券を購入する。私は通常の量の麻婆豆腐とご飯のセット。これが700円だからかなり良心的だ。奏お姉ちゃんは酸辣湯麺と大盛りの麻婆豆腐のご飯セットを頼む。これが1500円なのだから採算が採れるのか心配なレベルだ。
ウエイターの女性から量多いですけど大丈夫ですかと聞かれたが、大丈夫ですと答えた。辛さも聞かれたので、普通でと答えた。少なめとか多めにもできるようだったが、辛すぎるのも嫌だし、辛くなくても拍子抜けするから、普通を選んだ。
その後厨房に近いテーブル席に案内された。少し手狭な店内には案内する人も含め、4人いるウエイターさんは女性ばかりだ。じゃあ、厨房の料理人は? もしかしたら女の人かな。そう思い厨房の方に目をやると男性の料理人が一人忙しそうに麻婆豆腐を作っていた。
女性ばかりだから、女性の人が作っているのかなと少し思っていただけだけにちょっぴり残念な気分になった。まあ勝手に期待してガッカリするのはどうかと思うから、この辺にしておこう。
しかし、一人で作っているのか。狭くてそこまで席数のない店とは言え大変じゃないかなと感じる。私達は並ばずに入ったが、店内のテーブルは見たところ満席。お昼時だから仕方ないだろうけど、私だったら誰かヘルプが欲しくなる。けど、そうしてないということは余程手際がいいのだろう。流石は職人。有名店で修行していただけある。これは期待して待つべきだろう。
「ねえねえ、美優羽ちゃん! ここの店調べたら最近できたばかりだけど、ネットでの評判がかなりいいみたいだよぉ!」
そう言って奏お姉ちゃんはスマホを見せてきた。本当だ。厳しいことで有名なレビューサイトで5段階評価で4になっているし、他のサイトも満点に近い評価だ。さらに、美味しい店を100店舗厳選した名店100選の中華版にも選ばれている。これには期待が膨らむ。
「ほんとだわ。これなら相当美味しいんじゃないかしら」
「だよね、だよねぇ。期待台だよねぇ」
奏お姉ちゃんもかなり楽しみにしているようだ。
「折角厨房近くの席だから、作る様子も見てみましょ」
「そうだねぇ」
私達は、厨房の方に目をやった。途中からだが、作っている様子を見られるみたいだ。これは楽しみだ。まず、白いプラスティック状の細長い箱を取り出す。そこから、挽肉のようなものを中華鍋に入れている。色合いを見るに加工済みのもののようだ。
「ひき肉かなりはいるねぇ」
「大量に作るから、あれくらい入れないと足りないんじゃない?」
「それもそうだねぇ」
奏お姉ちゃんはふむふむと頷いている。
調理の方は、ひき肉を入れた中華鍋に別の中華鍋で茹でている豆腐をお玉を使って入れていく。これもけっこう大量に入れているなあ。豆腐を入れたところで、れんげで味見をしている。豆腐を入れた所でそうするのは水が出て薄まったタイミングで味を確認したいからだろう。味見をした表情は渋い。すると今度は豆腐の入った中華鍋からお湯を入れている。濃ゆかったということだろう。
今度の味見ではうんうんと頷いている。丁度いい具合らしい。それで、今度は細長い容器から細かく切ったネギを入れる。ネギを入れ終えると、もう一つ中華鍋を取り出し、少しずつ加える。加え終えると、赤い豆板醤のようなものと、ラー油のようなものを入れていた。
なるほど。一人分ずつそうやって辛さを調整していくんだ。けっこう量を入れてたから、これは辛めかな? だとしたら私たちの分ではなさそうだ。少しだけ安心した。それから最後にボウルの中にある白い水溶き片栗粉のような液体を入れて完成のようだ。こうやって作るんだな。私たちの分が楽しみになってきた。
それから2分後。セットについてくるザーサイとワカメスープが運ばれてきた。ザーサイもワカメスープもなんの変哲もない普通のものだ。そして程なくして、私達の分の麻婆豆腐とご飯が運ばれてきた。
こ、これは……。赤い。かなり赤い。匂いからして辛そうな雰囲気が漂う。おかしいなあ。注文では普通にしたはずなのだが。
「うわー、赤いねえこれ。食べれるかなぁ」
奏お姉ちゃんも不安そうだ。私も不安で仕方がない。
「けど、頼んだからには食べないとねぇ」
奏お姉ちゃんは言った。その通りだ。頼んだものを残すのは人としてどうかと思う。ここはなんとしてでも食べ切らないと。
それでは。まずは一口。パクリ。
口に入れた途端、辛さと言う暴力が一気に襲いかかってくる。それは辛さと言う次元を超越してちょっとした痛みになってくる。辛い、辛い、痛い、辛い。このループが舌を襲う。
