「優衣。あたしあの人嫌い」
教室に戻るなり、摩耶は唇を尖らせながら言った。あれだけ摩耶にとって恥ずかしいエピソードをバラされたのだ。こう言ってしまうのも仕方ない。私は摩耶の言葉に、苦笑いで返すしかなかった。
「泣いてたこととか優衣には隠しておきたかったのにぃ」
摩耶はぶつくさと呟いた。
「まあまあ。摩耶はそうかもしれないけど、私は嬉しかったよ」
「そんなに面白かったの? あたしが泣いてる話」
「ち、違うよ。摩耶がそのくらい心配してくれてたって事が嬉しかったの」
「ホントに?」
摩耶は疑うような眼で私を見ている。どうも、私が先生の肩を持つような発言をしたのが嫌だったらしい。
「ホントだよ! 私のこと信じてよ」
「わかったよ。けどガッカリとかしなかった?」
「えっ? なんで?」
「だ、だって、あたしらしくないことじゃん。泣くってさ。それにこう、みんながあたしに期待されてるのって、”男の子っぽいカッコよさ”みたいなもんじゃん。だから、幻滅したんじゃないかなって思って」
摩耶は目線を逸らしていた。その顔は何か悲しそうな、というよりも怯えているような感じの顔だった。
そうか。摩耶は周りの作っている自分が壊れることを恐れているんだ。だから、こんなことを言ったのね。摩耶らしいなあ。
「そんなわけないじゃない。そういうところがあってもいいじゃない。摩耶だって人間でしょ。弱さを見せたっていいじゃない。それに、そのくらいのことじゃ私の好きは変わらないわ。むしろ、もっと摩耶のことを好きになったわ」
私は優しく心に語りかけるように言った。摩耶の表情はさっきとかわらず、何かに怯えているようだった。
「だから摩耶。みんなの期待に無理に応えないでもいいのよ。弱いとこを見せていいのよ」
「けど、いきなりはできないよ。怖いよ。みんなが受け入れられるかわかんないよ」
「そうよね。いきなりは無理よね。ならばせめて――」
ふわっと柔らかく摩耶を抱いた。摩耶は虚を突かれたような反応を見せていた。
「私だけに弱いところを見せて欲しいな。甘えて欲しいな。大丈夫。私はそんな摩耶も受け入れられるから」
「優衣。ありがとう。ありがとう……」
摩耶はありがとうと何度も繰り返しながら、私を抱きしめ返した。
摩耶と二人で歩く帰り道。空は綺麗な茜色に染まり、薄雲の濃いオレンジ色がその綺麗さをより一層際立たせている。そのおかげでかなり寒いが、歩いて帰るのもそんなに億劫ではなかった。
「今日は心配かけちゃったってごめんね、摩耶」
校門を出たところで、私は摩耶に話しかけた。
「ううん。気にしてねーよ。あたしも色々らしくねーところ見せて心配かけさせたし」
摩耶はニッコリする。教室で見せたあの感情はちゃんと消えてくれたようだ。私は安心した。
「そうだね。この話はもうやめておくわ」
「うん。そうしよう。そ、それから優衣……」
「ん、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
摩耶は黙り込んだ。その時の摩耶は何か真剣に考えているような表情だった。
それからしばらく、私と摩耶の間を重苦しい静寂が包んだ。時々それをどうにかしようと思い摩耶に声を掛けようとしたが、摩耶のなぜかピリピリしている雰囲気がそれを許さなかった。
なんとも言えない感じで歩き続けていると、風が少し強まり一段と冷え込んできた。空も茜色から段々と夜の色へと変わり始めた。そして、気が付くと分かれ道にまで来ていた。
「あら。もうこんなとこまで来ていたのね。じゃあね、摩耶。またあし――」
「ちょっと待ってくれ! 優衣っ」
摩耶は私を引き留めた。一体どうしたのだろうか。
「優衣。私と生きる覚悟はあるか」
それはあまりにも唐突過ぎる一言だった。
「えっ?! 急にどうしたの摩耶?」
私は驚きを隠さずにはいられなかった。
「私は優衣のことが大好きだ。ライクじゃなくてラブの方の意味で、優衣が大好きなんだ」
「摩耶……」
摩耶と私は両思いだった。それは嬉しいことのはずなのに、私は素直に喜びの感情を出せなかった。というより、あの時から続くこの重苦しい雰囲気がそれを許さなかった。
「優衣のことはずっと前から好きだったんだ。でも、付き合えたとして私の弱いとこを見て幻滅されたらどうしようって、すっごく不安で、怖くて。だから、ずっと親友のように接してきた。そうすればずっと一緒に居れるし、弱いとこ見せなくて理想の自分のままでいれるってね」
