からっと空が晴れていて、入道雲がきれいな絵を描いていた。ひまわりと青空の色合いがとても爽やかなのに、少し歩いただけで汗ばむ夏の暑さはたしかに存在していた。漣と明日香と共に約束した初めてのダブルデートみたいなイベントは歌恋のモノクロな毎日に彩を与えた。
 正確に言えば、至と出会ってから様々な色を感じるようになった。多分、至に出会う前の毎日がモノクロだったということだ。

 まぶしい太陽を直視できず、おもわず手をあてて、影を作る。まぶしい太陽は遠慮なく紫外線を注ぐ。痛いくらいの光に片目をつぶる。至に出会ってから、肌の手入れは念入りにするようになった。日焼け止めを欠かさなくなったし、何よりも今までよりも自由に使えるお金が増えたので、好きな化粧水や乳液を買うことができた。少しでもきれいでいたいという歌恋の気持ちを至はほほえましいといった顔をして優しく見守ってくれている。

 初めての青春という感じの夏を体感する。透明なネイルに整えた形の爪。
 至のことを思うと、自然と自分を磨いてしまう。彼は全力で好いてくれている。その事実がとても嬉しかった。

 でも、死神という職業柄重い内容がいつもつきまとう。彼の伴侶になるということは歌恋自身も人の死を最良のものに導かなければいけないと自覚はしている。そのための夏祭り花火大会。これが金子漣を最良の死へと導くための仕事のひとつだったりする。いなくなるのがわかっている人との想い出は作れば作るほど心が痛む。

 以前至にいつくらいから死神として仕事をしているのかと聞いた。
 最初は小学生のときだったらしい。親の手伝いをして仕事を覚えていったという話だった。
 凄い人と結婚前提でお付き合いすることになってしまったと磨かれた艶のある爪を見つめながら複雑な気持ちになる。

 漣と出会ってから毎日なるべく接触するようにしている。一週間もすれば、心を自然と開いてくれるようになり、自然と友達関係に変化していた。

 いつのまにか至と歌恋は恋愛関係としての相思相愛の仲となっていた。至はぶっきらぼうな性格ではあるけれど、歌恋にはとても優しく思いを常に伝える。ささやくような甘い声はやみつきになるような心地いい声だ。普通こんなに素直に感情を伝える人はそんなにいないように思える。

 同級生の彼氏はあまり感情を出さないほうが多いとも聞いた。日本人特有の恥ずかしがり屋な性格や察してほしいという言葉にしない文化がそうしているのかもしれない。でも、死神族の場合は、日本特有の文化は関係ないらしい。妻となる女性には優しく、常に第一に考え思いやることが当たり前なのだという話を聞いた。

 死神は美しい容姿が特徴なので、一緒に歩いていても目立ってしまい、女子の視線は至に向けられる。でも、死神族には浮気という概念がなく、一途な種族らしい。どんなに美しい女性に告白されようとも、簡単になびくことはないのが特徴だという。時には、相手が嫌がっていても自分の気持ちをぶつけてくるため、相手が迷惑に思うことも多々あると聞く。視点を変えると、ストーカー気質であり、迷惑を考えない愛の押し付けはあるということだ。容姿が美しいため、たいていの女性は嫌がることはないとも言われている。

 美しいけれど怖い存在でもある死神。神を名乗るだけあり、恐れ多い存在。平凡な歌恋は結婚前提に死神とお付き合いすることになり、人生は激変した。生活が変わり、非凡な人生を歩むこととなった。人生に後悔を残さないために歌恋は彼と共に仕事をして生きることにした。

 いよいよ夏祭りの日を迎えた。お祭りの合図が町中に鳴り響く。
 
「今日は俺のおごりだ。好きな物を食べろ」

 至の浴衣姿は色気がある。妖艶というのだろうか。
 当然の如く素敵な浴衣がプレゼントされた。
 浴衣姿が似合っているのか少しばかり不安になる。
 至は何も言わないけど、いつもより少し優しげだ。
 こんなにちゃんとした浴衣を用意してもらえるなんて夢みたいな気持ちになる。
 薄ピンク色の花柄は至のお母さんのセレクトらしい。
 巾着や草履はピンクを取り入れたコーデで、歌恋のイメージだと言っていた。
 今まで過ごしていた義理のお母さんはそんなことをしてくれなかった。
 贅沢なことばかりだ。

