二月十四日。時間は午前十時三十分といったところ。今日はバレンタインデーということもあり、世間は一種のお祭りのように盛り上がっている。仏教徒のくせに、日本人はバレンタインデーが大好きみたいだ。

 じゃあ私はどうなのと聞かれたら、もちろん大好きだと即答する。理由を挙げるならその一つに、この異様な雰囲気が傍から見ているとおもしろいからだと答える。

 だけど、それよりももっと大好きな理由がある。それはこの日が私の大好きな摩耶(まや)の誕生日だからだ。

 さらに今日は日曜日と重なっていて学校もないため、二人で一日遊びまわる予定だ。まさに素敵な一日なのだ。

 だが、待ち合わせの時間を三十分過ぎても摩耶は来ない。行き電車で見かけなかった時から薄々嫌な予感はしていたが、その予感は的中してしまったようだ。

 おそらく寝坊か道に迷ったかで電車を一本逃したのだろうとは思うが、ひょっとすると約束自体を忘れているのかもしれない。そう思いトートバックからスマホを取り出した時だった。

優衣(ゆい)ー! 優衣ー!」
 
 ブラウンのショートヘアーの女の子が私の名前を連呼しながらこちらに走ってきた。服装は白のカーゴパンツに、白黒のボーダー柄のTシャツのようなもの。その上からグレーのパーカーと薄緑のブルゾンを重ね着している。

 簡単に言うと、カッコいい系のスタイルだ。
 
 明るくて少し高い声と服装からしておそらく、というか間違いなく摩耶だと私は思っていたら、案の定その子は摩耶だった。摩耶は私のところに辿り着くなり、下を向いてハアハアと息を切らしていた。

「もう! 遅いわよ摩耶! 待ち合わせ三十分も過ぎてるよっ」

「えへへぇ。お布団で暖まってたらついつい……」

 少し息を乱しながらてへへ、と少し申し訳なさそうに笑いながら、この場を誤魔化そうとしていた。毎度おなじみのことではあるが、私は呆れ果てた。

「ご、ごめんって。お詫びに――」
 
 ギュッと摩耶の暖かさに包まれる。寒空の下待たされて芯まで冷え切った私の身体には、ストーブの様に心地よい暖かさだった。

「こうやって暖めてやるからさ」

 もう、摩耶はずるい。何かあるとすぐこうやって許してもらおうとするんだから。

 摩耶はがさつだとよく言われている。こんな感じで寝坊して遅刻したり、言葉遣いや仕草が少し荒っぽかったりするからだと思う。

 だけど、どんなときでも堂々としていて、打たれ強くて、細かな気配りもできる素敵な女の子でもあるということを私は知っている。

 そして、時々こうやって男の子みたいな――もしかしたらそれよりも――カッコいいことをさらりとやってのける。

 そんな摩耶に私は惚れたのだ。私は何も言わずに、赤くなった頬を胸にすり寄せ摩耶とこの温もりを堪能する。そうしていると、摩耶は私の頭を撫でてくれた。

 通行人は私と摩耶を奇異な目で見ている。中には気持ち悪い、と吐き捨てた人もいたかもしれない。だけど私たちはそんな事を一切気にしなかった。ただ二人だけの世界で必死にこの時を堪能していた。

「幸せな顔しちゃって。かわいいなあ、優衣は。これでだいぶ暖かくなっただろ?」

 私は静かに頷く。すると摩耶は軽く微笑んでいた。

「じゃあ今日はどこに行く?」

「服が見たいな」

「了解! じゃあデパートに行こうか」

 そう言うと私を抱きしめていた手で、今度は私の右手を包み込むように握っていた。摩耶と手を繋いでいる。これだけでも十分だけど、私はもっと摩耶と恋人のようなことがしたい。

「ちょ、ちょっと待って!」

 そう思った私は前に進もうとする摩耶を引き留めた。すると摩耶は困惑した表情を浮かべていた。

「ん? どうした? 早く行かないと。今日は人多いから凄く混むよ」

「え、えっとその……、せっかく手を繋ぐのなら、その……」
 
 私が恥ずかしさのあまり、続きを言えないでいると摩耶が何か考え出した。

「ああ。わかった! こういう風にして欲しいんだな」
 
 何か思いついたようだ。すると、摩耶はにこりと顔を微笑み、指を私の指と絡ませた。いわゆる恋人つなぎの状態になった。

「どう? これでいい?」

 摩耶が満足げな笑顔で私を見つめている。それだけで私の意識はトリップしかけていた。

「う、うん。むしろずっとこうして欲しい……」

 私は小声で答えた。それを聞いて摩耶はとても嬉しそうにしていた。

「よかった。あたし、こういうの初めてだったから自信なくて。でも、優衣が満足してるみたいだから、安心したよ。よし。じゃあ今日はショッピングを楽しむぞ」

 摩耶と私は恋人つなぎで、デパートへと向かった。