「本当にいいの。その答えで」

「いいのって、さっき言った通りよ。私と付き合って欲しいの」

 その時、摩耶の表情が変わった。それは教室で見せた悲しく、怯えている表情だった。

「優衣。あたしら変だって思われるんだよ。あたしだけじゃなくて、優衣もそう思われるんだよ。それでもいいの? 私だけならいいよ。だけど、優衣があたしと付き合ったせいでそんな風に言われたり思われたりするなんて、あたし、耐えられない……」

 摩耶は今にも泣きそうだった。なるほど。摩耶はそんなことを気にしていたのね。

 あんなことを言っておきながら決断できてないのは摩耶の方だったみたいわね。だったら私が手を差し伸べてあげないとね。私は摩耶を力強く抱き寄せた。

「優衣……?」

「摩耶の本当の気持ちはどうなの? 私の事好きなの? 私と付き合いたいの?」
 
 私は優しく語りかける。

「あたしは優衣のことが大好き。あたしは優衣と付き合いたい」

「だったらそれでいいじゃない。そんなこと気にしないでいればいいじゃない」

「で、でも。優衣が、ゆいが……」

「大丈夫よ。摩耶がいるからひとりぼっちにはならないし、摩耶となら乗り越えられる。そう考えればそんなは随分とちっぽけなことじゃないの。摩耶、そんなちっぽけなことで好きから、その想いから逃げないでよ、摩耶」

 私は摩耶に語りかけた。摩耶は穏やかな表情のまま目を閉じた。

「うん。分かったよ優衣」

 摩耶は大きく息を吸った。覚悟を決めたようだ。

「あたしは優衣のことが大好きです。だから、あたしと付き合ってください」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 私の答えを聞くと、緊張の糸が切れたのか摩耶は赤ん坊のように大声で泣きじゃくった。私は摩耶が泣き止むまで何度も頭を優しく撫でてあげた。





 
 しばらくすると摩耶は落ち着いて泣き止んだが、今度は泣き疲れて眠ってしまった。一日であれだけ大泣きすれば当然だ。私はなんとか摩耶を背負って家まで運んだ。

 家に帰ると、私を見た母が慌てふためいた。話を聞くと私が倒れたと聞いて心配して待っていたら、私が寝ているマヤを運んできたからだった。

 まあこれは当たり前の反応だと思う。私は事の顛末を付き合った部分を上手く誤魔化しながら、母親に事情を説明した。

 正直言って自分でもかなり無理矢理な説明だったと思う。だが、何かを感じ取ったのか母は何も聞かずに摩耶を私の部屋のベッドまで運ぶのを手伝ってくれた。

 それに加えて、摩耶の家への連絡もやってくれていた。私は心の中で母に感謝した。

 摩耶を寝かせてからは夕食をとったり、風呂に入ったりといつものように時間が流れていった。同じ一日だとは思えないくらい何事もなかった。

 そして今日は宿題がない。というかあってもどうしようもないため早目に寝ることにした。
 
 ベッドに入ると隣で摩耶がスゥー、スゥーと寝息を立てながら眠っている。私の心臓がドクンドクンと高鳴る。実は摩耶と一緒に寝るのは初めてだ。

 数日前に摩耶と初めて寝る時は緊張するんだろうなあと妄想していたが、それは大当たりだったようだ。

 告白する時は緊張するどころか摩耶に対しても大胆になれたが、今は摩耶が隣にいること意識するあまり眠れなくなっている。このままだと間違いなく眠れぬまま、朝を迎えることになる。

 それはいくらなんでもマズい。とは言うもののこの緊張をほぐす方法が思いつかない。
 
 こんな時に摩耶が起きていれば摩耶に優しくなでなでしてもらったり、抱いてもらったりして落ち着かせてもらえそうなのだが、その摩耶は呑気に眠っている。

 こっちが摩耶のせいで眠れなくて苦労しているのに、その摩耶は眠っているなんて不公平だわ。そんなことを思っていると、何かに引き寄せられた。突然のことにひゃっ、と声を上げて驚く。

「だ、誰なの?!」

 恐る恐る肩回りに巻き付いているものに触ってみる。触った感触は温かみをもった人間の手だった。もしかして、とその手を今度はギュッと握ってみるとそれは摩耶の手だった。つまり、眠っている摩耶が私を抱き寄せたということだ。

「びっくりして損したー」

 私はホッと一息ついた。

「これで落ち着けるって、ちょっと待って?!」

 よくよく今の状況を考えると私と摩耶は密着しているわけだ。つまり、摩耶がすぐそばで寝ている……。やばい。余計に緊張してきた。

 こんなことなら深く考えなければよかった。だけど、一度意識してしまえばその意識はなかなかなくならない。その結果、私は眠れないまま時間だけが悪戯のように過ぎ去っていった。

「もぉ……。摩耶のせいで眠れないじゃないの」

 何も悪くない摩耶のせいにして、摩耶の頬をツンツンと軽く突いた。突いた瞬間、摩耶は顔を少し歪めた。起こしてしまったかなあと優衣はドキドキしていたが、少しするとまた穏やかな表情に戻り規則正しい寝息を立て始めた。

「まったく、私がこんなに眠れなくて苦労してるのに……、摩耶ったら幸せそうな顔で寝ちゃって」

 私はぼやくように言ったが、なぜか穏やかな気持ちになっていた。それは摩耶の寝顔のせいだ。普段はカッコいい女の子っていうような感じなのに、寝ている様子はただのかわいすぎる女の子にしか見えない。
 
 そのうえ心地よさそうにスヤスヤと眠っているため、見ている方も癒されてしまう。まさに、地上に現れた天使と言っても過言ではない。いや、むしろ摩耶こそが真の天使なのだ。

「はぁはぁ。まやぁ、まやぁ」

 息が乱れ、胸が高鳴り、摩耶を見ているごとにどんどんひどくなっていく。ダメだ。もう見ているだけでは物足りない、我慢できない。抱き着こう。思いっきり抱きしめよう。私は摩耶を抱き枕のようにギュッと力強く抱いた。

「まやぁ。かわいいよぉまやぁ。はぁああああ。摩耶の寝息が耳元で聞こえてくるわ。天使の息吹耳に当たって凄く気持ちいいわぁ。ねえ、まやはどうしてこんなにかわいいの? 反則過ぎるくらいかわいいよまやぁ。ああかわいいよまやぁ、まやぁ、まやぁ……」

 私の意識はここで途切れた。