【第一話】
馬車馬のごとくエンジニアとして働いていた奥山正義は、心当たりのないパワハラ加害者として内部通報され、降格のうえ左遷。
その後、自己都合退職を決意し、焼き鳥チェーン店とフランチャイズ契約をした。移動販売車で焼き鳥を売る日々。
ある日の閉店後、移動販売車での帰宅途中に、前方不注意の大型トラックと正面衝突したところまでは覚えている。
気がつけば、だだっ広い草原のど真ん中に、移動販売車がぽつんとある。車から降りても、見覚えのない場所。日本ではない。それにぶつかった衝撃もあったのに、移動販売車は無事で、正義自身も無傷だった。
ここがどこかわからない以上、いつまでガソリンがもつかわからない移動販売車で無闇に動くのは危険。エンジンをきり、ここを拠点としてうろうろ散策を始める。
幸い、近くに川があり、飲み水には困らないことに安堵する。車に積んであったバケツを手にして、水を汲もうと川をのぞくと、見たことのない魚が泳いでいる。だが、その魚には鋭い牙があり、見るからに怪しい。
とにかく、水だけ汲んで販売車に戻る。雨風もしのげるし、寝ることもできる。心配なことと言えば、食べること。だが、今はまだ、商品の焼き鳥がある。
正義はひらめいた。焼き鳥の匂いは人を惹きつける魅力がある。お腹も空いたことだし、残りの焼き鳥を焼いてしまおう!

【第二話】
聖女セシリアは国内各地の巡礼の旅に出ていた。聖女とは聖なる力を持ち、神と対話ができる尊い女性とされている。各地にこれから起こるだろう天災や災害を予言しては、それに向けての対策をとらせるのが聖女の役目ともされている。各地の神殿で祈りを捧げ、神からの言葉をもらい、それをその地に伝える。
また、この世界には魔獣と呼ばれる、魔力を備えた獣もいる。
魔獣によっては人を襲うため、巡礼の旅には近衛騎士を数人、同行させていた。巡礼の旅は、目立たないようにひっそりと。目立ちすぎると夜盗に襲われる可能性もあるからだ。
だが、筆頭近衛騎士のスキャンダーが極度の方向音痴であった。スキャンダーに振り回されながら、各地を旅する聖女一団ではあるが、最後の領地から王都へ戻る途中に、本格的に迷子になった。
だだっ広い草原で方角すらわからない状況。ひたすら前に進むだけ。
馬車の中では、セシリアがスキャンダーに悪態をつくが、侍女のアネットがそれを宥めている。馬で並走している他の騎士が、なにやら変な匂いがすると警戒する。
馬車の窓を少しだけ開けると、甘じょっぱい匂いが車内を満たす。
「お腹が空いたわ」とセシリアのお腹がぐぅぐぅ鳴る。しかし、余分な食糧もないため、スキャンダーは「我慢してください」と冷たく言い放つ。
「誰のせいでこうなったと思っているのよ。この方向音痴、朴念仁の無神経」「まぁまぁ、セシリアさま。落ち着いてください。ですが、この美味しそうな匂いは、絶対に食べ物の匂いですよ。この匂いのする方向へ向かえば、何かしら食べ物があるのではないでしょうか? お金は充分にありますから」
アネットの言葉に従い、一行は匂いの出どころへ向かうことにした。

【第三話】
焼き鳥を焼いていた正義であるが、気づいたことがある。焼き鳥のタレがなくならない。泉のように湧いてくるのだ。だが、肉はなくなる。この肉のストックがなくなれば、焼き鳥は焼けない。つまり、正義の食糧も尽きる。
遠くから、物音が聞こえてきた。視界に入るのは馬、馬車。どうやらここは馬と馬車が移動手段のところのようだ。
「いらっしゃい」といつもと同じように声をかけたが、客人はいつもと同じではない。軍服のような服を着ている男性と、結婚式の御呼ばれのようなドレスを着ている女性である。他にも数人、似たような姿の男女がいる。いったい、ここはどこなのか。
「どれにしますか?」
見るからに外国人のような彼らに、日本語が通じるとは思えなかったが、癖というのは恐ろしい。いつものように声をかけていた。
「……これは、なんだ?」
 軍服の男が聞いてきた。どうやら言葉は通じたようだ。だが、焼き鳥は知らないらしい。
「焼き鳥です。鶏肉です。それを串に刺して、焼いたものです。もも、なんこつ、皮、ねぎまもありますよ」
「全部1コずつください」「聖女様、そんな怪しい食べ物を」「だって、お腹が空いたんだもん」
夫婦漫才のような二人に、正義は焼き鳥を差し出す。
「どうやって食べるのでしょうか?」
食べ方も知らないようだ。正義は自分もお腹が空いていたので、豪快に食べる。
「こうやって食べます」
その様子を見ていた彼らは、同じようにして焼き鳥を食べ始める。
「美味しい」「なんだ、これは!」「美味い!」
とりあえず、焼き鳥は大好評だった。