後から言葉を思い返して気づいたことは、元々西先輩は知り合いのお手伝いに抜擢されていたから私と二人で回るという選択肢など、初めからなかったと言うことだ。その時はカッとなって、頭に血が上っていてそれがすっかり抜けていた。
おばさんには後日謝ったけれど、いつも通り寛容な対応で「いいのよ、ごめんね」と笑ってくれた。自分ばかりが余裕をなくし、誰かの優しさを煙たがって、無下にして生きている。
そんな時の私は、まるで毛を逆立てたハリネズミみたいだ。
「塩と、キャラメルどっちがいい?」
「うんとね、塩ー」
「塩ポップコーン、1つください」
日曜日、西先輩にチケットの話を受けてから図書館でのバイト中も、花屋での店頭清掃中も。那由多がみんなにイベントに行く、と触れ回っていたこともあり、首を横に振る術を失った。
それは検討中、と答えようにも「いいねえ那由多くん」と館長さんも喜んでいるわ、花屋のおばさんにまで「デート、楽しんできてね」と後押しされ、外堀から埋められたらもう、どうにもならない。
那由多の前では大体こうだ。基本、彼を主体に人生は回っている。
先輩が言っていた通り、真冬の青空の下、総合公園に出されたいくつかの屋台テントにはたこせんやお汁粉、フランクフルトや綿飴があり、冬場のお祭りといってもいい。
もっぱら那由多が欲しがっていたポップコーンを購入し、カップで持たせたら落とすから前にテーマパークに行った時に買ったポップコーンバケツに移し替えて、那由多の首にかけてやる。
「落としちゃダメだよ」
「はーい」
少し頭を下げていた彼は自分のお腹に位置したバケツを嬉しそうに愛でて、蓋を開けて、一つを食べる。知恵ちゃんにもあげる、とそのまま口に運ばれて咀嚼したら、たったそれだけのことで嬉しそうに微笑まれた。
今日は、髪を巻いていない。ニットだって近場のスーパーに入ってるお店で買った安い白のもので、茶色のフレアスカートは毛玉だらけだったそれを、昨日適当に毛玉取り機で処理したもの。ピンクベージュのショートダウンは寒さを凌いでくれるけれど、その日、昼間の気温は2℃で。
少しだけ身震いしたら、突然頬を両手で包まれた。
「…なに?」
「知恵ちゃん、さむい?」
「…平気だよ」
「よかったー」
向かいに立った那由多の手のひらは、あたたかくて。
にこりともしない私がそう言うだけで、それっぽっちのことを、心から幸せみたいに、笑う。
「…那由、」
「あ、いたいた」
おーい、と聞き覚えのあるその声に那由多の手を剥がして顔を上げれば、イベントスタッフ用のジャンパーを着た西先輩が片手を上げて走って来た。