午後五時十三分。陽はだいぶ傾き、空は段々と黒色に変化しようとしていた。

 願わくはここから山の展望台とか高台にでも行って、二人で夜の星空を見るというロマンティックな一時を過ごしたかった。

 だが、私たちは女子高生。夜に出歩くのは危ないし、親が許してくれない。なので、仕方がないがこの時間の電車に乗って帰ることにした。

「ハア、ハア、ハア……。なんとか間に合ったよ」

 摩耶は息を大きく乱しながら、席に座った。

「危なかったねー。もう少しで置いて行かれてたもんねえ」

 隣に座っている私は、摩耶にペットボトルのお茶を渡した。摩耶はそれを受け取るなり、ごくごくと飲んだ。飲み終えると、ハンカチで顔の汗を拭い始めた。

 事の発端はデパートにあった。

 電車の時間が近づき、デパートから駅に向かおうとしたときに摩耶がある店の前で立ち止まった。何事かと思いその店を見てみると、摩耶の大好きな有名チョコブランドの店だった。
 
 時間があればゆっくり見たかったが、生憎そんなことをしている余裕がなかったので、摩耶を急がせようとしたところ、先に行ってて欲しいと言われたので、一人先に駅に向かったのだ。
 
 その後、無事駅に着き切符を買ったのだが、ここで恐ろしいことに気がついてしまった。なんと、私が予定を立てる時に見ていた時刻表は平日のものだった。

 土・日・祝日のダイヤで動いている今日は平日より五分ほど出発時間が早まっており、出発まであと十分と迫っていた。

 これに気がついて電話した時、幸いにも摩耶はちょうどデパートを出た所だったため、間一髪間に合った。

 もし、チョコ店にいたら確実に間に合っていなかったはずだ。そのくらいギリギリのことがほんの数分前に起きていたのだ。

「今日はダッシュに始まって、ダッシュで終わったなあ。おかげで、いつもの倍くらい走ったよ」

 摩耶は疲れ果てた顔をしていた。その表情は、どれほど全力で走ってきたのかを物語っていた。

「でも、よく間に合ったよね。流石だね。現役の頃と変わらないんじゃない?」
 
 私がそう言うと摩耶は、それはないね、と言いながら手を大きく横に振った。

「いやいや。今でも平日家に帰ったら走り込んだり、筋トレしたりして鍛えてるけど、流石に少しは落ちてるよ。実際に持久走とか五十メートル走のタイムも去年より少し落ちてたし」

 へえー、と私は返した。私は運動部に所属したことがないのでよくわからないが、やらないだけでも、運動能力とかは落ちるものらしい。

 そんなことを考えていると、ふと一つの疑問が湧いてきた。

「けど引退したのに鍛え続けるって、よっぽど身体動かすの好きじゃないとやってられないでしょ?」

「まあそうかもしんないねえ」

「じゃあどうしてバスケやめちゃったの? 県選抜とかに選ばれるくらい上手かったのに、どうして?」

「えっ、えっとそ、それはだな……」

 摩耶は顔を赤くしながら、私から目線を外した。いつも堂々としている摩耶らしくない、珍しい様子だ。

「えっと、ゆ、優衣とずっと一緒に居たかったから。そ、それだけだからな」

 摩耶の顔がまた一段と赤くなった。どうやら摩耶にも羞恥心はあったらしい。

「じゃあそのころから、摩耶は私のこと好きだったのね」

「うん。あの頃から、ずっとね……」

 摩耶はぼそっと独り言のように呟いた。

「あの頃? あの頃って?」

「な、なんでもない。それより疲れてちょっと眠くなってきたから着くまで寝てるから。着く前にちゃんと起こしてくれよ」

「はーい」

 私の問いへの答えを誤魔化すように、摩耶は目を閉じた。もしかしたら狸寝入りかもしれないと思い、少し悪戯でもしてみようかなと考えた。

 だけど、数十秒後に寝息を立てながら、私の身体にもたれかかってきたので、それはやめておくことにした。

「疲れたから寝ちゃうって、子供みたいね」

 穏やかに眠る摩耶の頭を優しく撫でると、より一層気持ちよさそうな表情を浮かべていた。どうやら、頭を撫でられるのは嫌いではないらしい。

「ほんと、幸せそうに寝ちゃって。さてと、誰も見ていないわよね」

 周囲を見回すが、誰もいない。どうやらこの車両の乗客は私たちだけらしい。つまり、ここでキスをしたとしても誰からも見られない。これは、絶好のチャンスだ。

 寝ている相手にやるというのは少し気が引ける。だけど、これを逃すと二度と自分からキスをする機会が無くなってしまう気がしてならなかった。

 私は覚悟を決めた。摩耶に顔を向け、顔を少しずつ近づける。顔が近づくにつれて、私の心臓の音は大きくなる。普段の私ならここでやめている。だけど、今日の私は止まることなく、顔を近づけていった。そして、摩耶と唇が――