 今日はいつもより町全体がざわめいているような気がする。楽し気な空気感が空を覆う。

 特別な力はないけれど、町の音や雰囲気に敏感なのは元々だ。祭りを開催する合図の音が遠くから聞こえてくる。きっと屋台が並び、人々が集まってくるのだろう。小さい時から、お祭りにはよく行っていた。母がいなくなってから、新しい家族ができると更に歌恋はお祭りに行っていた。

 にぎやかな雰囲気が穴の開いたさびしさを埋めるピースになっていたのは事実だった。誰でも歓迎してくれる夜の町は子供にとってはありがたい時間だった。
 暗がりの中のちょうちんのあかりは心にわずかな希望を灯してくれた。

 祭りの夜、子供が外出しても補導されない空間がそこにあった。何かを買うわけでもなくただ人ごみに紛れるために子供の頃は毎週末、どこかしらの祭りを探して足を運んでいた時期もあった。

 家族に違和感と居心地の悪さを感じて、これ以上ない辛さを感じていた。
 新しいお母さんのどこらへんがお父さんは好きなのかもわからなかった。
 優しくもなく夫しか愛せない女性が突然来たら、幸せは簡単につぶされてしまう。
 子供にとって大人次第で世界は変わってしまう。お母さんのいない寂しさとお父さんを奪われた寂しさはどうすることもできなかった。子供は親が育てるもの。今思うと、馬鹿げた常識だ。子供は親を選べない。本当の幸せなんて誰も考えてくれない。そんな歌恋の前に現れた死神という四神至。この人の愛で生活は一変した。

 今年の夏は花火のように美しく華やかで楽しいものになった。
「今年の夏は特別だな」
 至と歌恋は同意見だ。

「特別な夏だよね。お母さんが助けた命がもうすぐ消える。でも、ずっと会いたかった助けた少年に会えたのは良かったと思うんだけど……」
「最後の命が尽きるまで見守るのが俺たちの仕事だ。これは罪ではない」
「私は至に出会えてよかったと思ってるよ。私を選んでくれてありがとう」
 感謝は言葉にしないと伝わらない。

「面と向かって言われると照れるな」
 至は少しばかり視線を逸らした。

「結婚なんて私には到底無理だと思ってたし、恋愛すらも無縁だと思っていたから。私の世界を変えてくれてありがとう」
「いつも謙虚なんだな。そんなところもいいな。浴衣、似合っているな。オーダーメイドで使った甲斐があるな」
 普通の男子はこんなふうに褒めてくれない。
 例えば、近所に住んでいた同級生の葵はいつも歌恋に対して悪口を言っていた。
 聞きなれた毒舌が後ろから聞こえた。

「あれ? 歌恋じゃん。こんなところでおめかしして何してるんだ?」
 
 青龍葵だ。この人はいつも歌恋をからかったり基本けなす。
 意外にも女子のファンがいるらしいけれど、わからなくもない。
 顔もいいし、おしゃれだ。
 至とはタイプが違う神の家系の末裔。今はごく普通に生活しているし、四神の家とは別で、死神のような力はない。ただ、遺伝によって普通の人とは違う能力が生まれる家系ではあるらしい。育ちがいいはずなのに、普通の公立高校へ通っているのが少し不思議な気もする。本人が近い高校がいいと主張したからとは言っていたような気がする。

「俺の嫁に何の用だ?」
 至は独占欲丸出しで、嫌な顔をして睨んだ。この人は自分の物は自分の物。他人の物も自分の物といった感じでわがままなお坊ちゃま育ちという感じだ。だから、自分の嫁となる女を独占したがる。わがままなのは葵といい勝負かもしれない。
 葵は少しばかりたれ目で、青みがかった黒髪がきれいだ。改めて見ると美しいというのが本音だ。
 普段はじっと葵を見たことはなかった。恥ずかしくて直視できなかった。
 葵は腕を組んで至を上目遣いで睨む。四神の家の位が高いとか、元々四つの分家を束ねる家柄とかそういうことはガン無視だ。

「四神の息子じゃないか。俺は歌恋の幼少期からの深い深い関係なんだけどな。いつのまに死神の嫁になったのかよ」
「生まれた時から俺の嫁と決まっているんだよ。歌恋と俺は、運命の赤い糸で結ばれているんだよ」
 薬指をくいっと動かす。まるで見えない赤い糸があるということを示しているようだ。
 落ち着いた様子なのに、結果的にあおっている。歌恋は俺の物と言わんばかりだ。
 なんて恥ずかしいことをセリフにするんだろうか。さすが死神だ。
 さすが死神という言葉でたいていのことは片づけられることに気づく。

