======== この物語はあくまでもフィクションです =========
 ============== 主な登場人物 ================
 大文字伝子・・・主人公。翻訳家。
 大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。
 南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。
 愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。
 愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。
 依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。
 福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。
 物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。
 逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。
 南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。
 南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。
 久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。
 渡辺あつこ警部・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。
 森淳子・・・依田、蘭のアパートの大家さん。
 中山ひかる・・・愛宕の賃貸マンションの隣人。受験勉強の為、人住まいしている。
 中山千春・・・ひかるの母。宝石店を経営している。

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 南原のアパート。蘭にベッドを占領されたので、南原は寝室でない方の部屋で寝起きしている。「蘭、そろそろ、独立してくれない?」「狭い?」
 「狭い。美容室の先輩のアパート。来月空き部屋出来るらしいんだけど、いい?そこで?」「いい?ってもう段取りしているんじゃないのか、ひょっとしたら。」「当たり。」
 「敷金とかお母さんが出してくれるけど、問題は引っ越しよね。依田さんに頼んでいいかな?」「それは、お兄ちゃんから頼んでって言っている?」「言っている。」
 「でも、依田さんは宅配便だよ。高遠さんの時は緊急だったし、宅配便の車でも十分入るほど少なかったんだよ。今の我が家は『荷物だらけ』じゃないか。そうだ。福本さんなら劇団のトラックとかあるかな?聞いてみよう。」
 南原はLinenでメッセージを依田と福本に送った。依田からは『日時は?それによるな』と返って来た。福本からは『トラックは持っていない。でも、借りてあげるよ。』と、返事が来た。
 更に、伝子から『みんなでやれば、あっと言う間だよ。まあ、みんなのスケジュール次第だが。』と返事が返ってきた。
 「いい知り合いばかりだね。」と、蘭ははしゃいだ。
 翌月の日曜日。南原のアパート。よく晴れた日だった。
 結局、依田は仲間のドライバーのピンチヒッターで仕事が入って、来られなかった。福本の仲間の松下と本田が2トントラックで到着。福本はマイカーで到着。3人は手際よく荷物を積んだ。
 「凄く手際いいね。」「旅公演なんか、荷物積んで運んで下ろして舞台設営、公演終わったらばらして荷物積んで移動。普通の引っ越しなんかへっちゃらさ。」と松下が言った。
 途中、蘭の働く美容室に寄った。蘭は、南原のアパートに置ききれない荷物を預けていたのだった。店長の石田が出て来て、案内された物置から福本達や南原兄妹が運んだ。
 蘭が住む予定のアパートに一行が到着した。待っていた伝子と高遠がクスクス笑っている。「なんすか、先輩も高遠さんも笑っているけど。」と南原が尋ねると、伝子が「福本、途中で気づかなかったか?」「気づきました。」と、福本もゲラゲラ笑い出した。
 松下と本田がぽかんとしている。
 「ここ、ヨーダこと依田のアパート。どうやら、蘭ちゃんはお隣さんになるみたいだね。」
 「初めから詳しい住所教えてくれていればなあ。」と福本が言った。
 「ごめんなさい。住所覚えきれなくて、大体の記憶でお兄ちゃんにナビゲートしながら、Linenの音声通話でみんなに伝えたから。」
 「あら?一文字さん?依田君の先輩の。」と言いながら、大家の森淳子が出てきた。「いえ、依田の先輩の大文字です。」と伝子が修正し、挨拶した。
 「依田君なら出掛けているわよ。」「いえ、引っ越しです。」「引っ越し?今日は南原さんが引っ越して来る予定だけど。」「すみません。この間お邪魔したときに契約書忘れてしまって。」と蘭が進み出た。
 不思議がっている大家さんに伝子が説明した。「依田も大学の後輩ですが、南原蘭さんの兄も高校の後輩でして。ひょんなことから、私の色んな後輩が交流ありまして、依田共々南原欄もお世話になります。よろしくお願い致します。」