だけど、美味しい。美味しすぎる。舌がやられてるからそう感じる? いや、違う。そのせいでは絶対にない。とてつもない辛さの中に、しっかりとした旨味と深いコクがしっかりと辛さに負けることなく主張してくるのだ。
この味は私、いや、どんな家庭でも食品メーカーでも絶対に出すことが出来ない味だ。塩味も絶妙な具合に決まっている。凄い味だ。辛いだけの麻婆豆腐は食べたことあるが、ここまで凄味のあるものは初めてだ。私は全身を雷で打たれたかのような衝撃に包まれる。
その衝撃は次の一口、次の一口へと手を進ませる。その上、お米が欲しくなって仕方がない。普段のペースではありえないスピードで、お茶碗のご飯が消化されていく。そして気がつくと、お茶碗のご飯は消失していた。これはおかわりが必要だ。ご飯なしに食べることは絶対に出来ない。私はウエイターさんを呼んでご飯のおかわりを頼もうとした。
「「すみませーん」」
あっ、と声が出てしまう。奏お姉ちゃんも同時におかわりを要求していたようだ。またしても少し恥ずかしくなってしまう。それに構わずウエイターさんがこちらへとやってくる。私は二人分のご飯のおかわりを告げ、お茶碗を渡した。
「凄い味だよねぇ。これ、美味しいとかそんな次元じゃないよ!」
奏お姉ちゃんは興奮気味に語った。私は一言一句その通りだと、首を縦に頷いた。
「辛くて食べれないかと思ったけど、そんなことないねぇ」
「そうね。これは凄い味ね。流石は100選だわ」
そんなことを言っていると、おかわりのご飯と一緒に奏お姉ちゃんの酸辣湯麺も運ばれてきた。麻婆豆腐がここまで凄いんだから、酸辣湯麺も少し気になってきた。
「お姉ちゃん。ちょっと一口貰ってもいい?」
私がそう聞くと、
「うん、いいよぉ」
奏お姉ちゃんは快く受け入れてくれた。と言うわけで、一口頂く。ズルズル。
うん。美味しい。これも絶品だ。酸味の中にとてつもない旨味が濃縮されている。麺もしっかりとした食感があって、麺、スープともに隙が全くない。これだけ食べに来てもいいレベルだ。これも家庭では到底出せない味だろう。
「美優羽ちゃん、どう?」
「美味しいわ。私じゃ作れないレベル。お姉ちゃんも美味しいと思うはずよ」
私が少し微笑んでそう言うと、奏お姉ちゃんもズルズルと麺をすする。すすり終えると笑顔を見せていた。
「美優羽ちゃんの言う通りだねぇ。これも美味しい。何食べても美味しいって凄いよこのお店」
奏お姉ちゃんも大満足のようだ。量とコスパだけで選んだ店だが、それ以上の満足感を得ることが出来ている。
「そうね。本当にいいお店見つけたわね」
私はそう答えた。それから食べながらだが、奏お姉ちゃんの食べている様子もこっそり観察した。はふはふとご飯を口一杯に頬張る。今度は麻婆豆腐に手を出すと、またご飯をかき込んで行く。これは、まるでリスが餌を食べているみたいだ。小動物みたいでかわいいなあ。
そして、時々水をごくん、ごくんと飲む。食べるのに一生懸命なのが本当に伝わってくる。それに美味しいものを食べているから、幸せなんだろうなあと言うのが十二分に伝わってくる。この様子を厨房で作っている人に見せてあげたいくらいだ。きっと喜んでくれるし、かわいいということもわかってくれるだろう。
けど、他の人にこんな様子を見られるのもなんか嫌だなあ。出来るなら独占していたいなあ。独り占めして、自分だけのものにしていたい。どうしようかな。どうすれば独り占めできるかなあ。そんなことを考えている時だった。
「美優羽ちゃん、私をずっと見てどうしたの?」
奏お姉ちゃんが少し心配そうに私に声をかけてきた。ちょっと奏お姉ちゃんに集中しすぎていたようだ。なんでもないわよ、と返して私は麻婆豆腐に再び手をつけ始めた。まあ、独占するのは難しいよね。食べている様子を隠すことなんてできないし、そんな顔して食べるなとも言えないし。
ただ、多く見ることは出来るかな。私がご飯を作るんだから、こんな表情がいっぱい出るように美味しいご飯をいっぱい作ろう。そうすればいいや。私はそう考えることにした。
それから食べ終わるまで、私はさっきの分に加えてもう1杯おかわりをすることになった。自分でも驚くくらい食べられた。一方の奏お姉ちゃんはさらに5杯追加していた。どれだけ食べても料金は変わらないし、奏お姉ちゃんが満足できたようなので大丈夫だ。
最初は赤くて辛そうで食べられないかもなんて思っていたが、そんなことを考えていた自分を恥じたくなるくらい美味しいお店だった。今度は琴姉や唄姉さんも連れてからこよう。私はそう誓った。