「おまえ、どこかで見たことがあると思ったが、青龍の末裔のぼんくら息子じゃないか」
 青龍葵はあの四神の末裔だ。
 葵はあまりにも普通で、皆に溶け込んでいて意識したことがなかった。それくらい歌恋にとって身近な同級生だった。

「俺の場合は、一般人として生きてるから、結婚は自由だけど、四神家は大変だよな。運命の相手と結婚しなければいけないという理不尽なきまりがあるからな。好きでもなくても、赤い糸が見えると結婚しなければいけないんだろ」
 必要以上に葵は至をあおっているように思う。

「青龍は神の一族だったんだろ。今でも運命の人がわかる力はあるはずだがな」
 薬指をわざと動かしていかにも赤い糸があることを再度主張する。一般人には赤い糸なんて見えないんだけれど葵にも見えるのだろうか。

「俺はまだ運命の人に出会ってないんだよ。好きな人が運命の人とは限らないからな。俺は運命の人じゃなくても好きになった人と恋愛するべきだと思ってるんだ」

「こんな野蛮な男と幼なじみだったのか。そこまでは調べていなかったから予想外だ」
 至は警戒する。

「葵は口は悪いけど、いい人なんだよ。悪気はないの。それに、至が心配するような関係じゃないから安心して」
 これ以上バチバチな空気にならないように、誤解されないように話をする。

「安心しろ。歌恋みたいな大人の色気がない女に興味はない」
 相変わらず辛口だ。葵の言う通り、幼いタイプで大人の色気のカケラもないことは認める。

「俺の歌恋は優しくてかわいくて素直ないい女だ」
「死神族の本家の四神っていうのは本当にむずがゆくなるようなセリフを平気で吐くんだな。まるで蚊に刺されたみたいに全身がかゆくなるよ」
 葵は全身を掻く仕草をする。

「私は葵の言う通り、大人っぽい女じゃないし、至が言うほどいい女じゃないのは自覚してるの。でも、ずっと葵のことは嫌いではなかったよ」

 意外な顔をする葵は少しばかり驚いている。

「私とよく話をしてくれていた葵には至のことをちゃんと紹介したいって思ってたの。私なんかが死神の花嫁なんてありえないような話だけど、私はあと九十日の命らしいの。婚約すれば延命できるって言われて、至の手伝いをすることになったの。急に好きだとか実感はなかったけど、至はいい人だから」

「いい人だから好きなのか?」
 葵はじっと見ながら確認する。

「私、基本人を嫌いだとか思わないタイプだから」
「お前みたいな男でも嫌いだと思わない優しい女なんだよ」
 至は冷たい視線を浴びせる。

「初めて男の人にこんなに好きだと言われて、舞い上がっているのは自覚してるよ。今まで両思いになった経験もないし、恋愛経験もないから」

 少しいじわるな顔をする葵。
「歌恋の恋愛感情は、ただの勘違いかもしれないな。運命の人を愛することができるかどうかは個人差がある。俺が聞いた話だと、運命の人と愛しあえなかった死神もいたらしいじゃないか」

 負けじと至も応える。
「勘違いから始まる真実の恋愛、最高じゃないか」

 これみよがしに歌恋の肩を組む仕草をして至は瞬時に手を止めた。

「悪い、触れないって言ったよな」
 紳士的な人だ。好感が持てる。

「触れられない仲で真実の愛だと? 相思相愛ならば手くらい繋ぐだろ」
「私が男の人に慣れてないから。気を遣ってくれてるの。ゆっくり愛を育めればいいなって思ってる。葵は彼女とはどうなの?」
「年上のお姉さんとは最近別れたよ」
「これだから、青龍は。軽薄な男には関わるな」