私は何も言わず、ただ摩耶の話を聞き続ける。
「けど、優衣は弱いとこ見せていい、甘えてもいいって言ってくれた。だから、今日告白しようって決めた。決めていた。決めていたから校門のところで告白するつもりだったんだ」
そうか。だからあそこで一度声を掛けたんだ。でも、なんでやめたのだろう。止めたのだろう。私なら絶対断らなかったのに。何故だろう。そう思っていると摩耶が口を開いた。
「だけどその時にもう一人のあたしにこう囁かれたんだ。これは同性愛なんだぞ。世間では異常なものとして見られてるんだぞ。お前はそう見られてもいいかもしれないけど、優衣はどうだろうな、ってね。それで私は気が付いた。優衣とあたしが結ばれたとしても、世間がそれを許してくれるかはわからないし、なにかしらの差別を受けるかもしれない。そうなった時に、あたしは耐えられる。でも、優衣がそうかはわからない」
「…………」
摩耶は黙っている私の目を真っすぐと見つめていた。
「だから、一度優衣に聞くことにしたんだ。あたしと生きる覚悟があるのかって。なかったらスパッと諦めるし、今までのように接するさ。だから、どうなのか答えてくれ。優衣」
付き合えればいい、愛し合えればいいとしか考えてこなかった私には、とてもとても重い話だった。摩耶が言うように同性愛は基本的に異端として扱われる。
最近では寛容になってきているけど、それでもそれを認めない人だって大勢いるはずだ。そういう人たちの中には何かしらの差別をする人もいるかもしれない。
どんなことをされるのかはわからない。もしかしたら学校で孤立するかもしれないし、親と絶縁することになるかもしれない。正直に言えば恐い。恐ろしい。
でも、私はそのくらいのことで諦めるつもりはない。この気持ちを、この想いを捨てたくない。私は決めた。
「あるよ。私は摩耶と一緒に生きていける。どんなことがあっても摩耶と一緒にいたい。摩耶を愛していたい。だから、私と付き合ってください!」
自分でも驚くほど、素直に言えた。これで私の夢が叶う。摩耶と恋人になれるんだ。私は期待に胸を膨らませていた。だが、摩耶の口から出た言葉は思いもよらない言葉だった。
教室に戻るなり、摩耶は唇を尖らせながら言った。あれだけ摩耶にとって恥ずかしいエピソードをバラされたのだ。こう言ってしまうのも仕方ない。私は摩耶の言葉に、苦笑いで返すしかなかった。
「泣いてたこととか優衣には隠しておきたかったのにぃ」
摩耶はぶつくさと呟いた。
「まあまあ。摩耶はそうかもしれないけど、私は嬉しかったよ」
「そんなに面白かったの? あたしが泣いてる話」
「ち、違うよ。摩耶がそのくらい心配してくれてたって事が嬉しかったの」
「ホントに?」
摩耶は疑うような眼で私を見ている。どうも、私が先生の肩を持つような発言をしたのが嫌だったらしい。
「ホントだよ! 私のこと信じてよ」
「わかったよ。けどガッカリとかしなかった?」
「えっ? なんで?」
「だ、だって、あたしらしくないことじゃん。泣くってさ。それにこう、みんながあたしに期待されてるのって、”男の子っぽいカッコよさ”みたいなもんじゃん。だから、幻滅したんじゃないかなって思って」
摩耶は目線を逸らしていた。その顔は何か悲しそうな、というよりも怯えているような感じの顔だった。
そうか。摩耶は周りの作っている自分が壊れることを恐れているんだ。だから、こんなことを言ったのね。摩耶らしいなあ。
「そんなわけないじゃない。そういうところがあってもいいじゃない。摩耶だって人間でしょ。弱さを見せたっていいじゃない。それに、そのくらいのことじゃ私の好きは変わらないわ。むしろ、もっと摩耶のことを好きになったわ」
私は優しく心に語りかけるように言った。摩耶の表情はさっきとかわらず、何かに怯えているようだった。
「だから摩耶。みんなの期待に無理に応えないでもいいのよ。弱いとこを見せていいのよ」
「けど、いきなりはできないよ。怖いよ。みんなが受け入れられるかわかんないよ」
「そうよね。いきなりは無理よね。ならばせめて――」
ふわっと柔らかく摩耶を抱いた。摩耶は虚を突かれたような反応を見せていた。
「私だけに弱いところを見せて欲しいな。甘えて欲しいな。大丈夫。私はそんな摩耶も受け入れられるから」
「優衣。ありがとう。ありがとう……」
摩耶はありがとうと何度も繰り返しながら、私を抱きしめ返した。