 「南原蘭の兄で南原龍之介と申します。妹がこれからお世話になります。よろしくお願い致します。」と、南原も挨拶した。
 「そうだ、この際、紹介しておこう。先輩、高遠、南原さん、蘭ちゃん。今回手伝いに駆けつけてくれた劇団仲間の松下宗一郎、本田幸之助です。」
 「松下宗一郎、本名、松下正宗です。」「本田幸之助、本名、本田譲です。」
 みんなが挨拶に困っているのを見て、「さあ、とにかく運び込もう。」
 重い荷物は多少時間がかかったが、バケツリレーの方式で軽い荷物を運び込み、30数分で依田の隣の部屋は満杯になった。
 そこへ、祥子が寿司屋の車に便乗してやってきた。
 伝子が大家さんに蘭が鍵を渡しているのを見て、「大家さん、森さん。依田の部屋開けて貰えないですか?」「いいわよ。帰ってきたら驚くだろうけど、あの子はいい子だから。おっちょこちょいだけど。」と言い、依田の部屋を開放した。
 「予想通り散らかっているなあ。高遠、片付けよう。松下、本田。お前らは隣の荷物の荷ほどきしてくれ。祥子、寿司は大家さん家に預かって貰え。」と福本が指揮を始めた。
 10分ほどで福本と高遠は依田の部屋にあった荷物を角に追いやった。寿司屋に代金を支払っていた伝子は、隣の部屋の荷ほどきを手伝い始めた。
 暫く、高遠と伝子は段ボール類を廊下の隅に片付けていたが、福本が「ようし、休憩しよう!」と皆に声をかけた。そして、依田の部屋に大家さんと祥子と蘭が寿司とお茶を運んだ。
 30分ほど休憩していると、依田が帰って来た。大家の森が「お隣さんよ。」と経緯を説明した。「で、俺の部屋が休憩所?」
 「不服かも知れないが、お前も寿司を食え。私の奢りだ。」自棄になった依田は猛烈に食い始めた。「依田君。まだあるから大丈夫よ。ゆっくり食べなさい、おっちょこちょいさん。」と大家の森は言った。
 休憩後、段ボールをトラックに積んだ松下と本田は帰って行った。段ボールを捨てに行ってから、松下の勤務先の酒屋にトラックを返すと高遠に言って。
 タンス等の大物を男子が設置し、後は女子に任せることにし、高遠と依田と福本は依田の部屋に帰って、また整理し直した。
 「悪かったなあ、ヨーダ。」「悪かったなあ、ヨーダ。」と高遠と福本は揃って謝った。
 「いいよ、片付いたし。」「配達は?」「もう、済んだ。」
 「しかし、驚いたなあ。まさかヨーダの隣に蘭ちゃんが引っ越してくるなんて。」と高遠が言うと、「いや、一番驚いているのは、南原さんだよ、きっと。」と福本が言った。
 「おおよそ片付いたら、あの兄妹に任せて、解散するか。」「そうだな。あ、ヨーダ。手出すなよ。」
 「出したら、先輩に殺されるよ。」「だな。やりかねない。」「やりかねない。」
 そうこう言っている内に、伝子、祥子が帰って来た。
 南原兄妹が挨拶に来た。「本日はどうもありがとうございました。」
 「南原さん、先輩がバックにいるから、蘭ちゃんには『変な虫』はつかないですよ。」と福本が言うと、「変な虫って俺の事じゃないよね。」と依田が言った。
 「正解。」「察しがいいね。」と二人が揶揄った。
 伝子が『引っ越しは終わった』とメールで愛宕に連絡を入れると、「先輩。助けて。」とメールが返ってきた。
 愛宕のマンション。「久しぶりだなあ。ひかる君、元気にしてるかなあ?」
 「事情を聞こうか愛宕。」「先輩。中山ひかる君、覚えてますよね?」
 「Basebookの事件の時の、だろ?左隣の部屋じゃ・・・もう引き払ったんじゃなかったかな?」
 「いえ。また借りてます。受験勉強に専念する為に。で、ひかる君のお母さんが相談を受けて、私の方にお鉢が回ってきて。」「待て待て。中山千春さんが、一体誰に相談受けたんだ?何の相談だ?」「済みません。反対側のお隣さん、先々月引っ越して来た、石原松子さんが、その息子さんの徹君の『引きこもり』について中山さんに相談したんです。」
 「引きこもり?立てこもりじゃないんだな。」「はい。」「じゃ、お前の本来の仕事じゃないか。生活安全課だろ?」「そうなんですが。」「徹君は何年生ですか?」「小三です。」
 「どれくらい引きこもっている?」「3日目です。」
 「反抗期ですよ、伝子さん。」「言われなくても分かってる。みちる。ひかる君、今いるかな?」「呼んで来ます。」
 5分後。中山ひかるがやって来た。「お久しぶりです。」
 「すっかり成長したな、ひかる君。身長大分伸びた?」「10センチくらい。」
 「そうか。で、2軒隣の徹君だが、何を要求している?」「高いオモチャです。普段のお小遣いの5倍くらいかかるそうです。」
 「そりゃあ、困るわな。」「まだ、あるんです。」「何だい、ひかる君。」と今度は高遠が質した。
 「バットウーマンと白バイのお姉さんが買ってきたそのオモチャを運んで欲しい、って。無理難題でしょ、大文字さん。」
 「無理難題でもないが、問題は、その奥にあるストレスや不満だな。」と、伝子は腕組みをし、「愛宕。石原夫妻は仲いいか?」「うーん、どうでしょう。」
 「見栄張っていると思います。いつも2人揃っているところに出会うと、ニコニコ挨拶してくれるけど。」「わざとらしいのか。」「はい、先輩。」