 至はため息を吐きながら葵に対して、あっちへ行けという仕草をする。
 至は相変わらず束縛全開だ。

 実は、誰にも言ってはいなかったけど、歌恋は葵のことが好きだった。
 好きという感情に確信は持てずにいたけど、多分ずっと気になる存在だった。
 至という人と出会って、押しが強いし、愛される喜びから至に惹かれるようになった。
 葵に気持ちは伝えてはいない。彼女がとっかえひっかえできるし、いちいち気にしていられなかった。
 葵に彼女ができようとも一番近くにいたのは歌恋だったと思う。
 だから、恋愛ではなく友情としての一番でいたいと密かに願っていた。
 歌恋に話しかけてくれるのは葵だけだった。
 葵を狙っている女子が勝手に歌恋を妬んで、孤立させたのがきっかけだったと思う。

 こんな過去を至に話したら、嫉妬の嵐だと思うし、葵に迷惑がかかる。

「いつもの私服のほうがお前らしい感じがしたな」
 いつものという所を強調する葵。

「歌恋は今が全てなんだよ。何を着ても世界一の女だからな」

「このくそ暑い時に、ますます暑くなるセリフだな。俺は、クラスの女子たちと待ち合わせがあるから、じゃあな」
 クラスの女子って誰だろう。前から密かに葵を好きだと言っていた子だろうか。
 ずっと憧れていた背中。かなわぬ恋に見切りをつける。何年経っても縮まらなかった憧れ。
 葵と歌恋の距離はずっと変わらなかった。

「ひとつ言っておく。四神、こいつは想像以上にどんくさくて呆れるくらい使えない人間だ。きっと配偶者に選んだことを後悔するだろう」
 ずっと見ていた背中が屋台の中に消えていく。いつも目で追うのは歌恋ばかりだった。
 でも、なんであんなに口の悪い男に惹かれたんだろう。
 きっと辛い時にそっとそばにいてくれた人だからなのかもしれない。

「あいつ、絶対歌恋のことを好きだな」
 邪険な顔をする至。

「え? それはないよ」
 そんなことはありえない。褒められたこともないし、好きだと言われたこともない。

「好きではないとなぜ言い切れる? 歌恋はかわいい女性だから青龍が好きになってもおかしくないだろう」
 相変わらず独特な解釈をする人だ。そんなことがあるはずもないのに。
 ずっとただの片思いだったのに。

「いつもの私服のほうがいいなんて、俺への宣戦布告だろ。俺はいつもの私服を知らないからな。めちゃくちゃ嫉妬した」
 未だに信じられない。こんなに好きになってくれるなんて。

「葵は女子に人気があって今までも彼女がいたんだよ。私と恋仲になったこともないし、好きだとか言われたこともないよ」

「本当に好きになったら、本命には言わないタイプもいるからな。関係が壊れることを恐れて付かず離れずの距離を保つ。青龍はその典型的な天邪鬼男と見た」

 もし、そうだったら過去の歌恋自身が報われるような気がした。
 ずっと卑屈だった。ずっと自分を否定してきた。
 家族からも葵からも認められなかったと思ってた。

「至のおかげだよ。ありがとう。今日は目いっぱいお祭りを楽しもうね」

 喧騒の中、気を取り直して、待ち合わせをしている漣と明日香を探す。
 夕暮れにかけて、少しばかり涼しい風が頬を撫でる。
 まだ蒸し暑い中、ひぐらしの鳴き声が心地いい。
 あぁ、夏だなと肌で耳で実感する。
 日が暮れるとぽうっと屋台のあかりが灯る。
 その風景がとても美しくて、少し不思議な雰囲気で大好きな時間だった。
 黄昏時がやってくる。祭りの一番の醍醐味だ。
 今日は視線を感じるなと思っていたら、美しい至の容姿が目立っている。
 花嫁になる自分とは不釣り合いな美しい容姿。
 葵のことは忘れなきゃと思う。
 でも、スマホの中に入っている葵の写真は消せずにいた。
 小学生の時からの憧れをすぐに忘れることは難しい。

「おう、こっちだ」
 漣が明日香と一緒に来た。明日香は和柄の髪留めをして、紺色の朝顔柄の浴衣を着ていた。
 こう見ると兄妹というよりも恋人未満なカップルと言ったほうがしっくりくる。

「この焼きそば最高。お前らも買ってみろ」
「りんご飴もおいしいよ」
 艶のある真っ赤なりんご飴を見ると思わず唾を飲みこんでしまう。きらきらしていて、とてもおいしそうだ。

