「…お前まだあいつの子守りやってんの」
指先で呼ばれて、拒否も出来ずに従ったら、少し人目から外れたテントの裏に連れて来られた。少し離れた距離で子どもたちが元気に走り回っていて、雲一つない青空には、彼らが上げた凧が飛んでいる。
「…渡利こそ、何やってんの」
「見りゃわかんだろ、イベントスタッフだよ。稼げんだよねこれ、けっこー。あ、ライヴのチケットいる? タダ券持ってんだけど、おれ」
「…」
「まー無理か。コブ付きだもんな。大変だね、ウケる」
昔から、何一つ変わらない。人を小馬鹿にしたような話し方も、気が抜けたような口調なのに、有無を言わせない圧力も。なんで10年経って今更こんな思いをしなければいけないのか、わからない。
それで何も言えずに片腕を掴んだ手に力を込めていたら、「あつきー、」と誰かが呼んで、渡利が「はい、」と返事をする。この男、昔から人当たりだけはいいのだ。
外面がいいから、だからあの頃も誰にも咎められなかった。
「あぁそうだ」
それでそのまま戻るのかと思いきや、渡利はおもむろにパンツの尻ポケットから財布を取り出し、三万ほど抜いて私に突き出した。
「返すわ金」
「…は、」
「だってなんかこれじゃおれが昔あいつのこといじめてたみてーじゃん。おれお前らのこといじめてないじゃんな」
「…」
「あのころ
全員同じ気持ちだったもんな?」
「…」
「わかんない? 可哀想なのこっちな。だーから同情してやってんの。おれたち那由多の被害者じゃん」
「なに、」
「あいつがいる限りお前は一生変われない」
ずっと子守りのまんまだよ、と耳元で嗤われて、痺れを切らしたように乱暴に手を掴んで無理やり万札を握らされる。
「ハイ清算。じゃーな羽柴」
おつかれ、と後ろ手で手を振られて、手にした万札を握り締める。
私の人生の中で後にも先にもこれほどの屈辱を味わったことはなかったし、こればっかりはこの先更新されることもないと思う。
それほどまでに心が陥没するような思いに見舞われて、そのとき、確かに私の中の大切な何かが、ぷつりと音を立てて切れるのを感じた。