「早希乃さ……ん?」

 急いでリビングに戻ると、少し寝息をたてながら、すやすやと気持ち良さそうに横向きになって、早希乃は眠っていた。

「なんだ、眠ってたのか。よかった……」

 服を着て髪も乾かした状態なので、風邪を引く心配もなさそうだ。太樹は胸を撫で下ろし、ほっと一息吐いた。

「僕も、頭を乾かさないとね。風邪を引いちゃ――」

 また、小学生の頃の記憶が、頭をハンマーでたたかれたような痛みとともに太樹の眼前に広がり流れ出した。




 夏の暑い日。あの博多弁の女の子と仲良くなり、この日はその子の家で一緒に水風呂に入った。服に着替えたまでは良かったのだが、髪を乾かす前に女の子の方が眠気に耐えきれずに寝てしまったのだ。

「このままねちゃうとカゼ引いちゃうよ! おきて!」

 太樹が起こそうと体を揺らしてみるも、起きる気配はない。何度やっても変わらず、結局、無理矢理起こすのを諦めて、どうにかして髪を乾かすため、とりあえず、起こさないようにそっと膝枕のような形にした。

「つぎは、ドライヤー」

 太樹はドライヤーを握り、顔に当たり過ぎないように慎重に熱風を充てる。

「ふぅー。なんとかできた」

 十分後、途中で何度もピクリと、起きそうになっていたが、なんとか起こすことなく髪を乾かし終えた。

「つかれたー……」

 ふと、太樹はその子の寝顔を見つめた。小さく閉じた口に、柔らかい頬、そっと閉じた瞼、肩まで伸びるさらさらと触りの良い緑髪、まるで極楽にでもいるかのように幸せそうな寝顔。それは、太樹が一目惚れした時の表情と同じくらい、可愛く魅力的に映っていた。

(ねてるときもかわいいんだな。さきのちゃんは。すごく、かわいい…)

 太樹の顔が自然と近くなっていく。

「ん、ん……」

 太樹が寝顔に魅了されてる間に、早希乃が目を覚ましてしまった。だが、太樹はそれに全く気づかない。

 寝ぼけてたせいで最初は状況が把握出来てなかったが、眠気が冴えるにつれ、太樹の顔が至近距離にあることに気づき、林檎のように顔を赤に染め、一瞬で太樹の膝から頭を離し、起き上がった。

「あっ。おき、ちゃった………」

太樹はようやく起きたことに気づき、自分のしたことを思い出して、早希乃と同じ様に顔を赤に染めた。

「たたたたたっ、たいきくん! こ、こげなんはずかしいことしたら、ダメばい……。だめ、ばい…」

 部屋の隅っこで、丸まりながら早希乃は言った。

 その後、二人はしばらく目を合わせることが出来なかった。