「買ってあげるから、待っていろ」
 至は自ら焼きそばを飼いに行ってくれた。偉い人なのに、決して偉ぶらない態度に好感が持てる。

「ねえ、歌恋ちゃん、一緒にわたがし買いに行こう。今なら空いてるからすぐ買えそうだよ」
 強引に手を引っ張り、明日香がわたがしの店へ誘う。
 祭りと言えばわたがしは必須アイテムなわけで、断る理由もなくついていった。

 ここで、至と漣と女子二人がバラバラになった。このことがきっかけで、思ってもみなかった夏の想い出ができた。
 わたがしはすぐに買えたのだけど、明日香が知り合いに会って話しているうちに歌恋とはぐれてしまった。しかも人混みで薄暗くなってきた時間ということでますますパニックになってしまう。みんな心配しているかもしれない。

 振り返ると、見慣れた顔があった。葵だ。
「さっそく一人で何してんだよ。迷子か? まったく小学生かよ」
 なんだかんだ世話焼きな葵はお人好しな性格だ。

「実は、その通りで、わたがし買いに明日香ちゃんという子ときたんだけど、はぐれちゃって」
「四神はどうした?」
「私のためにりんご飴を買いに行ってくれて、はぐれちゃって」

 恥ずかしくて目を見て話せない。至の方が多分目を見て話すことができるような気がする。

「手をつながないから、すぐガキは迷子になるってのにな。あいつは歌恋のことを全然わかってねーよ」
 手を強引につかまれる。小学生以来の手のぬくもりだ。
 まだ至には触れてもいないのに。

「たしかに私のことをよくわかっているのは葵だよね。約束していた友達は?」
「ちょうど花火が始まる時間だ。せっかくだから神社の階段のあたりに座って花火を見ようか。俺も友達とはぐれたところだし、ちょうどいい」

 二人きりで花火? というかみんなに連絡しないと心配しているかもしれない。スマホを見るが、充電が切れそうだ。メッセージが入っているけど、開こうとしたら真っ暗な画面になってしまった。結構そそっかしい。ごめん、みんな。少しだけ葵と花火を見たい。これで最後の想い出にしたいから。

 葵はいつの間にか成長していた。横に並ぶとかなり背が伸びていて、心だけではなく、背の高さの距離すらも離れてしまっていた。
 至とは違ったタイプの美形男子。粗削りなスポーツマンみたいな印象だ。ジーパンはあえて太めのタイプを着こなしている。細身のパンツも似合いそうだなとスタイルの良さを羨ましく思う。どうして神関係の遺伝子は美しいのだろう。至は別格だが、葵も相当な美形だ。

「ん? 俺に何かついてるか?」
 不審な顔をしてのぞかれる。青っぽい黒髪がとても凛々しい。
 ずっと追いかけていた人がこんなに近くにいる。
 心はドキドキするのにどこかじんわりした感じがする。

「別に。背が伸びてスタイルがいいなって思っただけだよ」
「はぁ? 何言ってんだよ。俺は昔からスタイルがいいし、モテるんだよ」
 赤面しながら横柄な言葉をぶつける。葵に関しては、本当のことだけど。

「私はモテないから」
「今は四神の嫁になるわけだし、モテてるんじゃないか」
「至は特別な感性の持ち主で、私みたいな女子にも優しいんだよね。イケメンでモテるのに、死神族は浮気しないらしいよ」
「四神の家系は愛が重すぎることで有名だからな」
「何それ?」
「神の一族の間では有名な話だよ」
「たしかに重い愛かもしれないけど、今の私にはありがたいんだよね。家族とも離れられたから。葵の先祖も神だったんでしょ?」
「青龍という名が名残だな。今は四神だけが死神族として能力を持つ一族だ。俺たちはほぼ一般人だし、上下関係も今の時代は関係ない」

 夜風が頬を撫でる。花火大会が始まった。
 とりあえず階段に座って漆黒の大空を見上げる。
 夜空に大きな大輪の花が咲く。
 一瞬なのにこんなに人々を惹きつける花火っていいな。

「本当に四神の嫁になるのか?」
 真面目な顔で歌恋を見る葵。

「多分。私、家族ともうまくいってなくて、至と結婚したら一番すんなり解決するよね」
「結婚するなら、別に死神でなくてもいいだろ」
「私、九十日の命らしいんだ。でも、婚約してると永遠に近い命に変わるんだって」
「命を盾に求婚するとは四神らしいな」
 少し眉をひそめる葵。