摩耶と二人で歩く帰り道。空は綺麗な茜色に染まり、薄雲の濃いオレンジ色がその綺麗さをより一層際立たせている。そのおかげでかなり寒いが、歩いて帰るのもそんなに億劫ではなかった。
「今日は心配かけちゃったってごめんね、摩耶」
校門を出たところで、私は摩耶に話しかけた。
「ううん。気にしてねーよ。あたしも色々らしくねーところ見せて心配かけさせたし」
摩耶はニッコリする。教室で見せたあの感情はちゃんと消えてくれたようだ。私は安心した。
「そうだね。この話はもうやめておくわ」
「うん。そうしよう。そ、それから優衣……」
「ん、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
摩耶は黙り込んだ。その時の摩耶は何か真剣に考えているような表情だった。
それからしばらく、私と摩耶の間を重苦しい静寂が包んだ。時々それをどうにかしようと思い摩耶に声を掛けようとしたが、摩耶のなぜかピリピリしている雰囲気がそれを許さなかった。
なんとも言えない感じで歩き続けていると、風が少し強まり一段と冷え込んできた。空も茜色から段々と夜の色へと変わり始めた。そして、気が付くと分かれ道にまで来ていた。
「あら。もうこんなとこまで来ていたのね。じゃあね、摩耶。またあし――」
「ちょっと待ってくれ! 優衣っ」
摩耶は私を引き留めた。一体どうしたのだろうか。
「優衣。私と生きる覚悟はあるか」
それはあまりにも唐突過ぎる一言だった。
「えっ?! 急にどうしたの摩耶?」
私は驚きを隠さずにはいられなかった。
「私は優衣のことが大好きだ。ライクじゃなくてラブの方の意味で、優衣が大好きなんだ」
「摩耶……」
摩耶と私は両思いだった。それは嬉しいことのはずなのに、私は素直に喜びの感情を出せなかった。というより、あの時から続くこの重苦しい雰囲気がそれを許さなかった。
「優衣のことはずっと前から好きだったんだ。でも、付き合えたとして私の弱いとこを見て幻滅されたらどうしようって、すっごく不安で、怖くて。だから、ずっと親友のように接してきた。そうすればずっと一緒に居れるし、弱いとこ見せなくて理想の自分のままでいれるってね」
私は何も言わず、ただ摩耶の話を聞き続ける。
「けど、優衣は弱いとこ見せていい、甘えてもいいって言ってくれた。だから、今日告白しようって決めた。決めていた。決めていたから校門のところで告白するつもりだったんだ」
そうか。だからあそこで一度声を掛けたんだ。でも、なんでやめたのだろう。止めたのだろう。私なら絶対断らなかったのに。何故だろう。そう思っていると摩耶が口を開いた。
「だけどその時にもう一人のあたしにこう囁かれたんだ。これは同性愛なんだぞ。世間では異常なものとして見られてるんだぞ。お前はそう見られてもいいかもしれないけど、優衣はどうだろうな、ってね。それで私は気が付いた。優衣とあたしが結ばれたとしても、世間がそれを許してくれるかはわからないし、なにかしらの差別を受けるかもしれない。そうなった時に、あたしは耐えられる。でも、優衣がそうかはわからない」
「…………」
摩耶は黙っている私の目を真っすぐと見つめていた。
「だから、一度優衣に聞くことにしたんだ。あたしと生きる覚悟があるのかって。なかったらスパッと諦めるし、今までのように接するさ。だから、どうなのか答えてくれ。優衣」
付き合えればいい、愛し合えればいいとしか考えてこなかった私には、とてもとても重い話だった。摩耶が言うように同性愛は基本的に異端として扱われる。
最近では寛容になってきているけど、それでもそれを認めない人だって大勢いるはずだ。そういう人たちの中には何かしらの差別をする人もいるかもしれない。
どんなことをされるのかはわからない。もしかしたら学校で孤立するかもしれないし、親と絶縁することになるかもしれない。正直に言えば恐い。恐ろしい。
でも、私はそのくらいのことで諦めるつもりはない。この気持ちを、この想いを捨てたくない。私は決めた。
「あるよ。私は摩耶と一緒に生きていける。どんなことがあっても摩耶と一緒にいたい。摩耶を愛していたい。だから、私と付き合ってください!」
自分でも驚くほど、素直に言えた。これで私の夢が叶う。摩耶と恋人になれるんだ。私は期待に胸を膨らませていた。だが、摩耶の口から出た言葉は思いもよらない言葉だった。