「実はこの高校に来るまでに二回だけ、先輩に会ったことがあるんです。憶えていますか?」
衝撃の事実に驚いた。それもそうだ。今まで一度も会ったことないと思っていた人と、実は会ったことがあると言われたのだから。
「ごめん、憶えていない」
私は馬鹿正直に答えてしまった。これはやっちゃたなあと思った。だけど、朱理ちゃんは落ち込んだり、ため息を吐いてがっかりしたりはしていなかった。むしろ、クスッと笑っていた。
「まあ、そうですよね。憶えてなくていいんです」
朱理ちゃんはおどけてみせた。
「最初に会ったのは小学六年生の頃でした。友達と遊んだ帰りに自転車ごと電柱にぶつかって、それで倒れたんです。その時は痛みで動けなくて、ずっと立てなくて。だけど、側を通った人はみんな見知らぬ顔で、誰も助けてくれなくて……。このまま死んじゃうのかなあって思ってた時に手当てをしてくれた人が先輩でした。このタオル、見覚えありますよね。無いとは言わせませんよ」
そう言ってポケットから取り出したのは、少しくたびれた青地のミニタオルだった。私はハッと思い出した。
あれは、私が昔よく使っていたハンカチだ。誰かにあげたというのは憶えていたが、それが朱理ちゃんだったというのは驚きだ。
「うん。それ、私のだよね」
「そうですよ。この通り! ちゃーんと、裏のタグに名前が書かれていますよ」
朱理ちゃんは私に見せつけるように、その部分を見せてくれた。確かにこれは私の名前だ。所々滲んでいるが私の書いた字で間違いはない。
今までこうやって持っていてくれたことに、うれしさを感じられずにはいられなかった。
「これで止血してくれた時のこと、今でも憶えていますよ。凄く一生懸命で、それでいて笑顔で私を励ましてくれてたこと。こんな優しい人がいるんだなあって、すごく感動したんです」
朱里ちゃんは澄んだ瞳と声で語ってくれた。
「それが初めての出会いです。二回目は憶えていますか?」
「ちょっと待っててね」
私は頭の中にある記憶のタンスを片っ端から開けて探してみる。思い出すんだ。朱里ちゃんと入学式より前に会った記憶を。記憶を新しいものから順々に引っ張り出していく。
すると、去年の八月くらいのところで朱里ちゃんらしき顔が浮かび上がってきた。去年の八月で朱里ちゃんと会えそうなイベントは……。なるほど、あの日に違いない。
「それって、体験入学の日のことだよね」
思い当たるイベントを口に出してみた。すると、朱里ちゃんはそうです、と笑顔で答えてくれた。やっぱりそうだ。そうなれば朱里ちゃんと会ったのは始まる前の時間のことだ。
「確か、道に迷っていたんだっけ?」
朱里ちゃんは、少し恥ずかしそうにうんと頷いてくれた。そう。この日私は体験入学の手伝いで、門の前で案内と誘導をしていた。朱里ちゃんと会ったのは開始の三分前くらいだった。
一人おどおどしながら私のところに来て、体育館の場所を聞きに来たのだ。
それで最初は地図で説明をしてみたけど、場所をイマイチ理解できていなかったみたいだったので、結局一緒に体育館まで行った。これが二回目の朱里ちゃんとの出会いだった。
「そうです! まさか先輩と再会できるなんて思ってもなかったので、めちゃくちゃびっくりしたんですけど、それよりもうれしかったんです。先輩があの時みたいに優しい人のままでいたことが、とても。それで気づいたら先輩のとりこになっていました。だから、本当は別の高校に行くつもりだったんですけど、急遽進路を変えて、この学校に受かるために必死に勉強して、やっとの思いで合格して先輩と一緒になれたわけです」
普段はふわふわとしている朱里ちゃんだけど、今の朱里ちゃんにはしっかりとした思いのようなものが体いっぱいに詰まっているようだった。