 「よし、作戦実行だ。」「え、もう?」「学。誓約書、作ったことあるか?」「いえ。」
 「愛宕、PC借りるぞ。いいか、学。誓約書のサンプルをダウンロードして、新しい誓約書を作るんだ。文面は、そうだな。愛宕、メモ用紙。」
 「はい、先輩。」とみちるがメモ帳とペンを渡した。数分で、すらすらと伝子はメモを書き、高遠に渡した。「こういう文面だ。」
 伝子は物部にLinenで電話した。
 「物部。モールにコスプレショップあったよな。」「ああ、あるよ。込み入った事情があって、バットウーマンの衣装が必要になった。」「また、コスプレか。好きだな、お前。とし・・・おっと、危ない。しかし、男の俺にその衣装を買えというのか?」隣から、逢坂栞が顔を出して、「私に買えって言っているのよね、伝子。」「いたのか、栞。丁度良かった。すまん。頼む。」「サイズ変わってないよね、あの頃と。」「分かるのか?」「物部君には無理だけどね。」「よろしく頼む。ああ、そうだ。買って欲しいオモチャもあるんだった。」伝子は愛宕が渡したメモを読み上げた。
 テレビ電話を一旦切ると、伝子はあつこにメッセージを送った。
 すぐに返答が返って来た。「任せといて、おねえさま。」
 「ひかる君、着替える時、部屋を貸して貰えるかな?」「勿論です。間近でバットウーマンが見られるんですね。嬉しいなあ。」とひかるは言った。
 1時間半が経った。
 引きこもり犯?の徹が鍵を解錠して出てきた。いきなり伝子は『誓約書』を突き出した。誓約書にはこう書いてある。『私、石原徹は両親から買って貰った、このオモチャを一生大事にします。料金相当額として、半年間お小遣いの請求を致しません。』
 それを読んだ徹は真っ青になった。横からひかるが話した。
 「僕にも、何でも買って貰える、それが当たり前だと思っていた時期がある。君は分かっていた筈だ。ホントはオモチャより、欲しいものがある。そうだよね?それは、両親の愛情だ。君の両親には大文字さんが説教をしてくれる。前もって買ってくれた、このオモチャとコスプレ衣装は、君の両親に払って貰う。何かを得る時は、代償が付く場合もある。もう、貰って当たり前の時期は卒業しようよ。」
 「じゃ、バットウーマンと白バイのお姉さんからのプレゼントだ。大事にしろよ。ひかる君も言った通り、親の収入から引き出されるのがお小遣いだ。半年間、何か欲しくなったら、何故このオモチャがここに存在するか、よく考えることだ。じゃ、これから、警察官立ち会いの下で私が君の両親に説教をする。お隣へ移動しましょう。愛宕、お茶でも出してな。」
 伝子と高遠、白バイ制服を着たあつこ、愛宕夫妻は愛宕家に移動した。
 「喧嘩の原因は何ですか?」と移動するなり、伝子は石原松子に聞いた。夫の石原裕太は俯いていた。
 「分かりやすい反応ですね、浮気ですか。それとも、『本気』ですか?」と、伝子は言った。
 「子供はね、デリケートなんですよ。教育者でもない私が言うと説得力ないかな。ああ、この格好も説得力ないか。」
 「これからじっくり、話し合います。私たちが諍いしていたから徹のストレスが高まったんですね。ああ。白バイの方の衣装代は?」「彼女は本物です。」と高遠が説明した。
 「元白バイ隊の隊長渡辺警部です。」と愛宕が補足した。
 「民事不介入なので、今日は白藤巡査への指導で参上した、ということにしましょうかね。」とあつこは言った。
 「私の妻も『趣味のコスプレ』でやってきた、ということで。」と高遠も便乗して発言した。
 「そう。オモチャの買い物は、私がご両親の代わりに買ってきたもの。だから、料金は回収しましょう。それと、伝子。その衣装。『汚さずに』返却したら、レンタルしたことにして割引してくれるそうよ。」と、栞が言った。
 「いいか。大文字。『汚さずに』だ。悪党やっつけて汚しちゃダメだぜ。」と。物部が言った。「変な念押しするなよ。」
 皆爆笑した。物部は満足げに頷いた。
 帰り際、ひかるが、「時期を見て、改めて徹君と話をしてみるよ。大人よりは口を開きやすいだろうし。」と言った。「もう十分大人だな。任せるよ。」と伝子は言った。
 物部、栞、あつこは帰り、ひかるの部屋で着替えてきた伝子がみちると帰って来た。
 「さ、帰るか。学。」と伝子が高遠に声をかけると、みちるが「待って、先輩。これ、ひかる君のお母さんが作った、おはぎ。変なお土産になったけど。持って帰って下さい。ひかる君のお母さん、あれ以来仕事一辺倒じゃなくなったらしいですよ。」
 伝子の車の中。「どうする、学。たまにはラブホテルに寄って行くか。伝子さん、最近子作りに積極的になりましたね。夕べも激しかったけど。」
 「うん。最近お前が成長している事に頼もしさを感じて、惚れ直したんだ。」「僕も好きです。愛しています。伝子さん。」
 「おい。」「はい。」「命令だ。他人の目がない時は、『伝子』って呼べ。」「はい。伝子さん・・・伝子。」
 二人は熱いキスをした。駐車場の近くを子供達が通り、車の中の二人を黙って指さし、じっと見ていた。
 高遠のスマホも伝子のスマホも鳴り出したが、二人は無視した。車の外も無視した。
 まだ、二人の気分は『新婚さん』だった。
 ―完―