僕は彼女に諦めてほしくない。夜を生きるのを、諦めてほしくない。

だから僕は、ある作戦をたてた。

それを成功させるために、僕は夜空の撮影を河川敷で行いながら何度も声に出して練習をした。

彼女が僕に病気のことを言ってくれた、同じ場所、同じ時間。僕は産まれてから今までこれほど緊張したことはない。先に言っておくが僕は彼女に告白するわけではない。ずっと夜中まで撮影の練習をしながらも練習を重ねた作戦を実行するための緊張。それだけだ。
「松乃くん、撮れた?」
「あのさぁっ!!」
「はい!何でしょうかっ!」
緊張が裏目に出た。僕は今までに出したことのないほどの高音の〝あのさ〟を言ってしまった。情けない。恥ずかしい。
「あの、君。勘違いしてる。みんな夜になると見えなくなるんだよ。」
「へっ…?」
何を言っているんだという目で見つめないで欲しい…。こんな嘘でごめんなさい。でもまだ、ギリギリセーフだよね?気づかれてないよね?自分に言い聞かせ、ペラペラと嘘を並べる。
「だから、何もおかしくない。さすがに声はお互い聞こえるけど、それ以外は全然おかしくないから。安心して。ちゃんと君は夜だって、生きてるよ。」
「本当?」
「そうだよ、医者も多分、声が届かなくなることだけ難病って言ってる。」
「そうだったんだ…。」
どうにか彼女は信じてくれたみたいだった。安堵の息が漏れる。
「じゃあ私、生きてるんだ。ちゃんと、みんなと同じ時間生きてるんだ。」
「うん、だから来年、花火大会行こう」
「うん。楽しみにしてるね」

屋上で交わした不器用にもほどがある嘘と約束。

今思えば、そこで時間が止まればと思う。僕はとにかく不器用で、馬鹿な嘘をついている。
そんな僕を、彼女は許してくれるだろうか—。

「松乃くん、下の名前で呼んでも良い?」
「うん」
「怜瀬くん。良いね。怜瀬くんもほら、下で呼んでよ」
「…桜子…?」
「嬉しい」
僕は言葉にこそしないけど、桜子はこの世で一番桜子に合う名前だと思う。
どこか華やかで、桜のような優しい性格の君に、これ以上無い名前だと思う。

だって君は—。

君は僕の嘘に気づいているよね。

だってみんな見えなくなったらこの世の夜はみんな自分のこと見えなくなっちゃうから。
お互い見えなくなっちゃって、この世には声しか無くなっちゃうもんね―。
そんな夜、過去に一度もなかったよ。

なのに、信じたフリをしてくれたよね。

こんな僕だけど。

同じ部活に入ってくれてありがとう—。

来年の花火大会は君について行くって言ってくれてありがとう—。