やっぱり、朱里ちゃんが惚れた私は間違いなく“カッコイイ”私だろう。
そんな朱里ちゃんにはそぐわない私をさらけ出してしまっているのだ。朱里ちゃんからしたら、さぞがっかりしただろうなととてつもない罪悪感に包まれた。
「先輩? なんで暗い顔をしているんですか?」
「なんか申し訳なくて。今の私はさっきの思い出話のようにカッコよくないし、なんか朱里ちゃんをがっかりさせているような気がして……」
すると、朱里ちゃんはがっかりしたかのようにため息を吐いた。
「先輩。私、カッコいいって言葉、一言も言ってないですよ」
私は、はっとした。そうだ。朱里ちゃんはカッコいいと一言も言っていない。なのに私は、そういう自分を求められていると思い込んでしまっていた。
「私が先輩を好きになったのは優しかったからですよ。カッコいいが理由なら、私は先輩の変装に気づいた瞬間に手のひら返したような態度を取ってますよ。それに、私は今の先輩の方が大好きですよ」
ここまで終始堂々としていた朱里ちゃんが頬をまた赤色にしながら、少し語尾を曇らせた。
「そりゃあ最初は驚きましたよ。なんでここにいるの。なんであんな恰好をしてるのって。でも、会ったり、話をしたりするうちに気づいたんです。このかわいい姿が本当の先輩で、でも私の好きな優しいところは一緒なんだって」
「…………」
「そう思ったら、そんなことどうでもよくなっちゃいましたし、趣味が一緒なんだと思うと、もっと好きになっちゃいました」
朱里ちゃんがまたにこりと微笑む。その笑顔が私の心を締め付けていた鎖を、粉々に砕いた。それと同時に、目から今までの想いが止めどなく溢れだした。
「先輩。自分を捨てなくてもいいんですよ。先輩はそのままの先輩でいていいんですよ。私はどんな先輩でもずっと側にいますよ。ずっと、先輩を好きでい続けます」
「ありがとう……、朱里ちゃん」
泣きじゃくる私を、朱里ちゃんはただ優しく抱きしめてくれた。
衝撃の事実に驚いた。それもそうだ。今まで一度も会ったことないと思っていた人と、実は会ったことがあると言われたのだから。
「ごめん、憶えていない」
私は馬鹿正直に答えてしまった。これはやっちゃたなあと思った。だけど、朱理ちゃんは落ち込んだり、ため息を吐いてがっかりしたりはしていなかった。むしろ、クスッと笑っていた。
「まあ、そうですよね。憶えてなくていいんです」
朱理ちゃんはおどけてみせた。
「最初に会ったのは小学六年生の頃でした。友達と遊んだ帰りに自転車ごと電柱にぶつかって、それで倒れたんです。その時は痛みで動けなくて、ずっと立てなくて。だけど、側を通った人はみんな見知らぬ顔で、誰も助けてくれなくて……。このまま死んじゃうのかなあって思ってた時に手当てをしてくれた人が先輩でした。このタオル、見覚えありますよね。無いとは言わせませんよ」
そう言ってポケットから取り出したのは、少しくたびれた青地のミニタオルだった。私はハッと思い出した。
あれは、私が昔よく使っていたハンカチだ。誰かにあげたというのは憶えていたが、それが朱理ちゃんだったというのは驚きだ。
「うん。それ、私のだよね」
「そうですよ。この通り! ちゃーんと、裏のタグに名前が書かれていますよ」
朱理ちゃんは私に見せつけるように、その部分を見せてくれた。確かにこれは私の名前だ。所々滲んでいるが私の書いた字で間違いはない。
今までこうやって持っていてくれたことに、うれしさを感じられずにはいられなかった。
「これで止血してくれた時のこと、今でも憶えていますよ。凄く一生懸命で、それでいて笑顔で私を励ましてくれてたこと。こんな優しい人がいるんだなあって、すごく感動したんです」
朱里ちゃんは澄んだ瞳と声で語ってくれた。
「それが初めての出会いです。二回目は憶えていますか?」