「私、至のことも好きだけど、葵とこうやって話せてすごく嬉しいんだ。いつも葵の隣には他の女子がいたから」

 少し視線を逸らして葵が言葉を紡ぐ。

「俺、断れない性格でさ、好きでもない人に告白されても冷たくできなくて、結局ちゃんと付き合えなくて別れることになることが多くてさ。おまえが四神と付き合ってるって聞いて、すごくショックだったよ」
 なんだか本当に残念な顔をしている。本当に落ち込んでいるような感じが全身から伝わる。

「どういう意味?」
「今更だけど、歌恋と付き合いたかったなと思ってさ。おまえには長生きしてもらいたい。青龍の家系能力は寿命を延ばす力なんだ。あらゆる苦難や災難を取り除き、長生きさせる力。俺はおまえのために使ってもいい。あんな奴と結婚するな」
 今、告白された? しかも、そんな能力があったなんて。
 頭の回路が追い付かない。
「もう異能がないと言われている家系だけど、俺は珍しく、生まれつき異能を持っていたんだ。隔世遺伝みたいな感じかな」

 沈黙の風が流れる。ここで言ったら後悔はないと思った。

「私、葵が好きだったよ」
「過去形かよ」
 残念そうな顔をする葵。

「想い出はずっと消えないし、消せないよ。今はまだ気持ちの整理が追い付いていないんだよね。死神の嫁になれば永遠に近い命になるらしいし、そこまで長生きしたいのかもわからない」

「青龍の力は、永遠の命じゃなくて人間並みの寿命と言ったほうがいいかもしれないな。人間として、長寿を全うする力を与えるのが俺の使命なんだよ。普段は使わないし、使ったことはないけどな。四神家に比べたらまだ常人だと思う」

「普通の人間並みの長寿を全うするなんて素敵な能力だね。でも、まさか葵が私のことを想ってくれていたなんて信じられない。でも、嬉しいな」

 花火の音にかき消されないように声を大にする。
 本当に思ってもいなかったことだった。
 もっと早く言っていたら、葵と歌恋の関係は違った形になったのだろうか。
 でも、運命の人が至ならば葵とはこの距離で正解だったのかもしれない。
 至はどんなことをしても花嫁を奪うだろうということは想像ができる。

 視線は夜空の大輪に向ける。
 面と向かって話さない状況はありがたいと思えた。
 ずっと好きだった人に好意の気持ちを向けられた。

 ふと我に返る。
 至に気持ちを知られたら、葵は殺されてしまうかもしれない。
 それくらい死神族の執着や愛情は異常らしいという話を聞いたことがある。

「なんで今、本音を話してくれたの?」
「四神なんかよりも俺の方が付き合いが長いだろ。取られるのをみすみす指をくわえて見てるだけってのは、しゃくだからさ」
「私は気持ちを諦めていたから、葵に彼女がいても何もしなかったけどね」
 遠い昔の話をしているような感覚だった。

「そう思わせるくらい俺が冷たくしていたのは悪いと思ってるよ。ごめんな。いわゆる天邪鬼男なんだ。素直になったのは四神が現れてからなんてダサいよな」
 珍しくしゅんとしている。

「まだ、至への好きという気持ちが芽生えたばかりの状況だしね。でも、葵の気持ちを聞いて気持ちの整理がついたよ。私は死神の花嫁として生きていきたい」
「神の力で言ったら、青龍の家は四神よりも劣ってしまうからな。おまえは永遠を生きたほうがいいかもしれない。選ばれし人間なんだからさ」

 歌恋と葵の恋が終わった瞬間だった。

「まさか死神に結婚するななんていわれると思わなかったな」
「少し前までの俺なら、おまえと結婚する奇特な奴はいるのか、なんて憎まれ口をたたいていたかもしれないな。でも、いざ、大切な物を失うと、人は素直になれるのかもしれないな」
「花火がきれいなのに、ドキドキしすぎて入ってこないよ。嬉しいけど、もう私の心には至がいるから」
「契約の解除はできる。譲渡という形で俺がいつでも引き受けるから、待ってるよ。未練がましいよな」

 いつもの葵とは真逆すぎてドキドキが止まらない。
 でも、今までにないことといえば、葵の前なのに、四神至の顔がちらちら浮かんで頭から離れないこと。
 きっと至のことが想像以上に好きになっているのかもしれない。
 そして、思った以上に至に惹かれているのかもしれない。