練習が終わり、今日も今日とて智也先輩は監督に呼ばれていった。別れ際、「リレーが……」と呟いていたから、県大会からその先の地方大会までのリレーのメンバーについてずっと相談しているのかもしれない。
4継(4×100mリレー)はこのところ県大会レベルでは負けなしで、エースポジションの2走と4走を智也先輩と海人が走るというのがうちのチームの鉄板だった。今年の県大会は海人なしで臨むことになるから、メンバーや走順など悩むことが多いのかも。
そんなことを考えながら駐輪場に向かい自転車のスタンドを蹴り上げたところで人の気配を感じた。顔を上げると少し離れたところに沙良が腕を組んでこちらを見ている
「沙良……」
「朱音。ちょっと来てくれる?」
沙良の鋭い視線に頷く。海人の怪我と私の不調。今までその原因について面と向かって言う人はいなかったけど、みんなとっくに気づいてる。私はまだしも海人は短距離の二本柱での一人だし、その状況をぐちゃぐちゃにした私に対して物言いたい人は絶対にいると思っていた。
沙良に連れていかれたのは部室棟の片隅だった。グラウンドが見えるけどこの時間にはもう誰もいない。
「ずっと言おうと思ってたんだけど、今のうちのチームって結構ピンチだと思うのよ」
正面に向き合うと沙良はすらりと背が高い。すいっと足が伸びてぐいぐい加速していく姿を最近は後ろからよく見ている。陸上部の中では長めの髪が初夏の風で微かに揺れた。
「短距離二大エースの海人が怪我で練習にも出てこない。女子長距離で成長株だった朱音は絶賛スランプ中」
沙良が真っすぐと私に向かって指を伸ばす。
「……ごめん」
「それは、何についての『ごめん』?」
沙良の試すような瞳が正面から私を見据えている。とっさに抱えた腕にぎゅっと力がこもった。
「……チームの輪を乱して」
「そんなことどうでもいいの」
沙良の声には圧があった。その勢いに気圧されそうになる。
それに、“どうでもいい”って。私が胸の奥でずっと抱えていたものを沙良はバッサリと切り捨てた。
「私はね、朱音」
ぐっと沙良が詰め寄ってくる。
「冬の間ずっとあなたのことが眩しかったし、どうにか追いつきたいって思ってた」
ドキリとする。そんな言葉、初めて聞いた。
「だから、練習も頑張ってこられた。相変わらず朱音には勝てなかったけど、ワクワクした。インハイも駅伝も、朱音と一緒にどこまで行けるんだろうって思いながらその背中を追いかけてたっ!」
痛い。沙良の言葉が、とても痛い。
沙良の言葉に今の私が応えられていないことが。その原因が私の身勝手であることが。
自分の手が届く範囲のことにいっぱいいっぱいで、沙良のそんな想いに全く気付かなかったことが。
「私が抜きたかったのはそんな風にしょぼくれた背中じゃない。風の様に駆け抜けていく朱音に勝ってこそ意味があったのに……!」
沙良の手が私の腕をぐっと握りしめる。
「私は誰が誰と付き合うとかどうでもいいと思ってるし、それくらいで輪が乱れるならチームの方が悪いと思ってる。それよりも腑抜けたみたいに走れなくなった朱音の方が許せない」
沙良の顔が近い。その勢いに顔を背けて逃げ出したくなるのだけはどうにか堪えた。向き合うことさえやめてしまったら、私には多分もう何も残らない。
「走ってよ……走れっ!朱音っ! そんな簡単に私に負けんなっ!」
「……わかった」
大きく息を吸って頷く。そんな簡単に割り切れるものではない。
だけど、今の私にできることなんて初めからそんなに多くなかったのかもしれない。
「今だけは走ること以外何も考えない。約束する」
4継(4×100mリレー)はこのところ県大会レベルでは負けなしで、エースポジションの2走と4走を智也先輩と海人が走るというのがうちのチームの鉄板だった。今年の県大会は海人なしで臨むことになるから、メンバーや走順など悩むことが多いのかも。
そんなことを考えながら駐輪場に向かい自転車のスタンドを蹴り上げたところで人の気配を感じた。顔を上げると少し離れたところに沙良が腕を組んでこちらを見ている
「沙良……」
「朱音。ちょっと来てくれる?」
沙良の鋭い視線に頷く。海人の怪我と私の不調。今までその原因について面と向かって言う人はいなかったけど、みんなとっくに気づいてる。私はまだしも海人は短距離の二本柱での一人だし、その状況をぐちゃぐちゃにした私に対して物言いたい人は絶対にいると思っていた。
沙良に連れていかれたのは部室棟の片隅だった。グラウンドが見えるけどこの時間にはもう誰もいない。
「ずっと言おうと思ってたんだけど、今のうちのチームって結構ピンチだと思うのよ」
正面に向き合うと沙良はすらりと背が高い。すいっと足が伸びてぐいぐい加速していく姿を最近は後ろからよく見ている。陸上部の中では長めの髪が初夏の風で微かに揺れた。
「短距離二大エースの海人が怪我で練習にも出てこない。女子長距離で成長株だった朱音は絶賛スランプ中」
沙良が真っすぐと私に向かって指を伸ばす。
「……ごめん」
「それは、何についての『ごめん』?」
沙良の試すような瞳が正面から私を見据えている。とっさに抱えた腕にぎゅっと力がこもった。
「……チームの輪を乱して」
「そんなことどうでもいいの」
沙良の声には圧があった。その勢いに気圧されそうになる。
それに、“どうでもいい”って。私が胸の奥でずっと抱えていたものを沙良はバッサリと切り捨てた。
「私はね、朱音」
ぐっと沙良が詰め寄ってくる。
「冬の間ずっとあなたのことが眩しかったし、どうにか追いつきたいって思ってた」
ドキリとする。そんな言葉、初めて聞いた。
「だから、練習も頑張ってこられた。相変わらず朱音には勝てなかったけど、ワクワクした。インハイも駅伝も、朱音と一緒にどこまで行けるんだろうって思いながらその背中を追いかけてたっ!」
痛い。沙良の言葉が、とても痛い。
沙良の言葉に今の私が応えられていないことが。その原因が私の身勝手であることが。
自分の手が届く範囲のことにいっぱいいっぱいで、沙良のそんな想いに全く気付かなかったことが。
「私が抜きたかったのはそんな風にしょぼくれた背中じゃない。風の様に駆け抜けていく朱音に勝ってこそ意味があったのに……!」
沙良の手が私の腕をぐっと握りしめる。
「私は誰が誰と付き合うとかどうでもいいと思ってるし、それくらいで輪が乱れるならチームの方が悪いと思ってる。それよりも腑抜けたみたいに走れなくなった朱音の方が許せない」
沙良の顔が近い。その勢いに顔を背けて逃げ出したくなるのだけはどうにか堪えた。向き合うことさえやめてしまったら、私には多分もう何も残らない。
「走ってよ……走れっ!朱音っ! そんな簡単に私に負けんなっ!」
「……わかった」
大きく息を吸って頷く。そんな簡単に割り切れるものではない。
だけど、今の私にできることなんて初めからそんなに多くなかったのかもしれない。
「今だけは走ること以外何も考えない。約束する」