「ちょっと待っててね」
私は頭の中にある記憶のタンスを片っ端から開けて探してみる。思い出すんだ。朱里ちゃんと入学式より前に会った記憶を。記憶を新しいものから順々に引っ張り出していく。
すると、去年の八月くらいのところで朱里ちゃんらしき顔が浮かび上がってきた。去年の八月で朱里ちゃんと会えそうなイベントは……。なるほど、あの日に違いない。
「それって、体験入学の日のことだよね」
思い当たるイベントを口に出してみた。すると、朱里ちゃんはそうです、と笑顔で答えてくれた。やっぱりそうだ。そうなれば朱里ちゃんと会ったのは始まる前の時間のことだ。
「確か、道に迷っていたんだっけ?」
朱里ちゃんは、少し恥ずかしそうにうんと頷いてくれた。そう。この日私は体験入学の手伝いで、門の前で案内と誘導をしていた。朱里ちゃんと会ったのは開始の三分前くらいだった。
一人おどおどしながら私のところに来て、体育館の場所を聞きに来たのだ。
それで最初は地図で説明をしてみたけど、場所をイマイチ理解できていなかったみたいだったので、結局一緒に体育館まで行った。これが二回目の朱里ちゃんとの出会いだった。
「そうです! まさか先輩と再会できるなんて思ってもなかったので、めちゃくちゃびっくりしたんですけど、それよりもうれしかったんです。先輩があの時みたいに優しい人のままでいたことが、とても。それで気づいたら先輩のとりこになっていました。だから、本当は別の高校に行くつもりだったんですけど、急遽進路を変えて、この学校に受かるために必死に勉強して、やっとの思いで合格して先輩と一緒になれたわけです」
普段はふわふわとしている朱里ちゃんだけど、今の朱里ちゃんにはしっかりとした思いのようなものが体いっぱいに詰まっているようだった。
やっぱり、朱里ちゃんが惚れた私は間違いなく“カッコイイ”私だろう。
そんな朱里ちゃんにはそぐわない私をさらけ出してしまっているのだ。朱里ちゃんからしたら、さぞがっかりしただろうなととてつもない罪悪感に包まれた。
「先輩? なんで暗い顔をしているんですか?」
「なんか申し訳なくて。今の私はさっきの思い出話のようにカッコよくないし、なんか朱里ちゃんをがっかりさせているような気がして……」
すると、朱里ちゃんはがっかりしたかのようにため息を吐いた。
「先輩。私、カッコいいって言葉、一言も言ってないですよ」
私は、はっとした。そうだ。朱里ちゃんはカッコいいと一言も言っていない。なのに私は、そういう自分を求められていると思い込んでしまっていた。
「私が先輩を好きになったのは優しかったからですよ。カッコいいが理由なら、私は先輩の変装に気づいた瞬間に手のひら返したような態度を取ってますよ。それに、私は今の先輩の方が大好きですよ」
ここまで終始堂々としていた朱里ちゃんが頬をまた赤色にしながら、少し語尾を曇らせた。
「そりゃあ最初は驚きましたよ。なんでここにいるの。なんであんな恰好をしてるのって。でも、会ったり、話をしたりするうちに気づいたんです。このかわいい姿が本当の先輩で、でも私の好きな優しいところは一緒なんだって」
「…………」
「そう思ったら、そんなことどうでもよくなっちゃいましたし、趣味が一緒なんだと思うと、もっと好きになっちゃいました」
朱里ちゃんがまたにこりと微笑む。その笑顔が私の心を締め付けていた鎖を、粉々に砕いた。それと同時に、目から今までの想いが止めどなく溢れだした。
「先輩。自分を捨てなくてもいいんですよ。先輩はそのままの先輩でいていいんですよ。私はどんな先輩でもずっと側にいますよ。ずっと、先輩を好きでい続けます」
「ありがとう……、朱里ちゃん」
泣きじゃくる私を、朱里ちゃんはただ優しく抱きしめてくれた。