「まさか、秋桐国が攻めてくるとはな」

 「虎白(こはく)様と春様が......」


 真虎(まこ)は驚き、菊は悲しみで言葉を失っていた。


 「国を失った私たちを引き取って下さったことに感謝してもしきれません」


 (あや)と藤は頭を下げた。

 真虎は子葉国の民に衣食住を与え、引き取ったのだ。


 「そなたは、俺の友である虎白殿の娘であり民だ。助けるに決まっている」

 「ですが、どうして虎白様と春様は籠城しなかったんでしょうか?」


 綾と藤ははっとした。

 自刃する前に籠城し、同盟国からの援軍を待つことだってできたはずだ。

 幸い、子葉国は隣国で大国の和華国と同盟を結んでいるから、援軍要請ができる。


 「真虎様、菊の方様。もしかしたら、ここに書かれているかもしれません」


 綾は虎白から託された文を真虎に渡した。


 「ありがとう」

 「綾殿、藤殿、疲れているでしょう。ゆっくり休んでおいで」

 「「お言葉に甘えて失礼します」」


 綾と藤は大広間から退出した。





 「白夜殿のことはほとぼりが冷めてから伝えよう」


 綾の実の兄である白夜は無事に和華国に着き、城で匿われていた。


 「ええ、心苦しいですが、白夜殿が死んだという噂を流しましょう。それに、珠菜にも伝えなくては。珠菜は綾殿と仲が良かったので」

 「そのついでに、珠菜に戻るようにと」

 「そのようなことは書きませんよ」


 真虎が珠菜に会えないことに肩を落とした。






 真虎と菊から与えてもらった部屋で


 「一人で休みたい」

 「かしこまりました。何かあったらいつでも呼んでくださいね」


 綾は部屋から藤が出ていったことを確認すると、部屋から抜け出した。






 綾が向かったのは、昔、珠菜(しゅな)と一緒に夕日を見た丘だった。

 昼間にも関わらず、分厚い雲が光を遮り雪が降っていたことで辺りはあの時よりも暗く見えた。

 (珠菜様は元気かしら?)

 綾は珠菜が天界に行ったことを知らなかった。

 白夜(はくや)が生きていることも知らなかった。

 (もう何も湧かない、悲しいのも苦しいのも。人間は落ちすぎると何も感じなくなるのね)

 綾の目には光が宿ってなく、ただ景色が映していただけだった。

 光を失った世界で悲しみと苦しみの海で溺れ沈んでいった少女は全てを諦めていた昔の珠菜と同じ目をしていた。