私、雪街美優羽(ゆきまちみゆう)は四人姉妹の末っ子。成績も運動能力も顔も至って普通な16歳。普通の進学校に通う女子高生だ。

 そんな私には好きな人がいる。それは私の双子の姉である雪街奏(ゆきまちかなで)だ。

 これを聞いている皆様が言いたいことは重々承知である。普通好きになるのは赤の他人だろ、と。

 学校の先輩後輩、同級生、クラスメイト。近所のお兄さんやお姉さん、弟分や妹分などというのがノーマルな恋愛だろう。

 何故にお前は姉それも双子の姉が好きなのか。そう言われても仕方ないとは思う。

 だが、私は産まれた瞬間から奏お姉ちゃんのことが好きなのだ。深い理由はない。何か特別なエピソードがあったわけでもない。だけど大好きなのだ。

 これだけ聞くとただ姉妹として好きなだけなのじゃないかと言われるが、そうじゃない。

 奏お姉ちゃんの言動一つ一つにときめかされるしドキドキする。もっと近くにいたいと思うし、感情が大きく揺さぶられる。キスもしたいしなんならその先だってしたい。

 これを恋愛感情と言わずしてなんというのか。私には恋愛感情以外の言葉が見つからない。

 とにかく私は奏お姉ちゃんが大好きで大好きでたまらないのだ。

 奏お姉ちゃんは、成績優秀で運動神経も抜群。顔もかわいいし、優しくてクラスの人気者。いわゆる完璧な人間だ。

 そんな完璧人間に私のようなザ・普通が釣り合うのかと言われると、なんとも言えない。大多数は不釣り合いだと言うだろう。

 けれど、私はそんな奏お姉ちゃんと結ばれたい。将来は同棲して一緒にカフェなんかを開いて一緒に働く。それが私のささやかな夢なのだ。

 さて、世間では今バレンタインデーというのが近づいている。近年では友チョコなんてものもあるが、チョコといえば本来は愛を伝えるモノ。私は奏お姉ちゃんの本命チョコが欲しいのだ。

 チョコだけなら、優しい奏お姉ちゃんに頼めば幾らでもくれるだろう。

 だが、それじゃあ物足りない。大好きな奏お姉ちゃんの愛情がたっぷりと詰まったチョコじゃなければダメなのだ。

 しかし、奏お姉ちゃんは姉妹としての私は好きだろうが、恋愛感情のそれは持っていないだろう。なので、本命チョコを貰うというのは高い高いハードルがあるのだ。

 このハードルを超えるアイデアを残念ながら、今の私は持ち合わせていない。今家にいる中で頼れるのは、大学生の姉の琴葉(ことは)だけだろう。

 琴姉(ことねえ)――私が琴葉を呼ぶときに使っている呼び名――は私が奏お姉ちゃんを好きなことを知っている、数少ない人物だ。

 少しくらいはいいアイデアが出るのではないだろうか。私よりも年上だから。なので、私は隣の部屋の琴姉の部屋をノックした。




「で、本命チョコを貰う為のアドバイスが欲しいと……」

 琴姉はそう言うとハーッと大きな溜息を吐き、やれやれと言ったような表情を浮かべた。

「あのなあ……。相談する相手間違ってるだろ」

「だって、琴姉しかこの家で知ってる人いないんだもん」

 私は少し目をうるうるさせながら椅子に座る琴姉を見上げた。

「つったって、私がそう言う経験あるように思うか?」

 気怠そうに琴姉は答える。痛いとこを突かれた私はうっと声を上げた。

 琴姉はいいお姉ちゃんではある。どんな話でもとりあえずは聞いてくれるし、忙しい時でも邪険にしない。

 それに私に面白いネット小説なんかを教えてくれるし、奏お姉ちゃんが好きなことを知っても態度を一切変えることはなかった。

 そんな琴姉のことは好きだ。

 だけど容姿などは最悪に近い。折角の綺麗な白銀の髪はボサボサで、服装もダボダボのジャージ。顔は整っていて割と美人だがそれを相殺するかのようにいつも気怠そうにしている。

 部屋はキーボードとかギターのアンプとシールドとパソコンのケーブルなんかでぐっちゃぐちゃになってる。多少料理はできるが、それ以外の家事はテンでダメ。

 言っちゃ悪いが、こんな琴姉が恋愛経験があるとは思えない。相談相手としてミスマッチと言われればその通りである。

 それでも私の事情を知る数少ない相手。貴重な相談相手なのだ。だからこそ、何か一つでもいいからアドバイスが欲しいのだ。

「そんなこと言わないでよ琴姉ぇ。琴姉しか頼れないんだから何か一ついいアイデアを」

 私は縋る想いで琴姉に問いかける。琴姉はうーんと唸りながら右手を(あご)に当てた。それからしばらく無言が続いた後、琴姉は口を開いた。

「一番いいのは直接事情話して貰うって事だが。素直になれないツンデレ屋さんの美優羽にはハードルが高いよなあ」

 私は大きく頷いた。それができるなら相談すらしていない。そんな事を悟ってか琴姉は軽く苦笑いしていた。

「まあそうだろうな。そしたら、奏に強く印象付けるってくらいしかないだろうな」

 強く印象付ける、か。ただどうやって? 私は疑問が浮かんだ。

「とは言っても方法が思い浮かばんなあ。お色気は……顔はかわいいけど、無理だな」

 琴姉は私の貧相な身体を見て言った。ちょっとムッとしたがまあそうでしょうね、と納得した。

 同じような身体見て喜ぶのは私くらいで、奏お姉ちゃんには何も響かないだろう。

「ちょっと待ってな」

 琴姉はパソコンをパチパチと叩き始めた。

「なるほど……。恋愛テクニックで調べてみたんだが、例えば相手の価値観を認めるとかスキンシップを取るとか、名前で呼んであげるとかあるがどれか実行できそうなのはあるか?」

 私は頭をフル回転させて考える。奏お姉ちゃんの価値観を認める、スキンシップ、名前呼び……。

 ダメだ、どれも出来そうな気がしない。簡単そうな事だけど、どうしてもツンデレな私が邪魔をする。私はガクッと肩を落とした。

「ダメっぽいか……。それじゃあ方法は……いや待てよ?」

 琴姉は再び考え込み始めた。一体何の策があるというのだろうか? 少しして琴姉は口を開いた。

「本命チョコには本命をぶつけるんだよ」

「それって?」

「美優羽が本命チョコを作って渡せばいいのさ」

「ええええええええええええええええっ!」

 私は思わず大声を上げてしまった。

「で、でもそれってどうやって本命だってわかるようにするの?」

「奏の分だけ手作りにしてあとは全部既製品をあげればいい。そうすりゃ優しい奏だからその分をきっちり返してくれるだろうよ。本命で返ってくる保証はないが、僅かな可能性に賭けるならそれしかないと思う。まあ他の友達の分にかかるお金は発案者の私が出すよ。だから、賭けてみないか?」

 琴姉は優しく問いかけてきた。正直渡す時にツンツンしてうまく渡せる気はしない。

 でも、スキンシップを取ることや素直に言葉に表すことに比べれば、簡単なはずだ。ここでやらなくてどうする私! 私は勇気を振り絞った。

「やってみる。上手くいくかはわからないけどやってみる」

「分かった。それじゃ、試食役は私がやってやるからバンバン作ってくれ。最高のチョコを渡そう」

 琴姉はピシッと親指を立てた。

「琴姉もしかしてチョコが食べたいだけなんじゃ?」

「そ、ソンアコトナイヨー」

 私の言葉に琴姉は目線をズラして答えた。